53.瀬奈さんと双子の赤ちゃん③
待つこと小一時間。俺のいままでの人生と同じくらいに感じた。いろいろ考えちゃった。
ダンジョンができてなくて、ハンターにもなってなくて、みんなと会えなかった俺の人生。
母親がいない、父さんとふたりで、出会いはあったのか、寺は次の世代につなげることはできたんだろうか。
歴史だけはある寺だからつなげていきたいけど、寺は信仰の場で地域の人あっての施設だ。人がいなくなれば寺も廃止するしかなくなる。
ダンジョンができて迷惑だったけど、これがあればこその出会いが多すぎて、俺はどう思えばいいんだろうか。
「終わったわー」
個室のドアが開いて、ベッドに寝たままの瀬奈さんが運ばれてきた。起きてるようで、でもちょっとやつれてる感じ。大変だったろう。
「お帰り。無事で何よりだよ」
「赤ちゃんも元気よー。体重も2400グラムを超えててー、普通よりもちょっと小さな赤ちゃんくらいだってー」
「ふたりとも2400超えてるのは珍しいのよ。すくすく育つわよ」
助産師さんのお墨付きだ。ありがたい。
「そっか、元気ならヨシだね」
悩みなんかどうでもよくなったわ。ポイしよ。
いまが一番大事だよ。
「【自己治癒】スキルはすごいわねー。もう傷がふさがってきちゃってるのー」
瀬奈さんが手術着をぺろっとめくってお腹を見せてくれた。本来ならまだ生々しい傷があるはずなのに、もううっすらとした線しかない。
膨らんでたお腹を見慣れてたから、ぐっとスリムになったお腹が懐かしい。
「まだお腹の中は少し痛いけど、生理痛よりもずっと楽よー」
瀬奈さんはにこにこだ。
「私は戻るけど、何かあったらナースボタンを押してね」
助産師さんは部屋を出て行った。
「はー、お母さんになっちゃったわー。わたしがー」
瀬奈さんは大きく息を吐きながらそう言った。いろいろな感情がうかがえる顔をしてる。嬉しいのと不安なのと達成感と。そんな感じ。
「俺もお父さんだね」
「ふふ、じゃあまずは最初のお父さんのお仕事は、名前を決めることねー」
それだ。
この世界に存在するための符号たる名前。いろいろ候補はある。
「わたしはねー、『響』にしたいなー。お義父さんは『司』で『守』くんも一文字でしょー? だから一文字がいいなーって。あと、津々浦々まで響き渡るって意味でもー」
瀬奈さんがはにかむ。愛おしい。決まりだ。長男にしよう。
「俺は『標』かな。導かなくとも道標となってもらえればと思ってね」
俺の想いを押し付けすぎかな。
「『響』に『標』かー。いいかもー。あ、京香ちゃんに知らせないとー。心配しちゃうわー」
「おっと忘れてた」
出産が終わって部屋に戻ったら配信で知らせる約束だった。遅れたら心配しちゃう。
スマホをテーブルに置いて簡易なカメラにする配信だ。メールで連絡をしてビデオ通話だ。
京香さんにかければワンコールで出た。画面にはマタニティメイド服の京香さん。父さんの顔も見える。
「えーっと、守です」
「瀬奈でぇ-す。出産は無事に終わりましたー。赤ちゃんは低体重でもあるので保育器にいるので会えてませーん」
『お疲れさまです。連絡がこないので心配しました! 無事でよかったです。おめでとうございます!』
『おめでとう瀬奈さん』
「ありがとー」
『おめでとうございます!』
『やったー!』
『よしっ! ちょっとダンジョンで暴れてくるぞ!』
『わたしも行きます!』
画面の向こうから声が聞こえてくる。寺も異常なしみたいでよかった。
『守、名前は決めたのかい?』
「響と標としたよ。ふたりとも男の子だしね」
『ふむ、いい響きだな。母さんに知らせてくる』
父さんがさっといなくなった。仏壇に向かったな。
『先輩、体調はどうです?』
「【自己治癒】があるから治りは早いわよー。もう痛みもないものー。明日朝には普通に歩けちゃうんじゃないかなー」
『異常なしで安心しました』
「そっちはどうー?」
『フルメンバーで異常などあるはずがありません。ハンターコースにはAチームとポニーが完璧に対応してくれました』
「助かるわー。褒めちぎらないとねー」
『戻ってきたときに赤ちゃんを見せてあげてください』
「もちろんよー。あ、退院はわたしの体調次第っぽいからー、早まると思うわー」
『こちらの準備は万端です』
分家の方にはベビーベッドやらおむつから揃えてある。育児の先輩たる涼子さんもいるし、幼稚園の先生もそうだ。頼れるものは頼るつもり。もちろん俺からのバーターはするよ。テイクのみはいかんよね。
「こっちに泊まれないから寺には帰るから」
『病院には行っても良いですか?』
「たくさん来ると病院に迷惑だから交代でねー」
俺は役所に行くやらなにやらだな。
翌日朝。病院の部屋で過ごした瀬奈は起きてすぐに自分の体を調べた。
痛みはない。皮膚は傷跡すらない。おっぱいは張ってて痛いくらい。
歩いてみる。異常なし。ちょっとはねてみる。おっぱいが揺れて痛い。守くんを悩殺できるのはいいけど考え物だ。
ドアがノックされ先生が入ってくる。
「おはよー。坂場瀬奈さーん、体はどう?」
「おはようございまーす。おっぱい以外は普通と変わりないですー。もう傷跡もないでーす」
服をめくってお腹を見せる。手術ってなんですか?という滑らかなお腹だ。
「まぁまぁまぁまぁすごいわねぇ。でもおっぱいは痛いよねー」
先生が苦笑する。
「じゃあ早速授乳の練習だ」
保育器に入れられたままふたごのあかちゃんが運ばれてきた。生まれたばかりで声も小さいのでふにゃふにゃ泣いている。胸の張りが強まった。
「まだしわしわねー」
瀬奈は保育器に近寄る。助産師が開けてくれた。
「名前は決まった?」
「長男が響で次男が標でーす」
「素敵な名前ね」
先生が紙に名前を書き、保育器に貼る。
「ふたりとも特に異常はところは見られないから、退院はお母さんの体調次第ね」
「はーい」
お母さんと呼ばれてちょっと照れる。
「ふたりとも元気でねー。さっきからお腹すいたーって」
「ふたごはね同時に授乳するのがポイントね。クッションを使うやり方とうつぶせを教えるからね」
「はーい、よろしくお願いしまーす!」
赤ちゃんを渡される。2400グラムちょいという情報ではない、しっかりと重さを感じる生命体だ。
わたしの子かー。
瀬奈は目の奥が熱くなるのを感じた。
自分に母親ができるかな、なんて不安を感じている場合じゃない。お母さんになることができたんだからやるしかないじゃなーい。
「がんばるぞー、おー!」
こうして瀬奈の『お母さん』が始まった。




