第1話 私
窓の外から当たり前のように見える鎌倉の海は、夕日のグラデーションと相まって、より一層儚さを感じる。
終礼を知らせるチャイムが鳴り響き、生徒たちは一目散に教室をあとにする。
「七海さん〜! ほんじゃ、今日の分の掃除よろしくね?」
「あ…うん。わかった。」
私の苗字を呼んだクラスメイトは、スクールカーストの頂点。韓国女子のように長い髪を後ろに流している。
私は、ボブヘアだけでも精一杯なのに、あんなに長い髪を上手くアレンジできるなんて、すごいなと思う。
返事を返したあと、彼女らははにかむ笑顔を見せながら、友人らと教室をあとにした。
ここは、日本一海に近い学校として、全国的に有名であり、それがいつの間にか『日本一青春ができる学校』と紹介されるようにもなった。
そのため、受験生は青春を求めて、この学校を受験するので、自然と明るい性格の人が集まりやすい。
もちろん、私もその1人。中学生の時、何をやってもドラマが始まりそうなこの雰囲気に憧れ、受験をした。
だが、果たして私は、日本一の青春ができているのだろうか。今現在、恋人はもちろん、友達と呼べる友達もできていない。
話しかけられるとすれば、生徒に面倒な仕事を押し付けられるくらいだ。
断る口さえもめんどくさいので、いつも受け入れている。
だからきっと、影で『七海さんは何でもやってくれる使える人だ』とか、揶揄されてるんだろうな。
3年C組に、ただ1人ポツンと残された私。
本当は他の掃除当番のメンバーもいるが、全員部活か遊びやらでサボってるのだろう。
でも、なんだか、こっちのほうが私には似合っているのかもしれない。
世界に、私しかいなくなったような不思議な気持ちに取り憑かれて、時々ほうきを止めて、海に向かって黄昏れる時間。
きっと、この瞬間も、皆、高校生らしい青春を過ごしている。
どうして、私はみんなみたいになれないのかな。
どうして、友達と笑い合えないんだろう。
笑顔を振りまけないんだろう。
きっと、こんなちっぽけな悩みを抱えているのは、私だけだ。
高校生活最後の夏。他人とは、必要最低限の会話しかしないで、寄り道もすることもなく、まっすぐ家に帰る日々。
掃除を終えて、私も家に帰ることにした。
部活の掛け声が、歩いていくうちに、どんどん小さくなっていく。
海は、最後まで私の学校の帰りを待ってくれている。やはり、私の1番の友達は人間ではなく、この景色なのかもしれない。オレンジ色に燃え上がった夕日は、私の小さな瞳を強く輝かせ、一瞬だけ主人公の気分にさせてくれる。
学校から離れるとすぐに、浜辺があって、生徒たちはよく写真や、動画を撮ったりしている。
本当は私だって、海に黄昏たいのだが、なんだか1人でいるのが恥ずかしくて、実は1回も訪れていない。
でも、今日は学校の生徒が誰もいなかった。そんな毎日生徒がいるわけではないのである。だって、毎日見れる当たり前の景色だから。
私は、本当に知り合いがいないか、キョロキョロ確認し、浜辺を歩くことにした。
砂浜に入ると、ローファーが埋まりそうで凄く歩きにくい。砂が入りそうだ。それでも左を向けば、夕日で輝く海が見えて、1人でもちょっとだけ幸せな気分になれる。
もう少し、海の近くまで行ってみよう。
私は、湿っている場所まで近づくことにした。今日は波が緩やかだから、そう簡単に靴が濡れることもない。万が一、波が来たら、走って逃げればいい話だ。
近くまで歩くと、また違った良さがある。干からびたワカメが落ちていたり、少しだけ綺麗な貝殻があったり。
南国ではないから、おとぎ話のような貝殻ではないが。
すると、何やら変わったものを目にした。細長い物体。動いているわけじゃないから生き物ではないはず。
近づくと、その正体がはっきりした。
小瓶―――?
透明でキャップは銀色。夕日に照らされているせいか、それは、余計に光り輝いているように見えた。
私はその場でゆっくりとしゃがんで、小瓶の中身を覗く。
―――手紙が入っている。
一体、誰からだろう。落とし物かな。それとも、何かのいたずら?
中身を見たら、あんまり良くないかな。
無視して帰ろうと思ったけど、やっぱり気になってしょうがない。変なのだったらここにおいておけばいいか。
好奇心に負けて、私は小瓶の中のメッセージを確認することにした。
キャップがすごく硬くて、手が痛い。それでも、中身が気になったから意地でも開けようと思った。
ようやく、小瓶の中から丸くくるまった手紙を取る。
『この手紙を見た人へ
はじめまして。
これを見たということは、どこかの海へ流れ着いたってことですよね!
