第18話 俺の願い
午後の自由行動が終わった、俺・陽樹たちはお台場近くのホテルでゆっくりしていた。
時刻は、18時30分を過ぎている。今は、自由時間だ。19時までの夕食に間に合えば、何でもしてもよしということになっている。
ホテルでゆっくりするのもよし、海浜公園辺りなら外出許可も降りていた。
俺は、部屋で今日撮った写真を眺めていた。
今日だけでも、100枚以上写真を撮ってしまった。ほとんどは、食い物の写真と、景色の写真だ。自分が写るのは苦手だし、下手くそだからだ。
東京タワーの外観写真や、ダイバーシティで食べた昼ごはんのラーメン、海浜公園での海、デックス東京ビーチで遊んだ東京ジョイポリスの写真――。
全てが未知の体験で、心と身体がすぐには追いつかなかったが、それでも興奮は収まらず、ワクワクした気分になった。
同じ部屋にいる友達は、俺と似たような性格が4人。みんなそれぞれ、ゲームをしたり、テレビを見たりと自分の時間を楽しんでいる。
俺は、せっかくの旅行なので、外に出てみようと思った。彼らにそっと声をかけ、部屋を後にした。
ホテルの2Fは、俺らの学校の生徒が貸し切っている。3Fも教職員も含むため、ほぼ貸切状態といったところだろう。
そのため、2Fの廊下は本当にうるさい。耳を澄まさなくても、笑い声が丸聞こえだ。これでは一般の方に迷惑になるから、貸切でよかったと勝手に感心していた。
※ ※ ※
ロビーを出て、海浜公園へ。夜風はすこし冷たい。海風だろうか、微かに潮の匂いもした。
俺は、静かに歩き、人気のない場所へ向かった。
さざなみの音が聞こえる。
修学旅行は、楽しい。ずっといきたかった場所にも行けて、仲いいやつと同じ班になって、一緒に観光して。
だけど、何かが足りなかった。
こんなに楽しいし、今なら、今だけなら店の事も忘れられる。
それなのに―――
思いに耽っていると、空から雨が振ってくる。
天気予報では1日中晴れるはずだったのに、まあ、たまにはこんなこともあるか。
夕食に遅れるわけにはいけない。班長である俺は、海から逃げるようにホテルへ向かおうとした。
向かおうとして、何かを察知した。
まだ帰ってはいけないような、誰かが俺を待っているような、そんな予感で。
周りには俺以外誰もいないはずなのに、思うがままに海岸を走った。
雨が強くなってきている。自分でもなんでこんなに走っているのか、わからない。映画じゃあるまいし、こんな予感なんて当たるはずないと思っていた。
走って、走って―――
1人の女性を目にした。
ベンチで1人座り込んで、こんな雨なのに傘も持っていない。ずぶ濡れな状態で俯いて、ピクリとも動かない。
俺は、目を開いた。
「雛子!!!!!!!」
考えるより先に、声が出た。
彼女は、俺の声に反応し、目を合わせる。
近づくほどにはっきりしていく、彼女の表情。
雛子は、目を真っ赤にしていて、涙を流していた。
その表情に、俺は、どうにもならない気持ちが溢れてきて、その場で抱きしめる。
「あ………あ…」
驚く彼女の声。震える手。冷たくなった小さな身体。
きっと、なんでここに来たのは、分かっていた。
きっと、翔月に会いに来たんだろう。
何らかの事情があって、彼に会えなかったか、もしくは会えたけど、トラブルなったか、ここらへんの理由だろう。
でも、今はそんなこと、どうでもよかった。
「……何も言わなくていい。雛子が無事なら、それでいいんだ―――。」
翔月は、彼女を裏切ったりはしない人間だ。
昔から、人と関わることが大好きなヤツで、約束も絶対守る。
人を傷つけたりは、絶対しない。
楽しませることを1番に考えて、人を笑わせることが生きがいだと思ってる、馬鹿な弟なんだ。
だからきっと、なにか事情があったんだろう。
俺は、彼女を守るように、大雨の中、強く抱きしめていた。
※ ※ ※
雛子の気持ちが落ち着いたので、俺はホテルのロビーに連れて行った。濡れた体じゃ、電車で帰ることもできないからだ。
先生に事情を話し、遅れて夕食へ向かうことになった。すこし怪訝な顔をしていたが、『濡れた状態の知り合いが心配で』と言ったら、何とか許可を貰えた。
俺は、部屋から予備で持ってきていたタオルを渡す。そして、家から持ってきたTシャツも渡した。
彼女は、ペコリと会釈し、濡れた体をタオルで静かに拭いた。
「ありがとう………陽樹くん。気を遣わせちゃって……。 服とタオル、洗って返すから。」
「気にすんな。風邪引いたらまずいだろ。服は、そこら辺で買うから。」
彼女のバックから見える紙袋のようなものが見えて、思わず目をそらす。
これは、俺のためのものじゃない。
雛子は、翔月と会うために、わざわざ、買ってきたんだろう。翔月に似合うお土産を、ソワソワしながら買って。
やっぱり、雛子は、翔月がいいんだな―――。
俺の、何がダメなんだろう。なんで、好きになってくれないんだ。
付き合ったら、絶対一生愛し続けるし、できる限り、側にいるのに。
だけど、俺よりも明るくて元気な翔月がいいんだな―――。
向き合わないといけない現実が、俺の目の前に突きつけられるように、心をえぐられる。
「でも、そしたら、陽樹くんが――」
「俺のことは気にすんな。」
彼女は黙り込む。
好きなヤツが悲しむ顔をみたくない。
それが、俺の願いなんだ。
ようやく気づいたんだ。
たとえ、結ばれなくても。
好きなやつが、どこかで笑ってくれれば、それが1番幸せ。男なら、誰しもそう思うだろう。
きっと、その相手が翔月だとしても―――。




