↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女を辞めても国は困らないそうです。第二王子を除いて  作者: よみなぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/5

第2話「次の聖女にはなれません」

「聖女制度を廃止します」


 ミレイユは、意味が分からなかった。


 神官見習いになって三年。


 十六歳。


 毎朝誰より早く起きて祈り、聖力の扱いを学び、治癒術を覚え、浄化術を覚えた。


 全部、そのためだった。


「……廃止?」


「はい」


 教官は淡々と答えた。


「先日、聖女エレノア様の退任が正式に決まりました。次の聖女は選ばれません」


 訓練室がざわめいた。


 見習いは二十人ほどいる。


 そのうち、次代の聖女候補として名前が挙がっていたのは三人。


 ミレイユもその一人だった。


「待ってください」


 思わず手を挙げた。


「では、次の聖女様は?」


「いません」


「いない?」


「はい」


「では、誰が浄化をするのですか?」


「私たちです」


 教官が答えた。


 ミレイユは黙った。


「治癒は?」


「私たちです」


「祝福は?」


「私たちです」


「地方巡回は?」


「原則として廃止されます」


「……どうやって?」


 教官が机の上に白い石を置いた。


 増幅聖石。


 名前は知っている。


 神殿で何年も研究されてきた、新しい聖具だ。


「これを使います」


「でも」


 ミレイユは石を見た。


「聖女様ほどの聖力を持つ人はいません」


「その通りです」


「なら――」


「一人では、ですね」


 教官が言った。


「聖女様一人と同じことを、一人でする必要がありますか?」


 ミレイユは答えられなかった。


「各地には神官がいます。治癒術を使える者も、浄化術を使える者もいる。増幅聖石を使い、必要なら複数人で担当する。交代もできます」


「でも、聖女様なら一人でできます」


「できますね」


 あっさり認められた。


「だから今までは、聖女様にお願いしていました」


 教官は増幅聖石を指で軽く叩いた。


「これからは、お願いしなくてもできるようになった。それだけです」


 それだけ。


 ミレイユには、とてもそうは思えなかった。


 聖女になる。


 ずっと、それを目指してきた。


 三年前、神官見習いになったときから。


 聖力が強いと褒められた。


 努力すれば候補になれると言われた。


 候補になった。


 もっと頑張れば、いつか。


 そう思っていた。


「……では、私が三年間してきたことは何だったのですか」


 口にしてから、少し後悔した。


 教官は怒らなかった。


「今日の午後、治癒院へ行ってください」


「治癒院?」


「いつもの実習です」


「今、その話をしていますか?」


「しています」


 意味が分からない。


 それでも命令なので、午後には治癒院へ行った。


◇


「次の方、どうぞ」


 六人目の患者は、八歳くらいの男の子だった。


 転んだらしい。


 膝を擦りむいている。


「痛い?」


「ちょっと」


「見せてね」


 傷に手をかざす。


 聖力を流す。


 淡い光が広がり、赤く滲んでいた傷がゆっくり閉じていく。


「はい。終わり」


 男の子が膝を見た。


 曲げる。


 伸ばす。


「痛くない!」


「よかった」


「お姉ちゃん、ありがとう!」


 笑顔で母親のところへ走っていった。


 母親も頭を下げる。


「ありがとうございます、神官様」


「あ、私はまだ見習いです」


「そうなんですか?」


「はい」


「でも、治していただきましたから」


 もう一度頭を下げて、親子は帰っていった。


 ミレイユは次の患者を呼んだ。


 腰を痛めた老人。


 軽い火傷をした料理人。


 熱を出した子供。


 全部を治せるわけではない。


 自分では難しい症状は先輩神官へ回す。


 それでも、自分にできることはある。


 治療を終えるたび、礼を言われた。


 聖女候補だからではない。


 聖女になるかもしれないからでもない。


 目の前の人を治したからだ。


 夕方。


 実習を終えたミレイユは、朝より少しだけ機嫌が悪くなくなっていた。


◇


 三日後。


