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木漏れ日②  作者: 汪海妹
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15 脱日本①












   15 脱日本①













   飯塚春菜














マギの店を紹介する当日、時任さんは挙式を迎える義理の妹さんと一緒にお店に現れた。


「ね、手品とか頼めるってほんと?」

「ええ、お好みであればウェディングの進行の合間にショーのような形でお入れになってもいいかもしれませんね」

「ね、そんな結婚式、聞いたことないよね」


わたしの説明ににっこりと隣の時任さんに笑いかける。華やかなメークにピアスにネックレス。そして甘やかな香水。美しくカールした髪を上げてほっそりとした首筋を見せている。見るからに高そうな少し派手な服を着たそんな人でした。


「奇抜すぎて問題になるようでしたら、そういったことは行わなくても」

「いやいや、面白い。ウケる」

「ご新郎さんの方は問題ないですか?」

「ああ、まぁくんはわたしがしたいって言ったらそれでオッケーだから」


結婚前からそんなことで大丈夫なのか、まぁくんと思ったが、ま、自分には被害の出るようなことではないからスルーした。


「ね、あの宙に浮くようなのとかさ、じゃなきゃ、体を真っ二つに切るようなのとかできんのかな?」

「専業の方に頼むことになりますが、可能かどうか確認します」


わたしはメモ帳にメモをした。


「ね、春菜ちゃんってそんなのに書くの?」


妹さんは時任さんに習ってわたしを春菜ちゃんと呼ぶ。


「スマホとかにメモしないの?」

「なんだかアナログ人間で。手で書かないと落ち着かないんです」

「ふうん」


それから料理を食べてもらう。ウェディング用のモデルコースだ。さすがお金持ち、いい舌を持っていた。細かな味付けや素材に注文をつけられた。それもまた、アナログにメモをする。


「なんでも書くのね」

「あまり頭がよくないものですから、書かないと忘れるんです」

「やだ。おもしろい」

「寧々ちゃん」


寧々ちゃんが素直に笑うと、時任さんが大人らしく嗜めた。


「ね、料理はあらかたわかったけれど、ウェディングケーキってどうなるの?」

「今日はさすがにご用意できなかったんですが……」


わたしはそう言ってからパッドを取り出した。


「フランスと言えばクロカンブッシュ*1というシュークリームを使ったケーキが有名でして」

「ああ、知ってる、知ってる」

「お好みによって色々アレンジできるんです」


そう言ってさまざまな形のケーキの写真を見せる。


「これ、かわいいね」


ニコニコしながら時任さんに写真を見せる。なかなか仲のいい義理の姉妹だなと思う。普通はこうはいかないだろうにな。


「それでは、本日の内容で一度まとめて一回目のお見積もりをさせて送らせていただきます。なるたけ早急に」

「ああ、そういうのはまぁくんに送って」

「えっと、その、ご新郎様のそれではメールアドレス等をお伺いしたいのですが」

「ちょっと待ってね」


すると寧々ちゃんはスマホを取り出して電話をかける。それから甘えた様子で話し出した。


「ね、お店の人がまぁくんのメルアド知りたいって。見積もりとかそういうの送るのに。会社のアドレスでいいの?うん」


何やらしばらくやりとりした後に。


「あ、そこに書くよ」


そう言ってわたしの手帳とペンを受け取った。ご新郎、まぁくんの名前とメルアドを書いてから返してくる。話す様子や外見からの印象と相反して、きちんとした丁寧な字でちょっと驚いた。やっぱり育ちがいい人は違うなと思いつつ手帳をパタンととじる。


「ね、宙に浮くのか真っ二つに切られるのはやってみたい」

「ご新婦様が体験されるという方向でよろしいですか?」

「うん」

「じゃ、そちらの路線で可能かどうか確認して見積させていただきます」

「よろしくね」


やれやれ、慣れない仕事だ参ったなと内心思いつつ、立ち上がる。店舗の前でタクシーを捕まえるという二人の脇に見送りで立っているときに言葉少なだった時任さんがそっとわたしを見た。


「崇くん、元気ですか?」

「ああ、はい。ピンピンしてます。今のところは」


わたしのその言い方に時任さんはふっと笑った。


「奏ちゃん、来たよー」


寧々ちゃんが捕まえたタクシーに半身乗り入れながら振り返り、こっちに元気に手を振る。


「それじゃあ、また、よろしくお願いします」


そう言ってそっと頭を下げた。


「またねー、春菜ちゃん。バイバーイ」


時任さんが乗り込んで扉が閉まる。車が見えなくなるまで見送った。


***


会社に戻ってから、今日話が出た内容を中心にいろいろ考える。寧々ちゃんはああいうけれど、本当に結婚式で花嫁が真っ二つに切られていいものだろうか。来賓のお客さんで気持ち悪くなっちゃうおじいちゃんとか出たらどうすんだろ?もやもやしてみた。もやもや。


「ね、野田くん」

「なに?」


自分のデスクで何やらやっている同僚に声をかける。


「結婚式で花嫁が真っ二つに切られたらどうする?」

「いや、それは殺人事件だよね?」

「……いや、そうじゃなくて……」


思考が一気に花嫁、真っ二つ、それで、犯人を探せ、みたいな探偵ごっこの推理パーティーにシフトする。紋付袴に髭生やしたお金持ちそうなおじいさんが、犯人は君だー!


