14 さっさと振られてしまえ①
14 さっさと振られてしまえ①
中川崇
あの時、君はたしかに僕の世界の中心にいた。
彼女はいつも僕ではない誰かに恋をしていて、僕はそれをすぐ近くで見ていた。次から次へと彼女はその相手を替えるのだけれど、必ずその相手に夢中になるのだった。
僕は僕ではない誰かに恋をしている彼女が好きでした。僕にその片思いについて語る奏に向かって僕は何度もこう言った。
「そんなに恋焦がれているのなら、告白でもしてみたら?」
「やだ。怖い」
昔の奏はとても臆病でした。
「いや、結構いい線いけると思うよ」
「わたしが?」
自分に自信がなかった。でも、実際奏は男子の中で密やかに人気があったんです。自他共に認めるモテる女子というわけではありませんでした。でも、そこまで目立つ子じゃなかったけど、咲く直前の花のような美しさを持っていた。本人が気づいていないだけで。奏の控えめな女らしさは結構陰で人気があったんです。仲の良い自分を羨む奴がいたぐらいで。
「わたしなんてだめだめ」
自分に自信のない彼女が好きになるのはいつも、女の子たちがこぞって好きになるような運動もできて勉強もできてみたいな男子で、僕とは程遠い気がしていた。ただ、彼女はいつも恋に恋をしているというか……。だから勝手に安心していた。
ものすごく長い時間をかけたら、いつか、もしかしたらと。
本当に馬鹿だったと思います。
初めて奏が話しかけてきた日のことを今でもくっきりと覚えている。
原因は忘れた。でも、すっごい寝不足で、放課後の教室でちょっとだけ寝てから帰ろうとスマホから音楽をイヤホンで聴きながら机に突っ伏して寝てた。僕以外には誰もいない教室で。
半分眠って、半分起きているような状態の時に、誰かが教室に入ってきて、そして、そっと僕の前に座った。
その時にはもう自分はちゃんと起きてた。だけど、寝たふりを続けた。
それが奏だと薄目を開けて覗いてわかってた。だから、寝たふりを続けた。
話したくなかったからでは、ないんです。うまく話せる気がしなかった。それは、奏が僕の中ではちょっと素敵だなと思う類の女の子だったから。同じクラスだけれど普段ほとんど話したことのない子だし。
だから、何を話したらいいのかわからなくて咄嗟に寝たふりを続けた。
すると、奏は僕の目の前の席に座り、あろうことか僕のイヤホンを片っぽ耳から抜いて人の音楽を聴いた。
「ちょっ、勝手にそんなことする?フツー」
「あ、起きてたんだ」
「仲のいい奴のならともかく、勝手に聴くか?」
「あ、これ、わたしのすっごい好きな曲。えー、中川くん、こんなのも聴くの?」
「聴いちゃ悪い?」
「だっていっつもは、洋楽ばっかりやってるじゃん」
彼女は自分のやってる軽音のバンドのことを言い出した。
「あれは、俺が決めてるわけじゃないし」
「邦楽はしないの?」
「いや、洋楽がいいんだって」
「なんで?」
「洋楽だったらうまいのか下手なのかいまいちみんなにわかんないでしょ?」
「え、そんな理由。だっさ」
「別にいいじゃん。遊びなんだからさ」
「ね、なんで軽音やってんの?運動部とかじゃなくて」
「汗かくの嫌いだから」
「うわ、だっさ」
「何回も言うなよ。なんかがっかりだな。相良ってこんな奴だと思わなかった」
「勝手に人のことイメージで見ないで」
僕は彼女の耳にまだ挟まってたイヤホンを引っこ抜いた。
「あ、こっからが一番好きなとこなのに」
「ださいと連続して言った罰だ」
すると彼女はその続きを透明な声で歌い出した。
最初で最後の恋だと信じるのはあまりにも*1
放課後の教室、静まり返った校舎にそっと奏の声が響いた。
「ね、中川くんも歌って」
「ええ?」
そして、特に仲が良かったわけでもないクラスメートの2人は、とある歌の一節を一緒に歌った。
ふたりともどこか大人びたようなところがあるんだ*2
その瞬間を思い出すと、今でも泣ける。
子供でもなくて大人でもないあの時、誰もいない教室で偶然2人きりになって、歌の一節を一緒に歌った。それだけ。たったそれだけのことだった。
でも、自分はその瞬間から奏が好きだった。あの奏の透明な声が響くのを聴いた瞬間から。そして、彼女のか細い高い声に自分の低い声が重なったあの僅かな時。
強烈に忘れられない郷愁を必ず含んでいる。僕にとっての思い出。
あの時、突然自分に生まれた感情や衝動を、自分はどうしていいかわからなかった。
***
それから、奏と僕は音楽がきっかけで時々話をするようになった。
