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うたた寝苺の三段ショートケーキ 後編

「死なない?」


 アリノアは、こてんと首を傾げた。

 カッチャスはピンクの鼻をペロリと舐める。


「よくあることさ」

「ふふっ、そうね」


 アリノアは笑った。馬鹿にした笑い方でも、呆れたような笑い方でもない。


「確かに、よくあることだわ」


 あなたもそうなのね、と納得して笑った。

 よくあることなわけがない。

 けど、まったくないわけでもない。

 アリノアは同じ境遇の猫に、なんてことないように笑うのだ。


「ねえ、カッチャスさん」

「カッチャスでいいよ」

「カッチャス。お願いがあるの。違うところで寝てくれないかしら?」

「なんで?」

「ここにいられると、妖精たちがうたた寝苺を摘めないのよ。私ね、うたた寝苺の三段ショートケーキが食べたくて花の国まで来たの」

「ふーん。じゃあ、面白いことしてよ」

「面白いこと?」


 カッチャスは再び寝転がってしまう。

 また寝そうな雰囲気の彼から少しでも眠気を取り除こうと、アリノアはすぐに聞き返した。


「面白いことって?」

「面白いことは面白いことだよ」


 カッチャスは欠伸混じりに答えた。


「ずっと生きてると、退屈で退屈で……分かるだろ?」

「ええ。分かるわ」


 だから、アリノアは旅をしている。

 長い長い時間に自分を殺されないように。

 大好きなスイーツの見て、嗅いで、味わい、自分に刺激を与え続けている。

 そうしないと、退屈に殺されてしまうから。


「面白いこと、ないんだよね」

「だから、寝ているの?」

「そっ。寝るなら気持ちいいところで寝てるほうがいいでしょ」

「そうね」


 ここはとても気持ちがいい。


「面白いものを見せてくれたら、別のところで寝るよ」


 カッチャスは尻尾を揺らした。


「また、寝てしまうの?」

「そうだね。面白いことがあれば起きるけど」


 そんなことは滅多にない。と、浅瀬色の瞳が陰る。

 ずっとずっと、同じことの繰り返し。

 諦めや、悲しみや苦しみ……そんな感情を抱くことすら、面倒臭いと言わんばかりにカッチャスは尻尾を振る。

 眠って、なにかあれば起きて、また寝る。

 彼にとっては、現実よりも夢の中のほうが刺激的なのかもしれない。それを悪いことだとは思わないけれど……。でも。

 アリノアは、それを勿体ないと思った。


 だって、カッチャスはまだ、面白いことを求めるくらいには、自分を持っている。

 永久の時に、潰されきってない。


 だから、アリノアはカッチャスに首を横に振ってみせた。


「ごめんなさい。いまは、面白いことはなにもないわ。でも、これからなら見せられると思う」

「これから? なにか準備が必要なの?」

「そうね。旅の準備は必要かもしれないわ」


 不思議そうに顔を上げたカッチャスに、アリノアは微笑んで手を伸ばした。


「カッチャス。私と、世界を巡らない?」

「……世界?」

「世界には、たくさんの美味しいスイーツがあるの。それらは時間とともに廃れもすれば、再び生まれもする」


 時間の流れは容赦がない。

 だが、残酷なだけではない。決して。


「きっと、面白いこともスイーツと同じくらいたくさんあるわ。だから、一緒に行かない?」


 アリノアはスイーツを、

 カッチャスは面白いことを求めて――

 一緒に世界を巡ろうと、魔女は猫に手を差し伸べる。


「一緒にって……」


 カッチャスは目をまんまるにしてアリノアを見つめる。

 そんな提案をされるなんて、微塵も予想できなかったのだろう。

 アリノアだってそうだ。

 ここにくる前はこんなことになるなんて、自分がこんな提案をするなんて、まったく考えていなかった。

 でも、だからこそ、面白いと思った。

 カッチャスと旅ができたら、退屈しないと思った。


「カッチャスは、うたた寝苺の三段ショートケーキを食べたことがあるって言ったわよね」

「えっ、あ、うん」


 唖然としていたカッチャスだがアリノアの穏やかな声にハッとして、頷いた。


「人の食べ物が食べられる猫なのね?」

「そりゃあ、普通の猫と同じにしないでほしいな」


 カッチャスは得意げに髭をピンと伸ばした。

 喋れて、人間の食べ物も食べられて、自分と同じ永遠の時に身を置く猫。

 こんなに素晴らしい相手には出会ったことがない。


「それならよかった! あのね、一人で食べるより誰かと食べたほうがもっと美味しくなるのよ」


 だから、お願い。

 アリノアは顔の前で手を合わせる。

