花の束
朝から雪が降っている。帰る頃には積もっているかもしれない。
毎年のことだが、寒いと憂鬱になる。暑いのも嫌いだが寒いのも嫌いだ。
授業中、雪のやまない窓の外を眺めていた高石は、グラウンドの横の道路を黒い服の女性が歩いているのを見かけた。その女性の胸元がやけに華やかだ。よく見ると、どうやら大きな花束を抱えているらしかった。
こんな寒い雪の日にあんな花束を持ち歩いては、すぐに萎れてしまうだろうに。そう思いながら眺めていると、女性はふと立ち止まり、じっとその場に佇んでいる。
この寒い中、何をしているのだろう。そう思ったと同時に、女性がふっと顔を上げた。
目が、合った気がした。遠く離れているのだから、そんな訳がないのだけれど。
なんとなくぞくりとして、高石は視線を黒板に向けた。
雪は夜になっても降り続いていた。明日も寒そうだと感じながら、高石は眠りについた。
黒い服の女性が立っていた。両手に大きな花束を抱えている。
女性はかぱりと口を開け、舌を伸ばした。
黄色い花をべろりと舐める。その横の青い花も舐める。白い花も。赤い花も。
女性は両手に抱えた花を、一輪ずつ舐めていく。
そうして、すべての花を舐め終えると、両手を広げて花を投げ捨てた。
花は、真っ白な雪の上に散らばった。
純白の雪の上に、色とりどりの花。
美しい光景であるはずなのに、穢されたと感じた。
嫌な夢を見た。
高石は頭を掻いて起き上がった。寝覚めの気分は最悪だ。
高石は欠伸をしながら部屋の電気ストーブをつけた。すっかり冷えている服を手にとって着替えようとすると、服の間からぼろぼろと萎れて茶色くなった花びらがこぼれ落ちた。
その日からしばらくの間、高石は至る所で花を見かけた。校舎の花壇だったり自宅の庭だったり、公園の花壇だったり他人の家の前の空っぽのプランターだったり、今が冬でなければ花が咲いていておかしくない場所に一輪の花が咲いている。黄色だったり青だったり白だったり赤だったり、色々だ。
ただそれだけで、どうということもない。悪いことが起こるわけでもない。
ただなんだか花に見張られているような気がして、どうにも落ち着かないのだ。