5話 出発前準備
訓練場を後にした四人は、再びギルドの応接室へと戻っていた。
机の上には地図と紙束が広げられ、これから始まるダンジョン調査の準備が静かに進んでいく。最初に切り出したのはユリウスだった。
「まず確認しておこう。今回の調査、パーティの指揮は誰が取る?」
リュカは椅子にもたれながら、迷いなく答える。
「ユリウスでいいんじゃないか?」
「だよね。あんた、そういうの得意そうだし」
「……あなたが適任だと思う」
リュカの言葉に2人も賛同した。三人の視線を受け、ユリウスはわずかに眉を上げた。
「皆同じ意見か…」
少し考えたのち静かに息を吐き、机の地図に指を置いた。
「……わかった。引き受けよう。……ただし、ダンジョン内ではできる限り俺の指示に従ってもらう。深層では判断の遅れが命取りになるからな」
「了解」
3人は確認するように頷いた。
次に話題に上がったのは装備だった。ユリウスが尋ねる。
「それぞれの装備状況を確認しておこう。まず荷物の管理だが…」
ライラが軽く手を挙げる。
「私は魔法鞄持ち」
「俺もだ」
「……私も」
三人の視線が、同時にリュカへ向いた。
「……?」
「リュカ、お前は?」
「え、普通に背負って持ってくけど」
部屋が一瞬静まり返った。ライラが尋ねる。
「……魔法鞄は?」
「持ってない」
「買え!」
「買え」
「…………。」
三方向からの圧力にリュカは顔をしかめた。
「いやだってさ、あれめっちゃ高いだろ」
ユリウスが額に手を当てた。
「それで単独で四十階層まで潜ったのか……?」
「うん」
「どういう体力してんのよあんた…」
「...戦場では普通だったんだけどなぁ」
三人は同時に小さく首を振った。ユリウスがため息をつく。
「……安く手に入る店を紹介しよう」
話題はそのまま遠征準備へ移る。
「今回の調査はおよそ二週間」
ユリウスは指を地図に置く。
「食料は四人分。基本は保存食だが、可能なら炊き出しも行う」
ライラが手を上げた。
「料理関係なら任せて。パーティでの野営は慣れてる」
「助かる。…簡易テント、寝袋は各自準備」
リュカがメモを取りながら頷く。
「了解」
「回復関係の備えも必要だ」
ユリウスの視線がリュカとセラフィナに向く。
「ヒーラーがいるとはいえ、ポーションは必須だ。ヒールポーション、マナポーション、包帯類」
「……それは私とヒーラーさんで準備します」
セラフィナが静かに言い、ユリウスは小さく頷いた。
「頼む。ダンジョン内部の情報は俺が管理室で精査しておく。階層構造、魔物の出現傾向、最近の報告書も確認する」
「買い出しは大変だろうが、よろしく頼む」
ユリウスが三人をゆっくり見渡すと、三人とも頷き返した。
「了解、リーダー」
「準備ってのも冒険のうちだからね」
「……はい」
ユリウスは地図を丸めて持ち、手を軽く叩いた。
「では明日。みんなが揃い次第、情報を詳しく共有しよう」
ユリウスはギルドの管理室で資料を調べると言い、三人は街へ買い出しに出ることになった。
ギルドの扉を出た瞬間、ライラが勢いよく振り向く。
「リュカ!!とりあえず紹介してもらった店で魔法鞄買うよ!今すぐ!」
「え、ちょっと待っ」
反論する間もなく、リュカは腕を掴まれたまま通りを引きずられるように進む。少し後ろを、セラフィナが静かに歩いてついてきていた。
「いやでもさ、あれ高いって」
「バカじゃん!!んな事言ってまだ荷物背負って潜るつもり?」
「……う」
ライラの勢いに押され、結局リュカは店へと連れて行かれた。
紹介された店は、冒険者向けの装備品を扱う小さな専門店だった。
店主に勧められるまま、いくつかの魔法鞄を見せられる。リュカは値札を見て顔をしかめた。
「高い……」
「深層潜る冒険者なら必須装備だよ」
ライラは腕を組んだまま言う。
「いいから一つ選びな」
長い葛藤の末、リュカはウエストポーチ型の魔法鞄を手に取った。
購入して外へ出る。そして腰に装着し、さっきまで背負っていた荷物を入れ替えた瞬間、リュカは目を丸くした。
「……軽っ」
腰に下げた鞄を何度も触る。
「すごいな……魔法鞄……」
ライラが肩をすくめ、ため息をつく。
「はぁ...今さら?」
セラフィナは少しだけ口元を緩めた。
次に向かったのは市場だった。途中でライラが足を止める。
「私はこのまま食料の買い出し行ってくる」
「え?」
「二週間分だからね。結構量がいるからさ!」
そう言うと、くるりと背を向ける。
「備えあればって言うじゃん? そっちは頼んだよ!」
軽く手を振り颯爽と人混みに消えていった。
残されたのは二人。リュカは少し困った顔をする。
「……俺、ポーションの店とか知らない」
セラフィナが視線を向けた。
「……?」
「怪我は自分で治せるし、魔力切れも起こしたことないから」
「……」
少しの沈黙。それからセラフィナは静かに歩き出した。
「……こっち」
リュカは慌てて後を追う。
案内されたのは、路地の奥にある小さな薬屋だった。看板も控えめで、知らなければ通り過ぎてしまいそうな店だ。
扉を開ける。カウンターの向こうで年配の店主が顔を上げた。
「いらっしゃい」
店内には薬瓶や包帯、薬草が並んでいる。リュカは珍しそうに店の中を見回した。その横で、セラフィナが静かに店主に言う。
「……ヒールポーション四十、マナポーション四十」
店主が眉を上げた。
「結構な量だね」
セラフィナは続ける。
「中級ポーション多め。残りは上級で。……傷薬を四瓶。痛み止めの薬包四箱」
少し考えてから付け足す。
「……あと包帯と当て布」
注文は迷いなく、手慣れたものだった。店主が満足そうに頷く。
「深層かい?」
「……はい」
買い物を終え、二人は店を出た。
通りを歩きながら、リュカが遠い目をしながら呟く。
「……俺、なんも役に立ってないな」
セラフィナは言葉に詰まった。こういう時、何と言えばいいのか分からない。
しばらく歩いた後、視線を逸らしたまま小さく言う。
「……お金、出してくれた」
リュカは一瞬呆けた顔をした。その言葉の真意に気づき、声を上げて笑う。
「それフォローになってないよ、セラフィナ」
セラフィナは少しだけ困った顔をする。リュカは笑いながら言った。
「でも優しいんだね、セラフィナ」
しばらく沈黙が続く。そしてセラフィナがぽつりと呟いた。
「……最初、攻撃してごめんなさい。ヒーラーさん」
リュカは首を振り、セラフィナに向かって優しく笑う。
「気にしてないよ。当てる気ないって分かってた」
セラフィナは少しだけ驚いた顔をした。二人はそのまま並んで歩く。昨日よりほんの少しだけ距離が近くなっていた。
翌日、四人は再び応接室に集まった。
買い出した物資を机の上に並べ、分配していく。魔法鞄に収められていく装備と食料。準備は着々と整っていた。
そしてユリウスが資料を広げる。
「では説明しよう」
グレイスロウ大ダンジョン五十階層付近の情報が、静かに語られ始めた。ダンジョン調査の出発は、もうすぐだった。
主人公の常識ズレが少しでも伝われば…
説明多くなりがちです...




