第3話 始まりの街
ゲーム開始直後にログインするのは、始まりの街ファストの教会前広場だ。
剣と魔法の異世界らしいテンプレの世界観なので、積極的にテンプレ設定を採用している節がある景色だった。
白を基調とした荘厳な雰囲気の教会に、広場の中央の大きな噴水。
広場を囲う街並みは西洋風で、オープンカフェがあって客たちが憩う姿が見られる。
他にも武器屋防具屋道具屋などの大店が揃っているらしい。
ただし大店で扱う商品は上級者向けで高価な物ばかりだそうだ。
しばらくは雰囲気作りの店だと思って眺めるしかないだろう。
高良改め高尾はログイン広場とも呼ばれる場所を見渡して呟く。
「動画で見すぎて新鮮味がない…」
現実と見紛うほどのグラフィックのクオリティに感動したかった。
降り注ぐ太陽の熱や肌を撫でるそよ風の感触は、確かに素晴らしい出来栄えである。
没入型VRとして自分で体験できるのは素直に嬉しいのだが、見飽きた景色すぎた。
だが5年の無聊を慰めるためにも、動画で補給する行為は必要だったのだ。
サービス開始直後だったらどれほど感動できたのだろう。
待ち焦がれていたゲームの世界に来たのに、喜びより恨みがましい気持ちが強い。
高尾は楽しむために来たのだからと自分を鼓舞した。きっと動画で見ていない景色が見つかるはずだ。
だといいなと思いながらメニュー画面を開く。利き腕と逆の手首に装着されたブレスレットに開閉ボタンがあるが、ゼスチャーを登録するとそれで開くことも可能だ。
誤作動を考えると普段使わない動きにする必要があるため、カッコつけたい以上の使う理由が思い浮かばないが。
「やあ、キミの可愛いナビだよ☆」
「設定でミュートにしたい」
「そんな設定はございませーん、ザマァ!」
「そんなに俺の顔が好きか」
「大好きに決まってるよ、力作だもん!」
メニュー画面を開くと必ず出て来るナビゲーションAIのナビに、こんなに出るものなら尚更選択させて欲しかったとうんざりした。
ナビの好みで作ったアバターなので、顔にケチを付けられないだけマシなのだが。
好みじゃないと顔を合わせるたびにグチグチうるさいらしいのだ。
「それじゃあチュートリアルを始めよう!後ろに教会があるから、そこで転移ゲートに登録してみよう!忘れると戦闘不能になった時にオートで帰還するシステムが発動しないから、大変なことになるよ」
「知ってる。ギルドの巡回員に拾って貰えるまで、その場に放置されるんだろ」
ギルドの巡回員はNPCだ。
間抜けの回収が仕事ではなく、モンスターの行動に異常が見られないか確認して回っているという設定である。
大変なことってどうなるの?というテーマの動画で見たことがある。
ログアウトしていても回収して貰えるが、いつになるか不明なのでゲームが遊べなくなると同義だった。
1ヶ所でも登録してあれば起きないアクシデントなので、最初の街でやらかさなければ大丈夫だ。
チュートリアルを無視したスタートダッシュ組が陥った罠だが、普通は忘れずに登録するものだった。
高尾も教会に入って、NPCたちにあいさつしながらゲートに登録した。
他の街でも登録すれば、登録してある街に無料でファストトラベル出来るようになる。
「おや、新しい異邦人の方ですね。頼みたいことがあるのですが、聞いていただけますか?」
「まだ冒険者登録もしていないけど、内容によっては」
「そんなに急いではいないのですが、聖水に使う素材を採取して来ていただきたいのですよ」
教会内でクエストが発生するのもチュートリアルのうちだ。
納品期限がないので、取りに行けるようになってから届けることになる。
高尾は引き受けてから教会を出た。
「こんなふうに街の住民から頼みごとをされることもあるんだよ」
「そうだな」
このあたりは動画で何度も見ている。
クリアすると代金の他に聖水のレシピも貰えるクエストなのだ。
知ってる内容すぎてモチベが下がる。
ナビの声を聞き流しながら、次の目的地に向かったのだった。
