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Rabbit-foot  作者: 広井新
5. Rabbit-foot
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8

 訊き返すまでもない。俺たちが容疑者ではないかと思っていたのだろう。それにしてもよく見つけたものだ。というより、どうしてあの現場に彼女が行ったのかが気になった。

「順を追って説明するね。私、熊猫パンダみたいなインフルエンサー大嫌いなの。だから、必ずあの人より先に犯人を見つけて鼻をへし折ってやるって息巻いていたんだ。そんで手がかりがないか現場近くを探していたらこれが」

 灰島さんは指先でトンとテーブルを叩く。

 聞けば、熊猫パンダのある動画が友人の人生を狂わせてしまったのだという。当時彼は無名だったため、一部界隈で炎上したもののすぐに沈静化。ただし、つけられた傷は深く、回復まで多くの時間を有することとなった。今の話を聞いて、拾ってくれたのが他の誰かでなくて本当に良かったと胸を撫で下ろした。が、それも束の間。

「それでね、伊吹くんの自宅マンションまで行って、行動パターンを調べさせてもらったんだ」

 何かの聞き間違えだろうか。カップを持ち上げる手が止まる。

「悪いとは思っていたよ。けどさ、もし怪しい行動を目撃したら通報しないとでしょ?」

「じゃああの時、電車でバッタリ遭ったのも?」

「うん。実は尾行をしていたの」

「つまり……ストーカーってこと?」

 彼女はコクリと頷いた。口をギュッと結び、申し訳ないことをしたと表情が語っている。

 不思議な気分になった。怖さはちょっとある。気持ち悪いという気持ちはあんまりない。それは彼女の目的がまだ見えてこないからだ。

「伊吹くんのことを追っていたら、なぜか古味山さんの姿を見かけて……。あなたたち、大学の頃から仲良かったじゃない? だから、彼女のことも尾行しようと思ったけど、流石にできなかった。まぁ本命は熊猫だったから、そっちの動向に注視していたわけだけど、見事に同じ過ちを繰り返した時は笑っちゃった」

「それで、俺たちのことはずっと疑っていたの?」

「ううん。少なくともあなたは運転手じゃないって確信してたよ。原付を運転する姿を見てね」

 原付に乗る時なんて、週に一度くらいだ。本当にストーキングをしていたのか。

「それは、俺が超のつくほど安全運転をしていたから?」

 俺は極力法定速度を守るようにしている。どれだけ後ろの車にあおられようとも。それが彼女にとって違和感となった。

「あんな慎重な運転をしてる人と、被害者をはねた人物とがなかなか結びつかなくてね。癖って中々抜けないものよ。最初は気を張っていても、段々と化けの皮が剝がれてくる。だとしたら、全くの無関係か同乗者だったか。ずっと悩んでいたら、あの告発アカウントが出てきたってわけ」

「なるほど」

「本当は何とかしたかったんだけど、舞台女優として活動が忙しくなってきちゃって。あなたたちが責められてる時何もしてあげられなかったってところかな」

 非難の声ばかり気にしていたけど、中には灰島さんのように味方でいてくれる人もちゃんと存在した。後光が差したように見えて、ストーカーをしていたことなんてどうでもいいと思えてしまった。

「で、本題の目的について。単刀直入に言う。私、伊吹くんみたいな人たちを救いたい。だから仲間になってくれない?」

「仲間? 具体的に何をすれば……」

「劇団を立ち上げたから、裏方として働いてほしいの」

 働いてきたお金をコツコツ貯め、去年、正式に劇団を旗揚げした。俺たちのような被害者を救いたいという気持ちがあったからだった。同じ傷を抱えた者同士ならトラウマを克服しやすいし、理解者が傍にいるだけで心強いだろう、と彼女は言う。

 その志の高さに、ひたすら頭が下がるばかりだった。

 今の仕事に不満はない。人間関係にも恵まれた。だけど、これも何かの因果なのかもしれないとも思う。免許証を落としたこと、拾ったのが灰島さんだったこと。

 事件に関わってしまったために——。そうやって影に隠れてひっそりと生きている人を支える。

 窓に薄っすらと自分の顔が反射した。役割を担うべきだ。心の中の自分が断言している。ひき逃げ事件で背負った経験は、不名誉であるが貴重な経験といえるひとつなのだから。

「迷惑でなければやりたい。けど俺、もう年だし。本当にいいの?」

「大丈夫! 私が厳しく指導してあげるからさ」

「厳しいのは勘弁してほしいな」

「冗談、冗談。みんな喜ぶよ」

 灰島さんは腕時計を一瞥する。すると「しまった! 稽古に行く時間になった!」と慌てて財布からお金を取り出した。

「詳しいことは後で連絡するね! じゃあね!」

 スマホ片手に手を振り、ウサギが跳ねるように店を出て行った。

 忙しないのは、きっと行動力がある裏返しだ。

 俺は冷めた紅茶を飲み干し、マフラーを巻き直す。この仕事が順調にいったら勝矢と佐環にも声をかけてみよう。

 窓の外では街路樹の枝がしなっている。留まるという選択はしない。行かなくてはいけない。

 行き着く先に、春はあると信じて。

<終>

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