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音芸神話 - yukito's side story -  作者: 七海 雪兎
第二章 -providence-
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THE SAFARI / Lion Musashi


あぁ、また今日が始まる。

憂鬱な気分だ。

早く俺を殺して欲しい。

いや、それか解放してくれてもいい。

……さすがにそれはありえないと思うが。

自分こそが一番などと信じて疑わなかったあの頃が懐かしい。

花火を映すかのような美しい黒髪をした君。

今では何も語ることなく、花の糧となってしまった。


俺が一体何をしたというのだ。

俺が一体何をしなかったというのだ。


俺はただ頂点に立ちたかっただけなのに。

自分ならいけると、そう誰もが思っていたはずなのに。

ところがどうだ。

俺は今どん底にいる。

昨日のことを思い出すことすら難しい。

昨日もこうして死の淵で目覚めたことだけは覚えている。

その前は?

さらにその前は?

……思い出せない。

暗示でもかかっているかのように、もやもやする。


「やぁおはよう、気分はどう?」


また奴だ。

男か女かわからない気色の悪い奴。

いつもそう思ってるせいか、奴は以前よりもにこやかになった気がする。

ますます気色悪い。

どうせ俺を殺す気も解放する気もないくせに。

鎖に繋いでおいて、そして置いていく。

何がしたいんだ、お前は。

俺の大事なものは全て奪っていっただろうに。

これ以上何を奪おうというのだ。

奴が俺を死にたいと思わせる原因なのは間違いない。

こいつさえいなくなれば俺は解放されるのだ。

……本当に?


「ふふ、さて、今日も頑張ろうか」


何を、という問いには答えなど得られないんだろうな。

俺には思い出せない。

しかし嫌な予感だけはしている。

そして、こういう予感は大体当たる。

よくある話だ。

俺がもたついていると、奴が鎖をクイッと引っ張った。

じっとしていたい。

その方が楽そうだ。

それか殺してもらえるかもしれない。

が、それは叶わないということがすぐにわかった。

俺の足が俺の意思を無視して動き出したのだから。

そりゃそうか。

死にたいなら舌を噛み切ったっていい。

猿ぐつわなんてされていないんだし、やろうと思えば出来るはず。

なのにそれをしないということは、そういうことなんだろう。

生きたいという無自覚という可能性もあるか。

あいにくその可能性に賭ける金は、もう一文もないわけだが。




無数のコウモリが俺を見つめる中、しばらく長い廊下といくつかの階段を上らされた。

しかしまだ目的の場所には着かないらしい。

正直もう動きたくないのだが、俺のその気持ちは足には伝わらない。


「もう少しだよ」


振り向きもせずに奴が急に言った。

別段驚きもしなかった。

気色の悪い奴だ、とは常々思っているが。

コウモリが一匹窓から飛び立つ。

コウモリにしては大きい気もするが、なにぶん目がしっかり機能しているとは思えない。

例えヴァンパイアだろうとただの大きいコウモリだろうと、俺には関係のない話だろう。

強いて言うなら、そのコウモリが飛び去った窓が、やけに豪華な感じだったというぐらいか。

普通のビルとは違うらしい。

階段も円状だったし、まるでお城のようだ。

まあただのビルに牢獄があってたまるか、という話ではある。

案外そういうお城っぽいというイメージが、あのコウモリを大きく見せただけかもしれない。

と、ここで初めて牢獄以外の扉をくぐった。



眩しい。

たくさんの炎が、俺の目を焼く。

ここに来るまで、明かりという明かりを目にしなかったせいだ。

そこで初めて今は夜なのだと気が付いた。

そして同時に自分が空腹なのだと知った。

知ったところでどうした。

俺は死にたいのか生きたいのか、どっちなんだ。


「はい、これ」


俺の手に何か握らされる。

とたんに眩しさが近くなる。

どうやら松明を持たされたらしい。


「いつも通り、闘技場に置いてあるものは自由に使っていいからね」


闘技場……。

俺は今から誰かと闘うのか?