「いや、違う。そうじゃないの」

「ん?どういうこと?」

「今度マギでレストランウェディングすることになって」

「ああ」

「こう、手品で真っ二つにして欲しいって花嫁さんが」

「ずいぶん、ファンキーな花嫁さんだね」

「そうなのよ。おめでたい席で花嫁真っ二つはさすがにないよね?なんか縁起悪くない?」

「そうだねぇ。ケーキ入刀はあっても、花嫁入刀はないよねぇ」


どんな結婚式じゃー!いや、いかんいかん。決めた。


「宙に浮く方向で、行こう。あれも大手品だ」

「どっちが高いのよ」

「ぬ」


顔を上げるとサオリが立ってた。


「宙に浮くのなんて天井に穴あけて仕掛けとか使うんじゃないの?」

「え?」

「箱に入ってもう一つの箱から出てくるとかは抜け穴必要でしょ、工事する?」

「ええっ」

「さっさと手品で来てくれる人と相談した方がいいよ。素人使ってできることなんて限られてるでしょ」

「たしかに」


確かどっかにイベントの時来てもらえるマジシャンの方の連絡先が、机の脇に立ててある名刺フォルダーを片っ端から捲る。


「ね、そういえば、サオリさ」


作業に没頭し出したわたしの背後で、野田くんが少し硬い声を出した。


「なに?」

「この前アクアリオでフロアマネージャーになんか言った?」

「なんかって、何?」

「僕宛にクレーム受けた」

「はぁ?何それ。なんでわたしに直接言わないわけ?」


名刺を捲る手を止めてちょっとまずいなとそっと二人の様子を伺う。


「それは僕の方が話しやすかったからだと思う」

「そんなん言ってたら仕事ならないじゃない。別にわたし変なこと言ってなかったと思うけど」

「何て言ったの?」

「客足が伸びてないって言っただけ。これの原因や対策はどう考えてるんですかって」

「自分が無能だからだって責められているような気分になったって」

「そんなん思ってたらマネージャーとして失格でしょ」


すると野田くんの声が一段とこわばってきんと伸びた。


「そんな簡単に失格なんて使わないでほしいな」


野田くんが、怒った……。あの野田くんが。ポカンとした。わたしは名刺を入れているフォルダを捲る格好のままで固まっていた。


「珍しいな」

「……」


ぼそっと近くで言われる。いつの間にか神谷秀がそばに来ていて二人の様子を見ていた。そんな周りの様子に気づかず二人は続ける。


「木田さんのことをサオリはよく知らないでしょ?それなのに簡単に決めつけてビシビシああだこうだいうことはないでしょ?」

「でも、数字は数字よ。数字は嘘つかない。わたしはちゃんと数字を見てる」


それはほんとです。サオリは短い間に各店舗の経営状況をみるみる把握していました。


「数字ばっか見て、人を見ていない」

「じゃあ、人を見て弱い人には何もいうなというの?そのポジションについているんだから、みんな当然このくらいのことは言われるの覚悟してなくちゃ」

「厳しいこというのも、励ますようなことを言うのも、まずは信頼関係を築いてからじゃなくちゃ」


サオリは腕を組んでそしてイライラしながら野田くんを見た。


「はっきり言って今までのやり方って生ぬるいと思う。こんなんじゃ、生き残っていけないよ」

「でも、フォンテーヌはフォンテーヌだから。サオリの前の会社とは違うから」


野田くんってこんなはっきり言い切る強い人だったっけ?三原ちゃんも小松さんも仕事の手を止めて二人の様子を伺っていた。


「同じことを言うのでも相手によって言い方を変えなきゃ。木田さんはとてもきちんとした人なんだけど、否定に人一倍敏感なんだ。反対に常に自己反省している人だから、ある程度のことは自分でも気づいてる。だから、こっちの意見を言うより、相手の悩んでいることをゆっくり聞いてあげたほうが最終的には効果的なんだよ」


サオリはさっきまでのちょっとピリピリした顔を収めて無表情になった。


「なんか地味ね」

「あのね」


野田くんが一生懸命、話を続ける。普段の穏やかな野田くんに戻ってきました。


「サオリの前までいた会社と違うんだ。この人いらないってぽいっと捨ててそこにもっとバリバリとやり手の人をぽいっと入れられるようなことって、普通はないんだよ。うちの会社には補欠の選手なんていないの。全員スタメンだから。だから、もっと大切にしてほしい」


サオリは黙ってとてもつまらなさそうな顔で、野田くんのことをじっと見てた。野田くんは必死な顔をしてました。次の反論に備えているように見えた。


「わかった」

「へ?」

「でも、できない」

「はい?」


ピリピリしてた空気が一気に解けた。


「わたしはそういうのはできる人間じゃない。だから、そういうのはこれからも大輔がやって」


大輔、野田くんの下の名前です。サオリは自分より上の人間以外は頑固に下の名前で呼んでいるので。それから、小さな女の子みたいにプイッと横を向くと自分の席について、まるで何もなかったかのようにサオリは仕事を再開した。小松さんも三原ちゃんも作業に戻った。


***


*1 クロカンブッシュ

  croquemboucheはフランスのシュー皮でできた菓子。名称はフランス語のcroque en boucheで、糖衣やシューが口(bouche)の中(en)でカリッと(croque)崩れる様子を表す。シューを飴やカラメルなどの糖衣で貼り付けながら円錐型に積み上げた飾り菓子。フランスではウェディングケーキとして使われる。シューはキャベツを表、子孫ん繁栄の願いと豊かな収穫を願うものである。(Wikipedia参照)

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― 新着の感想 ―
[一言] 汪海妹様 いつも楽しく拝読していますm(_ _)m(*^^*)   個性、いろいろですね。 野田くん、ブラッシュアップの予感? もともと、自分の考えのある人で、必要に迫られたから、はっ…
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