話しかけてくるのは奏からの方が多かった。僕はそれに応えていた。
「ね、崇くんの家って実は隣駅じゃん」
「そうだね」
「今度、遊び行っていい?」
「なんで?」
「ギター聴きたいの」
「そんなん、学校で聴かしてやるよ」
「でも、それじゃあなんかあまりにもじゃん」
「その、それじゃあなんかあまりにもってどういう……」
「あ、お母さんに見られたらまずいのか」
「親なんていねえし」
「えっ」
奏がまずいことを言ってしまったと顔を固めた。
「あ、いや、そういういないじゃなくて」
「どういうこと?」
「うち、親父、海外赴任してて、お袋、ついてってるから」
「え、高校生の息子残して?」
「兄ちゃんが大学生だからさ」
「ああ」
やっと納得した。そしていつもの調子を取り戻した。
「じゃあ、別にいいじゃん。全然」
「いや、全然って……」
男の部屋に上がるってどういう意味で言ってんだか。でも、まぁ、そういう意味でないことだけは確かだった。残念ながら。
結局、押し切られて。ま、でも、自分も結局は、少しでも奏と一緒にいたかったから、自分の家に奏をあげた。
もともと家族で住んでいたマンションから父親と母親が抜けて、そこに兄と2人で住んでいた。大学生の兄は夜遅くにしか基本帰ってこないか、時には外泊をするので、奏がくるような時間はいつも僕たちは2人きりだった。二人で家へ向かう道すがら、他愛もないおしゃべりをした。あの時の夕方の空の色、街角で聴いた様々な音。塀のうえを歩く猫。そして、君。全てくっきりと覚えている。
「ね、夕飯とかどうしてるの?」
「適当に」
「コンビニ弁当とか?」
「コンビニ弁当ってさ、毎日食ってみ」
「なんで?」
「むっちゃ、不味いの。飽きるというか」
「そっか」
「コンビニの棚の前立って、今日、何食べようって思ってる時、すげー憂鬱」
「じゃ、外、食べに行くの?」
「毎日外食すると、流石に高いんだよ。お嬢さん」
「そっか」
「だから、コンビニに飽きた時は、なんか作んの」
「え、ウッソ」
「一人暮らししたら奏もわかるよ。俺の気持ち」
「食べてみたい」
「はぁ?」
ふざけんなと言っても奏はいうことを聞かず、お金はわたしが出すからと言って二人でスーパーに行った。のんびりだらだらと買い物した挙句、スーパーの袋を持って家へ帰る。
「ほら、なかなか立派なものだろ?」
食卓に並べた食事を囲んで僕がそういうと奏は笑った。
「だって、このコロッケ、買ったやつじゃない」
「でも、キャベツの千切りはちゃんとしたし」
「ご飯も炊いたし、お味噌汁も作ったね」
「そうそう」
いただきまーすと二人で言って、箸をとる。
「お前、こんなところで飯食ってていいの?家族待ってるんじゃないの?」
「いや、友達と外で食べるって言ったし。ね、このドレッシング美味しいね」
「だろ?」
「今度お母さんに同じの買ってもらお」
そんなふうに、二人でおしゃべりして、テレビ見て、お腹が空いたら適当になんか食べて、こわれるままに時々僕はギターを弾いた。彼女のためだけに僕は普段はやらない邦楽の曲を練習した。すると彼女はまた、あのか細い声で歌った。
奏の好きな曲は男の曲が多くて、だから、サビの高いところは歌えるのだけれど、低くなると歌えない。だからいつも二人で歌ってた。彼女の歌えないところを僕が歌って、そして時々僕の声と彼女の声が重なった。
それは二人だけの時間でした。
そして、彼女はよく僕に片思いの相手の話をした。それは次々に変わった。僕はそれを興味のないふりして聞いた。興味のないふりをしながら聞きつつ、でも、心は彼女の真意を図るのに忙しかった。思うに、これは、彼女なりの牽制なのかなと。それが、臆病な僕がその時出していた結論だった。牽制、僕が彼女に何かそういうことを言い出したりしたりしないための。
非常に奇妙な関係だったと思う。外から見たら。
でも、本人たちはそれなりにそれを楽しんでいた。その曖昧な何かを。
帰る時間になると、彼女は制服姿で立ち上がり、既に制服から着替えている僕は彼女を送る。
「別に送ってくれなくてもいいよ」
「何かあったら嫌だから」
もしかしたら、俺と一緒に歩いているところを誰かに見られるのが嫌なのかなと思いつつも、僕は要らないと言われても毎回それでも彼女を送っていた。彼女の家のドアが見える辺りまで。そして、彼女が玄関の中に入るまで、そこで立って見ていました。
そんななんでもない日々が僕には幸せでした。
どのぐらい続いたろう。そんなに短くはなかったんです。