 ミレイユたちは、地方神殿で行われる増幅聖石の実地訓練に参加していた。


 神殿から少し離れた森。


 地面の一部が黒ずんでいる。


「軽度の瘴気汚染です」


 教官が言った。


「放置すれば広がります。以前ならどうしていましたか?」


「聖女様の巡回を待ちます」


「そうですね」


 教官が荷車から箱を降ろした。


 中には増幅聖石が三つ入っていた。


「今日は待ちません」


 参加者は九人。


 神官六人。


 見習い三人。


 その一人がミレイユだ。


「三班に分かれます。一つの聖石に三人。指定した位置へ置いてください」


 ミレイユたちは森へ入った。


 教官が汚染の広がりを確認し、三か所を指定する。


 増幅聖石を置く。


「聖力を流してください」


 三人で石に手を触れた。


 光が広がった。


 一人では出せないほど強い光だった。


 地面の黒ずみが、ゆっくり薄れていく。


「維持」


 教官の声。


 聖力を流し続ける。


 少し疲れる。


 でも、一人ではない。


 隣の神官が支えてくれる。


 向こうでは別の三人が浄化している。


 さらに奥にも三人。


 やがて。


「終了」


 手を離した。


 黒ずみは消えていた。


 ミレイユは自分の手を見る。


「……できた」


「できますよ」


 教官が言った。


「でも」


 まだ、少しだけ納得できない。


「聖女様なら、一人でできます」


「それはすごいことです」


 教官は頷いた。


「ですが、私たちは九人います」


 ミレイユは九人を見た。


 確かにいた。


「それに、私たちはここにいます」


「……ここ?」


「今、この場にです」


 教官は浄化された地面を指した。


「聖女様にお願いするなら、まず王都へ要請を出すところから始まります」


 ミレイユは浄化された地面を見た。


 三年間。


 聖女になるために頑張ってきた。


 そう思っていた。


 でも。


 最初は違った気がする。


 十二歳のころ。


 村へ来た神官が、病気だった妹を治してくれた。


 それを見て、自分も同じことがしたいと思った。


 そのあと聖力が強いと分かって。


 聖女になれるかもしれないと言われて。


 いつの間にか。


 聖女になることが、目的になっていた。


「教官」


「はい」


「卒業したら、浄化班に入れますか?」


「希望するなら」


「聖女候補だったことは?」


「関係ありません」


「そうですか」


 少しだけ寂しかった。


 三年間目指したものがなくなったのだから、当然だと思う。


 でも。


「希望します」


「分かりました」


 教官が頷いた。


 聖女にはなれない。


 もう、なる必要もない。


 それでも。


 誰かを助けたいと思ったことまで、なくなったわけではなかった。


◇


 数日後。


 神殿の訓練室に、エレノアがやってきた。


 聖女の礼装ではない。


 淡い色の、ごく普通のドレスを着ている。


「皆さんにご挨拶だけ」


 エレノアはそう言って、見習いたちの前に立った。


「私は聖女を退任しましたが、今後一年間は王家直属の聖術顧問として、新制度の非常時対応を担当します」


 見習いたちが頭を下げる。


「普段は自由にしておりますので、神殿にいることは少なくなると思います」


 エレノアが少し嬉しそうに笑った。


「何か問題が起きた場合は、王宮から連絡をいただくことになっています。連絡窓口は、新聖石運用計画を担当されている第二王子アルフォンス殿下です」


 ミレイユは顔を上げた。


 エレノア様。二十歳。未婚。

 アルフォンス殿下。二十一歳。未婚。

 昔からの知り合い。王家直属。一年間。


「あの」


 一人の見習いが手を挙げた。


「はい?」


「それって――」


 ぽん。


 後ろから肩を叩かれた。


 見習いが振り返る。


 神官長が立っていた。


「……?」


 神官長は何も言わなかった。


 ただ、ゆっくりと首を左右に振った。


「……」


「何か?」


 エレノアが不思議そうに尋ねた。


 見習いは前を向いた。


「いえ。なんでもありません」


「そうですか」


 エレノアは微笑んだ。


 ミレイユは、何も言わないことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。