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第36話 新しい訓練 ー リベンジを目指して

 翌日。

研究室の机には、

複合材のサンプルが行儀よく並べられていた。


黒い樹脂片、

ガラス繊維を抱えたポリマー、

三成分混合の耐熱ブロック、

レアメタルが微量に混ざる基材――


見た目は地味だが、内部の世界は複雑だ。


高木が手袋をはめながら説明する。


「今日の目標は成分の選択です。

構造の境界ではなく、内部の“性質の違い”を拾い分けます。

部品という“線”ではなく、粒の“点”を読む作業になります」


南雲は一番手前の黒い樹脂片を手に取った。

外見はただの破片だ。

しかし掌の上で、微細な粒がざらりと存在感を主張している。


(……金属が混ざってる)


深呼吸。意識を沈める。

粒の群れが、温度や重さの違いを帯びて浮き上がる。


(これだ)


指先で“選ぶ”。

かすかな空気の歪みとともに、

米粒より小さな銀色の粒が“コトリ”と机上に落ちた。


高木がスキャナで樹脂の表面をなぞる。


「母材に損傷なし。金属粒、抽出成功。

ノイズも小さいです」


「鉱脈よりずっと素直だな。

あっちは線が絡むけど、これは点として立ってくれる」


口にしてすぐ、昨日の“拒絶”の感覚が背中を冷やした。


(あれは別物だ)


次に三成分混合の耐熱ブロック。

内部では金属、ガラス、樹脂が複雑に入り混じっている。


南雲は目を閉じ、

音のない水槽に手を入れるようにゆっくりと意識を差し入れた。

金属は硬く、ガラスは冷え、樹脂は軽い――三つの響きが層をなす。


(金属だけ……来い)


机の上に細かな金属粒が、砂を撒くみたいに集まった。


高木の視線が一瞬だけ止まり、すぐに記録へ戻る。


「精度が上がっています。粒径のブレが昨日より小さい」


技師のひとりが思わず息を漏らす。


「……手品みたいだ」


「手品じゃない」


南雲は苦笑した。


「ただ、怖いことは怖い。

今はまだ狙ったところだけ拾えるけど、

境界が崩れた瞬間に、周りごと連れて行きそうになる」


自分で口にしてみて、胸の奥が少し軽くなった。


高木が短く頷く。


「その“怖さ”を自覚しているうちは大丈夫。

怖さが消えたら止め時です」


次はガラス繊維入りのポリマー。

粒ではなく“繊維の束”が内部を流れている。

性質が近い層が重なり合うため、金属粒の立ち上がりが遅い。


(待つ)


指先の意識だけ細く保ち、粒になりかける刹那を待つ。


(――いま)


一拍遅れて、金属粒が“チリ”と現れた。

波形が小さく震え、すぐに平らへ戻る。


「いいです。“”を拾えています」


高木の声は静かだが、どこか誇らしさが滲む。


午前の終わりには、サンプルの半分が済んだ。

どの抽出も母材の損傷はほぼゼロ。

純度は安定し、粒径のばらつきも小さい。


しかし南雲の額には細かな汗。

指の関節がじんと温かい。


(集中が深い。けど、まだ行ける)


昼食後、難度を一段上げたサンプルに移る。

レアメタルを含んだ基材。

母材と目的成分の性質差が小さく、境界がにじむ。


(押さない。…ほどく。…回り道)


粒の輪郭が溶けかけるたび、指先で細い道を作り直す。

遠回りして、目的の粒だけが自然に離れるように。


“カサ”。


銀色の微粒が、ひとつ、ふたつ――転がる。

計器のノイズはほぼ増えない。


「……本当に道を作っているみたいだ」


技師が呆けたように呟く。

畏怖に近い沈黙が、数秒だけ場を支配した。


「今日はここまで」


高木が区切る。


「精度は申し分ありませんが、集中の深さが増している分、反動も来ます。

まだ積み上げ途中ですから」


南雲は手袋を外し、指をゆっくり開閉した。

力が残っていることを確かめてから、正直に言う。


「……怖さは、さっきより強い。

できるって分かるほど、失敗のイメージも鮮明になる」


高木は微笑みに似た、しかし真面目な表情で言った。


「それが職人の入口なのでしょう。

成功の手触りと同じだけ、失敗の形を覚える。

そうやって精度が増していくのだと思いますよ」


その時、扉が開いて安藤が入ってきた。

端末を胸の前で閉じ、短く状況を確認する。


「ログは見ました。再現性、精度ともに上々。

――上層の会議室の空気が変わってきています」


「変わっている?」


高木が聞き返す。


「成果の“見せ方”を議論する声が出てきた。

対外発表はまだ先でも、内部の予算線や優先度が動きかねない。

ただし――」


安藤は南雲をまっすぐ見る。


「君の負荷曲線を最優先に据えることは、私が保証します。

焦らせない。段階は崩さない」


南雲は小さく頷いた。

安藤の言葉はいつも淡々としているのに、不思議と体の緊張をほどく。


「今日は、ここまで。撤収しましょう」


高木が端末を閉じる。

ケースのフタが“カチリ”と音を立てて閉まった。

静かな部屋に、その音だけが遠くまで響く。


帰り際、南雲は机に残った微粒の列を見た。

きれいに揃った点の群れ。


(点は見える。“間”も、少しずつ掴めるようになってきた)


その実感のすぐ隣で、昨日の山の“拒絶”が、冷たく輪郭を保っている。


(行けるところと、行けないところ。

その境界線を、もっとはっきりさせないと)


廊下に出ると、空調の風が指先の熱をさらっていった。

胸の中で、怖さと手応えが、釣り合いを探すように揺れている。

その揺れこそが、いまの自分の速度だと、南雲は思った。


お読みいただきありがとうございました。

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よろしくお願いします。


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