あなたのことを教えてください。
知らない世界を知りたいんです。
お返事、待ってます。
田舎に住む男子高校生より』
思ったよりも短い文章。もっと長いかと思って、少し驚いている。
荒くバランスの悪い元気な文字で書かれていて、笑ってしまう。
誰かが、この文章を書いた。それで、届いたのがたまたまこの場所だった。
『お返事待っています。』
これって、私からのお返事ってことだよね。こういうの、ボトルメールっていうんだっけ。
でも、ボトルメールなんてやったことがない。第一、返事を書いて、流したとしても、生き物が誤飲したり、ゴミとして捨てられたり、届かない可能性のほうが高い。
でも、せっかく拾ったんだから、見て見ぬふりをするわけにはいかない。
私は、手紙をボトルのなかに入れて、家へ帰ることにした。
※ ※ ※
「おかえりー、雛子。もう夜ご飯にするから、手を洗ったら手伝いしてちょうだい。」
玄関のドアを開けると、キッチンにいた母が私の顔を覗いてくる。
いつものように返事はしたが、さっきの事が頭から離れず、上の空だった。
私の家は、父と母と3つ下の弟がいる。ごく普通の一般家庭だ。
食器を並べて、全員揃ったら手を合わせる。
私は、あのボトルに返事をしようか否か、ずっと悩んでいた。
どんな人が書いたんだろう、もし、返事をしたら、面白がられるかな。環境汚染になっちゃうから、やらないほうがいいのかな…。
「姉ちゃん、手が止まってる。」
そんなことを悶々と考えていると、隣にいる弟に指摘をされる。
「ごめんごめん。」
「変なの。アホ面浮かべやがって。」
彼の言葉に、父と母はくすくす笑っている。
いつもなら、弟の嫌味に言い返す気力もあるのだが、今日は身体が動かなかった。
こんなこと、初めてだから。
お風呂から上がり、私はもう1度バッグからあのボトルを取り出す。
それにしても綺麗なボトル。日に当てると、オーロラのように輝きそうだった。
『あなたのことを教えてください。』
私のことを、教えてあげたい。
届くかはわからないけど。
迷惑かもしれないけど。
きっと、このまま何もしなかったら、気になって寝れないと思う。
自分の部屋の引き出しにある、小さな便箋を取り出す。
『田舎に住む男子高校生へ
はじめまして。
手紙、届きました。貴方のもとにこれが返ってくるかはわかりませんが。
私は、関東に住んでいる女子高校生です。
都会は、すごく窮屈ですよ。
私は、貴方の住んでいる田舎が羨ましいです。
都会に住む女子高校生より』
締めは、彼の書き方を真似して書いてみた。こうすれば、自分が送った手紙の返事だと分かるだろう。
ボトルの中に、手紙を丸めて硬いキャップを締める。
どうか、また届きますように――。
明日、学校へ行く前にこれを流そうと思い、早く眠りついた。
※ ※ ※
それから、数週間後。ある日の放課後に、また海に立ち寄ってみたら、見覚えのあるボトルを目にした。
嘘。もしかして。
私はそれを見つけた瞬間、ものすごいスピードで駆け寄った。
近づいて、確信した。やっぱり、以前初めて手に取ったボトルで間違いない。
中身を見ると、同じように丸まった手紙がある。
『都会に住む女子高校生へ
こんにちは!!!
まさか誰かに届くとは思わなかったので、すごく嬉しく思います!!
オレは都会がすごく羨ましいです。
だって、どんなお店もすぐ近くにあって、放課後には友達と気軽に寄り道できる。
それって、すごく充実してるなって思うんです!
オレのところは、ちっこいイオンがあるくらいだから(笑)
そうだ! もし都会に行ったら、スタバに行きたい!
なんでかって?シティーボーイみたいだから(笑)
田舎に住む男子高校生より』
読んでて思わず、クスって笑っちゃった。
以前もそうだったけど、より元気で荒い文字。
手紙が届いて、余程嬉しかったのがすごくよく伝わった。
そして、何より書き方が柔らかくなったのが嬉しかった。
どんな人か知らないけど、正反対な環境で育ったからこそ、仲良くできるかも。
『田舎に住む男子高校生へ
今回も、お手紙ちゃんと届いてますよ。
この手紙も、届くといいな。
スタバ、美味しいし、そこで勉強するとなんだか意識高い人みたいになれちゃいます。
でも、実は、スタバ1杯分は、豚骨ラーメン1杯分と同じカロリーなんですよ。
だから気軽にいけないです、太っちゃうから。
田舎なら、いろんな野生の生き物がいるイメージがします。
私は動物が好きなので、そっちのほうが見てみたいです。たくさんじゃれ合いたいし。
都会に住む女子高校生より』
本当はスタバなんてあんまり行ったことない。クラスメイトの話から、なんとなく拾ってきただけ。
だけど、彼には友達がいなくて退屈だなんて、言いたくなかった。
相当都会の生活に憧れてる。だから、キラキラしたイメージを壊すわけには行かないのだ。
『都会に住む子高校生へ
スタバやっぱりいっぱいあるんだ! いいなぁ。
オレは太ってもいいから飲んでみたいな!ラーメンはこっちでも割とあるからね(笑)
野生の生き物!?
多分リスとかそういうのを想像してると思うけど、実際は全然違うからね?