やはり動画で見飽きた景色…とテンションの維持に苦労しながら広場を出て、大通りを南下して行く。
大通り沿いに並ぶ店も初心者のうちは用のない大店だが、1本裏通りに入れば駆け出し冒険者向けの店が並んでいる。
そして広場からさほど離れていない場所にギルドと呼ばれる大きな建物があった。
ここは冒険者向けの施設ではあるのだが、商業受付、職人受付などの生産職が利用する場所でもある。
総合受付があり、基本4職ごとの受付に分かれていて、上位ジョブの転職条件を聞いたりジョブごとのクエストを斡旋している。
転職条件はある程度成長していないと開示されないので、昔はこまめに確認するプレイヤーが多かったと聞く。
今はもちろん全て攻略サイトに載っているので、各ジョブ向けのクエストを受ける場所でしかない。
「さあ、いよいよ冒険者としての第一歩を踏み出そう!総合受付で冒険者登録すればキミも冒険者だよ!」
「登録しないと何も始まらないからな」
ナビの指示でチュートリアルを進める。
高尾と同様に最近始めたらしいプレイヤーの姿もちらほらと見られるが、誰も利用していない総合受付に近付いた。
ギルドの受付嬢はどこの街でも美女揃いで、始まりの街も例外ではなかった。
5年の間に多くの国と街が開放されたので、受付嬢の人気ランキングも数百人規模になってたくさんの美女がいる。
残念ながらファストの受付嬢はランキングの上位には入っていないが、それでも感じの良い美女が「いらっしゃいませ」と迎えてくれるのは良いものだ。
高尾のテンションがやっと上向いて来た。
「冒険者登録したい」
「異邦人の方ですよね。こちらのボードに利き手の平を乗せて下さい」
黒いただの板にしか見えないボードは、魔法のアイテムである。プレイヤーの情報をスキャンして、冒険者カードを作成する道具に送っているらしい。
ピッという音こそしないが、そんな感じで読み取られて冒険者カードが受付嬢の後ろにある箱型の魔導具から出て来た。
受付嬢は高尾の名前を確認して、冒険者カードを差し出して来た。ギルドで何か頼む時もクエストを受ける時も必要になる貴重品アイテムだ。
身分証の代わりにもなるので、きっと1番使うことになるアイテムだろう。
そして冒険者登録が完了すると、声だけだったナビゲーションAIがホログラムで姿を現すイベントが起きる。
全長15センチメートルほどの小人の姿で、ただの映像だから羽根もないのに宙に浮いているように見えた。
「ボク爆誕☆」
「何度目だ?」
「そういうメタ発言はやめて欲しいなあ」
これは高尾以外にも見えているので、受付嬢が「ナビ様ですね」と嬉しそうに頷いていた。
NPCにはナビゲーションAIは『神が異邦人に与えた御遣い』という設定になっているので、何が出ても喜ぶそうだ。
ナビが特別に人気がある訳ではない。
だがプレイヤーはこのイベントの後にならないと他人のナビゲーションAIは見えない仕様なので、ギルド内を見回して高尾にもようやく他のナビゲーションAIが見えるようになった。
「DEATH子がいる…」
「酷いあだ名なのに人気があるのムカつくぅ」
「お前はボクっ娘としか呼ばれてないしな」
ですのという語尾を付けて話すナビゲーションAIはアリスという名前だ。
不思議の国がモチーフという訳でもなく、背中の中程までの長さの黒髪が外ハネしているデザインだ。
ナビゲーションAIの人気ランキングでは上位にいつも入っている。ナビは10体中の7、8位あたりだ。
最下位ではないだけマシだろう。
選択可能だったら使われなくなるからランダムだかプレイヤーIDに紐付けて決めているのかもしれない。
でも人気のないハズレが当たったプレイヤーの気持ちも考えて欲しかったものだ。
□まだ他のプレイヤーは出て来ていませんが、世界中から同一サーバーにログインしているという設定です。百万人くらいが(技術的な可否は知らない…)
□言葉の壁は「未来のカガクのチカラってスゲー!」で乗り越えた世界線…!(ご都合主義)




