60.3人目②
1時間もしないうちに部屋に案内された。緊急だったので4人部屋。部屋には先客が3人いる。
京香さんが遅れてきたけど、もう普通の顔をしてる。まだ痛いはずなのに、強いなぁ。
「もう痛みはありません。【安産のお守り】と【自己治癒】スキルの合わせ技です。【ヒール】も【きれいな包帯】も使ってません」
すげぇなお守り。
「お邪魔します。獄楽寺の坂場京香です」
京香さんが先客にあいさつする。俺もあわてて続いてあいさつした。
「よろしくねー」
「あのお寺さんのお嫁さんかー」
「長男が雪遊びに行ったわよー」
おっと、うちの知名度が上がってる?
「私は破水してしまって緊急出産ですが、皆さんはこれからですか?」
「そーよー」
「陣痛まちー」
「陣痛が来てるけど間隔がまだ長くってね」
先に来ていた人はこれから出産のようだけど、陣痛の感覚が短くならなくて苦しそうな人がいる。
陣痛は痛みが間隔を置いて繰り返して、だんだん短くなるんだって。この人はそれが短くならなくて苦しいんだ。
「これをどうぞ。安産の守りです」
「……石?」
京香さんが安産の石を渡す。痛みで眉間にしわが寄ってたけど、それが緩んだように見える。
「ふぅ。これを握っているとなぜだか安心するかも。あれ、イタタタタ」
途端に陣痛が始まった。
「あー、なんかきたかもイタタタ」
「生まれるまで握ってるといいですよ」
「そうするー」
彼女は分娩室に運ばれていった。
「すごーい」
「即効なの?」
「当寺で扱っています。ご利益ありますよ」
「私も借りたいかも。逆子で帝王切開なんだよね」
「予定日は?」
「明日なの」
その妊婦さんが不安げな顔になる。
「おそらく、あの方は少ししたら無事に出産してくると思いますので、そうしたら石を引き継いでもらえれば」
「いいの?」
「私が入院している間は大丈夫です」
「じゃあ私も借りよっかな」
京香さんと妊婦さんらの交流が始まった。俺は邪魔かもしれん。
陣痛で運ばれていった妊婦さんが2時間くらいで戻ってきた。疲れは見えるが笑顔だ。
「あっさりだったわー」
「よかったです」
「あ、お返しします」
「お次はこの方で」
逆子の妊婦さんにそのまま渡す。
「暖かい! お風呂みたい」
「そーなんだよね、その石暖かいのよ!」
そうなのか。寺で触った時は普通の石だったし、普通に冷たいけど。
「妊婦が待つと暖かさを感じるようです」
京香さんの補足がきた。
「ってことは、もしかしたら妊娠検査もできちゃう?」
俺が言ったら、皆に見られた。
「それはありですね。救急の時に確認する手間が省けます」
女性の場合は、妊娠してるしてないで対応できることが変わるとか。便利だけどそんなに数はないよ?
「手の届く範囲はお手伝いしたいです」
「寺に安産祈願のお守りとしてレンタルできるようにする? 安産だったら寺に戻してねって」
「それは良いですね!」
メイドさんの会心の笑み、いただきました。
そうこうしてるうちに夕方になって面会時間が終わってしまったので赤ちゃんと会うこともできずに寺に帰った。無念。
寺に帰ればみなが待ち構えていた。食堂で話をすることに。
父さん、瀬奈さん、葉介さん、北国分さんに涼子さんだ。情報は同じ情報の共有が鉄則だと、京香さんが言ってたし。
「ふーむ、それほど効果があるのなら、寺で安産のお守りの貸し出しでもするか? その【安産のお守り】なる石を布でくるんだものをお守りとして渡せばいいだろう。無事に安産だったら寺に戻してもらえばいい」
「売るわけじゃないんだ」
「金儲けをしようとは思わんよ。困ってるわけではないしのぅ」
「ほっほっほ」と父さん。俺も同意だ。
「それだったらー、産褥の緩和に【きれいな包帯】も入れてあげればいいかもー。お腹にまくだけでも違うわよー」
「そうさね。産後数日が一番つらいからねぇ」
瀬奈さんの提案に涼子さんも頷く。経験者は語るのだ。
「葉介さん、売るのでなければ法的に問題はなさそう?」
葉介さんに振る。なにかを考えていたのか、ほえ?って顔したけどすぐに眼鏡のブリッジをあげてごまかした。どうせ葉子ちゃんのことでも考えてたんでしょ。
「ゴホン。民法の『使用貸借』にあたるかと思います。民法の第593条に『使用貸借は、当事者の一方がある物を引き渡すことを約し、相手方がその受け取った物について無償で使用及び収益をして契約が終了したときに返還をすることを約することによって、その効力を生ずる』と規定されています。無償ではあるものの契約ではあるので返還義務が生じます」
何のことやらさっぱりだ。
「問題がある感じ?」
「問題はないと考えます。正直、こちらが無償で【お守り】を渡すだけで相手方に金銭的利益が発生しないので、契約そのものが成り立たない気がします」
うちの法務たる葉介さんの見解だ。難しすぎて俺にはわからん。
「よくわからないけど、大丈夫ってことかな?」
「はい。石を渡すだけなので、相手方に損害もないでしょうし」
葉介さんはまた眼鏡をくいっと上げる。何も見ないですらすら話すから、法律は頭にインプットされてるんだろうね。【記憶】スキルすげぇ。
「とはいっても、大多数には対応できないな。うちは零細寺だし、安産祈願は本業でもない」
父さんが腕を組む。見誤ったらダメなんだ。
でもね。
「まぁ手広くやらないで、まずは周辺の産婦人科の口コミとかに対応すればいいんじゃないかな。あの産婦人科経由での妊婦さんしか来ないと思うよ」
ダンジョンを使ったハンター鍛錬と同じで、小さくやればいいんだよ。人が増えれば変な人や悪い人が混ざってくる。困ってる人や不安な人に手が延ばせればいいんだよ。
「では決まりだな。お守りにするなら袋が必要だな」
「はーい、その辺はわたしが探しまーす」
「手縫いでもいいかもねぇ。かわいい布があればちょちょいっと巾着は縫えちゃうし」
「それもいーわねー」
経産婦ふたりが意気投合してる。ここは口を出してはいけない場面だ。
【安産のお守り】はふたつしかない。これはバンシーからしかゲットできない貴重品だし。まぁ取りに行けばいいんだけどさ。
ということで、安産セットのレンタルが開始された。