現実は、カエルがずーっと鳴いてる!
夏の夜はまじでうるさいよ(笑)
田舎に住む男子高校生より』
こうして、見ず知らずの彼とのボトルメールのやり取りが、いつの間にか、私にとって一番の楽しみになった。
普通に考えれば、ありえない話だ。必ずボトルが届くなんて、ファンタジックである。
でも、不思議と、『もう、来ないじゃないか』とは思わなかった。もしかしたら彼も、同じ気持ちでメッセージを届けているのかもしれない。
何ヶ月か経って、彼のことが少しずつわかるようになってきた。
彼は、私より1個年下の高校2年生。香川県にある、小豆島の学校に通っている。
高校を卒業したら、実家の定食屋の手伝いをするそうだ。
まだ2年生なのに、もう将来の設計ができていて感心する。
私は3年生だが、まだ進路希望調査がずっと空白のままだった。
このまま、ぼーっと平凡な大学に進学するだろうか。それもそれで、私らしいかもしれないけど、なんだか物足りなかった。
『関東にいったら、芸能人に会えるって本当?』
『そんなわけないよ(笑)人ばっかり多くて、見つけたことない。』
『へぇーー! でもオレ、満員電車も憧れるな! いつも乗ってるの?』
『満員電車は憧れるものじゃないよ! 夏は暑いし、冬は静電気で痛いしで、とにかく大変なんだから。 そうだ、小豆島はオリーブが有名なんでしょ?』
いつの間にか私たちは、タメ口で話すようになったっけ。
彼は、とにかく関東に憧れを持っているみたい。私が返事をする度に、嬉しそうに聞いてくる気がして、このやり取りが大好きになっていた。
返事が来るのはいつだって、数週間後だった。
でも、ふと恋しくなったら学校に彼の手紙を持ってきて、ニヤつくの。
『オリーブ、めっちゃあるよ。公園にもあるしね。俺の店も、地元の名産品を使ったメニューがいっぱいあるし。』
『例えばどういうのがあるの?』
『オリーブ牛丼に、オリーブ豚カレー、あとは地鶏の照り焼きとかかな。』
『全部聞いたことないな。どれもおいしそうだね!』
『そりゃ俺の店だから。うまいに決まってる。』
窓の外から見える、鎌倉の海を見る目も変わった気がする。
以前は、もっと退屈だった。綺麗だとは思っていたけど、なんだか切なくて苦しくて、たまに涙が出そうだった。
でも今は違う。この宝石のように美しく輝く海が、海の波が、私たちのメッセージを繋げてくれたんだ。
次はいつ返事が来るかな。
早く、返事が来ないかな。
※ ※ ※
昼休み。私はノートの端っこにそっと落書きをする。
『会いたいな。』
この文字をじっと見つめる。彼の顔を妄想しながら。
すると、背後から私に話しかけるように、声が聞こえてくる。
「ねえ! 知ってる? 小豆島の男女の話!!」
自分のことかと思って心臓がバクバクしたけど、どうやらクラスメイトは他の人に話しかけていたらしい。当たり前のことだ。
『小豆島』。
その言葉に、思わずドキン、と心臓が跳ねる。
ボトルメールの男の子のことを、思い出したから。
彼女の言葉に、その友人が嬉しそうに会話を続ける。
「知ってる! Xで話題になってたやつでしょ? この時代に連絡先も交換せずに、1年に一度だけ会って、最終的には結婚したっていう!」
実は、私も知っている。少し前にすごく有名になったお話だから。
香川県小豆島にある、エンジェルロード。
大切な人と手を繋いで、願いが叶うと言われている、ロマンチックな場所。
潮の満ち具合で、砂の道ができたりできなかったりするから、魔法の道だって騒がれてるんだ。
私たちより少し年齢が上だけど、こういう運命の話は、やっぱり憧れる。2人は、『1年に1度だけあのエンジェルロードで会う』という約束をし、それがやがて1度ではなく、永遠に一緒にいることになったそうだ。
大切な人と、手を繋いで――――。
私もいつか、好きな人と、手を繋いで歩く日が来るのかな?
もしかして、その相手は、ボトルメールの男の子だったりして―――。
「そうそう! ロマンチックだよね〜。ほら、見て、このキーホルダーをお揃いにしてたらしいよ。」
「わ〜! いいね、こういう出会い方したい〜。」
彼女はそういいながら、『あんたは彼氏いるじゃん』と指摘されながら、ヘラヘラと笑っていた。
やだ。私ったら、何考えてるんだろう。
顔も名前も知らない人なのに。勝手にいい風に想像して、恥ずかしい。
こんな話題、耳に入ってもあんまり深くは考えたことなかった。私には関係のない話だったから。
青春だなんて、程遠い。追いかけても追いかけても、逃げていくものだと思っていた。だから、追っても無駄だと思って、いつの間にか掴むのを諦めていた。
でも、今は違う。
青春は掴むものじゃなくて、そこにあるもの。
私にだって、起こったんだよ――――