 その時、一際強い風が吹いて木々が歌声を強くした。そのせいで、口を開いたカッチャスがなんと言ったのかアリノアはうまく聞き取れなかったが……。

 その、アーモンド型をした浅瀬色の瞳にうっすらと涙が浮かんだのは、確かに見えて。

 すぐに誤魔化すように顔を洗って隠されてしまったが、それでも、

 アリノアは彼の心の一片に触れられた気がした。


 木々の声が落ち着くと、一呼吸のあとカッチャスが立ち上がった。


「そこまで言うなら、付き合ってあげなくもないよ」

「ふふっ、嬉しいわ」


 アリノアはすぐにカッチャスを抱き上げた。


「面白いことも、一人より二人で経験したほうがもっともっと面白くなると思わない?」


 カッチャスは答えなかったが、同意するようにピンクの鼻先をアリノアの鼻先にツンとくっつけた。

 ゴロゴロ、とカッチャスの喉が鳴っている。


「カッチャス。これからよろしくね」

「うん。よろしく、アリノア」


 ◆ ◆ ◆


 そして、ようやくアリノアはうたた寝苺の三段ショートケーキにありつけた。


「これが花の国の名物うたた寝苺の三段ショートケーキ! ようやく会えたわ!」


 目の前に運ばれてきたのは、絵本から飛び出してきたような三段のショートケーキ。雪のように真っ白なクリームは、聖獣ユニコーンのミルクから作られたもので、黄金のスポンジには妖精の粉が混ざっている。

 キラキラと輝くスポンジとスポンジの間には、うたた寝苺がギュウギュウに挟まっていて、その贅沢で豪快な風貌にアリノアは震えた。


「ああ、なんて素敵なの。見ているだけでお腹が膨れそう」

「じゃあ、僕さまが食べてやろうか?」

「ち、違うわ! 言葉のあやよ!」


 切り株のテーブルを挟んだ向かいの、ひまわりの椅子に座るカッチャスに、アリノアは慌てて弁解した。

 そもそも、そんなことを言うカッチャスの前にだって、ちゃんとうたた寝苺の三段ショートケーキは置かれている。


「意地悪ね」


 アリノアが唇を尖らせれば、カッチャスが楽しそうな笑い声を上げた。

 つられて、アリノアもくすくすと肩を揺らす。

 いままでなら、スイーツが運ばれてきたらすぐに飛び付いていたが……その前に、誰かと言葉を交わすのも悪くない。


「見て。こんなに大きなうたた寝苺が乗っているわ」

「知ってる。前に食べたって言ったろ」

「私は初めてだもの。わあっ、クリームもフワフワ。いただきます!」


 フォークを入れると、スポンジに閉じ込められていた妖精の粒がキラキラと宙に舞う。

 ぱくり、と一口食べる。


「!」


 口の中で、苺の甘酸っぱさが弾けた。

 驚いたのは、その直後だ。お腹の底からじんわりと、まるで春の陽だまりに包まれたような温かさが広がっていく。


「美味しい。お腹の中まで春になるみたいだわ」


 アリノアは頬を染め、ほうっと甘い吐息を洩らした。

 クリームも舌触りがよくて、うたた寝苺の甘酸っぱい後味を心地よく整えてくれる。そのせいで、いくらでも食べられてしまいそうだ。

 そして、食べ進めていくと気持ちがフワフワして、瞼がとろんとしてくる。


「ふあぁ……とっても、いい気持ちね」

「うたた寝苺の三段ショートケーキは、食べ終わったあとも最高だからな」


 先に食べ終えたカッチャスがテーブルを伝ってアリノアのほうにやってきて、堂々とアリノアの膝に乗っかった。


「みーんな、こうなる」


 膝の上で丸くなったカッチャス。彼は、もはや寝る気満々だ。

 アリノアが店内を見渡すと、カッチャスだけでなくうたた寝苺の三段ショートケーキを頼んだだろう他の客たちも、食べ終わると次々にテーブルに突っ伏していた。

 店全体がポカポカとした眠気に包まれている。


「席に毛布が用意されているのはこれが理由ね」

「そういうこと」


 カッチャスは目を瞑る。すぐに、ぷすーぷすーと可愛い寝息が聞こえてきた。

 アリノアは、ケーキの最後の一口を飲み込む。直後に、大きな欠伸が出た。

 ふわふわ、ぽかぽか。

 この眠気に抗うのは、逆に申し訳ない。


「私も、少しだけ……」


 光るキノコに照らされる店内の片隅で、魔女は幸せそうにうたた寝を始めた。


【END】




ここまでお読みくださってありがとうございます。

長編にしたいと思っているのですが、気力はあるのに物理的に長編を書く時間がいまなく……

下唇を噛みながら短編でまとめました。悔しい!

今回も楽しい!という勢いだけで書いたので、誤字脱字などあるかもしれません。

コッソリと直しておきます。

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