19
二人の友人を見送ってから、ルイスは奥の間にいる子ども達の様子を見に行った。
あれからどうしただろう。少しは落ち着いただろうか。
──僕は死なない。
理人の言葉を聞くなり、奏はその場に突っ伏して顔を隠した。
嗚咽を噛み殺すような息づかいに、まず樹が部屋を辞して、ルイスもその後に続いたのだ。
結果として病人に後を任せる形となってしまったわけだが、はたしてそれで良かったのか。
今更心配になって、ルイスは替えの冷却シートを乗せた盆に向かってため息をついた。
縁側の廊下を回り込んで、最奥の部屋に辿り着く。部屋の中は静まり返っていて、泣き声一つ聞こえなかった。
「入るよ」
ドアがないので、声をかけてから片手で障子を開ける。
六畳ほどの和室の中央に敷いた布団の中から、理人の黒い瞳がゆるやかにルイスを見上げた。
その傍らに奏が倒れているのを見て、ルイスは慌てて室内に踏み込んだ。
盆を畳において、奏の様子を窺う。手の甲で呼吸の有無を確かめると、すやすやと穏やかな寝息を立てていた。
「ついさっき、電池が切れて眠ってしまいました」
未だ力の無い声で、理人が状況を説明する。声変わりの途中のような、不安定なテノールが少し掠れている。
「ここ数日、僕の具合が良くないのを心配してほとんど眠っていなかったようだから……そろそろ限界かな、と思ってはいたんですけど」
ちらりと奏に目をやってから、理人がルイスに所望した。
「すみませんが、この人に何かかけてやってもらえませんか。僕はうまく身動きが取れなくて、どうしたものかと困っていたところでした」
よく見ると、奏の半身が掛け布団の上に乗り上げている。
布団を踏まれた理人はこれを押しのける力もなく、まんじりともせずにいたようだ。
乞われるままにルイスは客用の掛け布団を出して、奏の肩にかけてやった。
奏がしっかりと布団にくるまれたのを確認すると、安心した様子で理人がほっと息をつく。
なるほどこの様子では、凍える奏に一切の防寒具を譲ってしまうくらいのことはやりそうだ。
苦笑してそんなことを考えていると、ふと理人の布団の上にぽつぽつと何か白いものが落ちているのに気がついた。
「なんだろう」
つまみ上げて、それが茎や葉の無い花であることに気づく。
「ジャスミンだ」
星形の愛らしい花を見て、自然と顔がほころんだ。
ルイスの産まれ育った国で、母が大切に育てていた花だった。
「お見舞いには相応しい花だね」
「……え?」
問うような理人の反応に、昔母から聞いた言葉をそのまま伝える。
「ジャスミンの花言葉は、『清らかな祈り』だよ」
理人の黒い瞳が静かに見開かれた。
正確には、「祈り」は花の持つ意味の一つでしかない。
花言葉には様々な解釈が存在するし、品種や色によっても意味が異なるから、一つの花に対して複数の言葉があてがわれているのが普通だ。
しかし今、病床の理人に向けるものとしては「祈り」が最も相応しいような気がした。
「どこで摘んだんだろう」
不思議に思って、首を傾げる。
ここに来るまでの間、奏が何かを手にしていた様子はなかったが。
「水盆にでも入れようか?」
提案すると、ちょっと考えてから理人が小さく首を振った。
「そのままでいいです」
きれいだから。
そう言って目を細めた理人の眼差しは、ひどく優しかった。