1
馬車に揺れること、約二時間。ジークレイルは、やっと会場となる王城へと着いた。
王城の門で、従者と門番が話をし、門の中へと馬車が入る。門を潜れば、位の高い貴族達の馬車が並んでおり、馬車から降りる紳士淑女は皆、華やかだ。ジークレイルは、自身のドレスへと目を落とし、不安に思った。
今まで男の格好しかしてこなかった私が、こんなドレスを着て、似合うのだろうか。
だがジークレイルは、不安を掻き消すかの様に、首を横に振り、馬車から降りた。そのまま城の中へと歩みだす。この時、躓かなかったのは母たちの特訓のお加減だろう。ジークレイルは、ホッと息を吐いた。だが次第に、落ち込む。
ジークレイルの父は、近衛騎士団長。そして、ここは王城で・・・今夜の舞踏会には国王も、参加するわけで、その国王が参加するのであれば、父も必ず居る事になる筈だ。
勿論、舞踏会の参加者が国王に挨拶するのは、絶対だ。そうすれば、必然と父と顔を合わせなければいけなくなる。
だが・・・今は、父に会いたくは無い。父に・・・お父様に政治の道具としか、見られなかったら?そんな事は覚悟していたのに、実際にそんな目で見られたら・・・立ち直れなくなる。
ジークレイルの目に涙が滲み、目の前がぐらぐらと揺れる。泣いてはいけない、と目に力を入れ、下を向く。
だがそうやって、下を向いていたのがいけなかった。人にぶつかってしまったのだ。ジークレイルは顔を青ざめ、慌てて前を向き、謝った。
「も、申しわけ・・・っ!!申し訳ありませんっ!!」
「ん。私は、大丈夫」
そして、そうやって返したのは、不思議な喋り方をする少女だった。ジークレイルは、そっと少女の方に視線を向けた。
この国には居ない、褐色の肌。その肌を飾るのは、冠の様に輝く金髪。タレ目な赤い目は、眠そうにも関わらず、どこか人を従わせる力がある。そして、異国風の深紅の布を、体に巻いている。修飾品を何も着けていないのに、地味に感じさせないのは、華やかで端麗な顔立ちのお加減だろう。
―――きれい・・・
ジークレイルは、思わずそんな事を思った。
そして、少女は眠たそうだった目を見開き、頬を緩め、微笑んだ。
「ありがとう」
だがその言葉を掛けられた、ジークレイルは何の事かと、首を傾げた。そんなジークレイルを見た少女は、今度はクスクスと声をあげて笑う。
「君、私の事綺麗って。だからありがとう、だよ」
「声に、出ていたのですかっ!?」
「うん」
声に出していたことにジークレイルが、赤面をしているとまたもや少女は、クスクスと笑った。その笑みが綺麗で、ジークレイルはますます顔を赤くした。
「フォドリエート・エランティナ」
少女は、突然そんな事を呟いた。そして、ジークレイルの手を額まで運び、くっつけた。その姿を見たジークレイルは、それが隣国の、名を名乗るときにする挨拶だと、気づく。ジークレイルも慌てて、自身の名前を名乗る。
「ジークレイル・テオドールと申します」
そして頭を少し下げ、額に当てられている手を頬まで降ろした。少女は、いや・・・フォドリエートは満足そうに目を細めると、頬にあてられたジークレイルの手に、自身の手を掴み、頬擦りした。そして、手の甲に口づけた。
くすぐったいと、ジークレイルは身動ぎする。
立ち上がった少女は、「一緒に行こう」とジークレイルの手を自然と握り、大広間へと歩を進めた。
手を握られている間、ジークレイルはドキドキと何故か、鼓動が止まらなかった。
それが、父に会うせいで緊張しているのだろうと、ジークレイルは思った。
そして、前を歩くフォドリエートの背中を見つめ、後を追いかけた。