奴はいつものように気色悪い笑みを浮かべながら、今俺達が入ってきた扉から姿を消した。

そして鍵の閉まる音。

俺に残された道は、正面に見える扉のみ。

ここで炎を浴びて自殺してやりたいところだが、やはりというか俺の意思は伝わらない。

まあいい。

闘技なのであれば「負け=死」なのだろう。

わざと負けてやればいい。

それで俺はここから解放される。


俺は、扉をくぐった。






響き渡る歓声と咆哮。

まさしく闘技場。

俺の眼前に広がるのは獣の群れと屍、そして観客。

さながら動物園の檻の中だ。

肉食獣なら何でも揃えましたと言わんばかり。

その中にちらほら人間。

どいつも松明を持っているのでよくわかる。

なるほど、昨日もその前のさらにその前も。

こうしてここで闘わされたということか。

ともすれば、俺は生存者の一人ということだろうか。

死にたいと願いながら生き続けてきたということなのだろうか。

それとも、勝ち残れば解放してもらえるとでも聞いたのだろうか。

こうして生きているんだ。

未だに何も思い出せないが、きっとそういう事情なのだろう。

そう自分に言い聞かせ、松明をギュッと握り締めた。

闘技場に置いてあるものは自由に使っていい。

そう言っていた。

ならば武器を探そう。

こっそりと、俺がここにいると悟られぬように。



はたしてそれは見つからなかった。

というか元よりろくなものは落ちていなかった。

それも原因のひとつ。

実際のところはというと、見つかったのだ。

立派なタテガミだと思わず感心してしまった。

俺はやられまいと松明を差し出すが、流石というべきか。

全く怯えることなくこちらへと近づいてくる。

例え武器を持っていたとしても、こいつには無意味なような気がしてならない。

ワッと歓声が上がる。

俺の近くではないということは、向こうで何かあったのだろうか。

もしかしたら生存者が出たのだろうか。

そんな期待を胸に、俺は今を脱出する術を探す。

じりじりと距離は縮まっているが、やつは飛び掛ってこようとはしない。

強者の余裕という感じか。

俺も以前はああだったか。

いや、余裕など欠片も持っていなかった。

俺は強者ではなかったのだ。

むしろこうして追いこめられる側だったのだ。

……何も浮かばない。

いっそ走れば逃げれるか。

正直速さで勝てる気はしない。

しかしこの闘技場にはいくつもの壁があり、もしかするとその壁の裏に何か落ちてるかもしれない。

このままやられるよりかはマシだ。

俺はそう計算するが早いか、踵を返して走り出した。

途端にやつが動き出す。

大丈夫、逃げ切れる。

せめてあの壁は越える。

越えれば勝機はきっとある。


もう少し。


もう少し。


もう少し。


もうす……。


俺は転んだ。

何かを踏んだわけでも、ドジったわけでもない。

噛まれたのだ。

あとちょっとで壁の向こうへ行けると言うのに。

行ってどうなるかはわからない。

それでも諦めたくなかった。

やはり俺は生きたいのかもしれない。

なんとか解放されたいのかもしれない。

必死に匍匐前進するも、すぐにそれも封じられる。

やつが俺の上に乗っている。

舌なめずりしているのが背中越しでも伝わるようだ。


俺の目に、ふと炎が映った。

もうこれしかない。

思いつくが吉。

勢いよく自分の背中めがけて松明を投げる。


……っ!


やつが怯んだ!

その拍子に蹴飛ばされてしまったが、問題ない。

俺は急いで立ち上がり、傷がうずく足を引きずって、壁の向こうへとようやくたどり着いた。











そこには、何もなかった。

あるのは壁のみ。

袋小路。

罠と呼ぶにはお粗末すぎる。

なんとか逃げ道はあるが、その向こうでは今まさに肉片とならん人が見える。

首に生暖かい感触を感じた瞬間、俺は思い出した。

この牙に身体を貫かれるのが、もう何度目かわからないことを。


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