50.入学式と佐渡島スタンピード⑧
数十秒後、ショタ零士が墓地ダンジョンに駆け込んできた。大暴れしている京子を見てニヤッとした。
「暴れ甲斐がありそうだな。北国分を呼んであれを鑑定しておけ」
零士が駆け出した。ジャンプして京子を飛び越え2階への階段に姿を消した。階段からは「ズガガガガ」と轟音が絶え間なく漏れてくる。誰もいない2階で大暴れしているに違いない。追うと巻き込まれる。
「なんで蛮族しかいないのよ」
己を顧みず、智美は肩を落とした。
オマエモナー。
だが、大暴れする零士と京子、つまり【剣鬼】と【殴り聖女】が制御不能に暴れているのだ、何とかなりそうな気配はあると察した智美は地上へ出て北国分を探した。ついでに食堂にあったおにぎりをいくつかパクることは忘れない。腹が減っては戦ができぬ。
「ぐー」
パンダ柄のパジャマ姿で半分寝ている北国分を抱え、智美は墓地を走る。いま鑑定できるのは北国分しかいない。もうひとりふたり欲しいわね、などと贅沢なことを考えてしまうのも当然だ。
だが、各地でコケケケの繁殖が成功してしまい、鑑定持ちは売れっ子で人材不足となっていた。やらかしたのはやはりこの寺であって、それが回りまわって還ってきているのだ。まさに自業自得である。
智美がダンジョンの階段を駆け下りれば、腕を組んで仁王立ちの京子がいた。
「白い奴が上がってこなくなった。師匠が暴れすぎてんぞ」
口をとがらせてご機嫌斜めだ。しかしご安心だ。各所で空気からにじむように白い何かがまろび出てくる。
「北国分さん起きて!」
「むにゃむにゃ、どろっぷひんだあひゃひゃひゃひゃ」
いい夢を見ているようだ。
「おーきーてー!!」
「……ッは! ここは……」
「墓地ダンジョン! あいつを鑑定してほしいの!」
北国分を揺り起こした智美は白い何かを指さす。眠そうに目をこすった北国分はそちらへ目を向けた。
「あれは……ブルースライムスケルトン、となってますが。スライムのスケルトンとは?」
北国分が「はて?」と人差し指をこめかみにあてる。
「やっぱりアンデッドだ!」
「あれ、あっちはグリーンスライムスケルトン?……白いけど?」
「青でも緑でもスケルトンに違いはないから、成仏よ! 【涅槃】!」
元が何であれ成仏するだけだと割り切った智美である。
「智ー、そろそろ準備しないとー」
いつの間にかロングのダウンコートを着た瀬奈がダンジョンに入っていた。予定日が6月でもう臨月もいいところの妊婦がいていい場所ではないが、彼女も立派な戦力だ。
「入学式は9時からだけどー、来賓は8時半にはいないとまずいんじゃなーい?」
「え、もうそんな時間?」
「準備があるでしょー? わたしが代わるからー早く行きなさーい」
「で、でも」
「だいじょうーぶ。ツンドラちゃんおいでー!」
瀬奈が魔法を唱えるかのように人差し指をくるくるすると、日比谷ダンジョンの階段からドラゴンの顔がふたつのぞく。ドスンドスンと地面を揺らしながら階段を上がってきた。体に対して階段が小さいはずだが、問題なく出られるようだ。
「さー、この階段は通行止めよー」
『『グァァァァァ!!』』
ツンドラが地上への階段前に鎮座して、吠えた。
「ドラゴンかっけー!!」
スライムスケルトンを殴っていた京子が目をキラキラさせながらやってきた。智美のそばにいた北国分は気を失ってしまったが。
「師匠に京子にツンドラちゃんがいるんだから、だいじょーぶよ。ギルドの代表として守くんの代役、頼んだわよー。あ、北国分さんは持ち帰ってねー」
「わ、わかった! なるべく早く帰るから!」
智美は北国分を担ぎ上げ、階段を駆け上がっていった。
午前6時。佐渡島上空500メートル。北風が強く、ヘリが揺れる。陽も昇り、明るくなったことで佐渡島の惨状もはっきり見えた。湖の南側を中心にいく筋もの煙が立ち上り、燃えさかる炎が多数見える。かすかにサイレンが聞こえてきた。
火災は離れた住宅地にも広がっており、ドラゴスライムが好きに飛び回っているのがわかる。
「クソ、好き勝手しやがって……」
同乗している陸自隊員が忌々しげにつぶやいた。この隊員は降下から漏れた人だ。その背中に悔しさがにじんでる。
「あれが家の近くだったって考えたら……」
「クソが」
「叩き落としてやんぜ」
言葉はなくともギリギリと歯を食いしばる音が聞こえる。駐屯地の隊員と仲が良くなったうちの子たちの怒りは相当なものだ。冷静にしないと。京香さんに視線をやると小さくうなずいた。
今の京香さんはカメラ内蔵の眼鏡をかけてる。こいつでギルドのサーバ経由で中継する。寺で頑張ってるみんなに姿を見せるためだ。
「スライムは魔物ではありますが構成されているのは水分と考えられます。ケルベロスの吹雪のブレスが通用したようにスライムにも通用すると考えます」
「それを予想して白狼のブレスは配ったしね」
あえて淡々と言葉を吐く。彼らにも自分にも言い聞かせる。俺だってこんな光景を見せられたら冷静でいられない。
Aチームには【飛翔】の魔法以外に【ファイヤーボール】【サンダー】の魔法、【吹雪の吐息】【炎の息吹】のスキルを覚えてもらった。出し惜しみなんてしてられない。速攻が重要だ。
あとは実戦で使えるかだけど、ごり押しで行く。俺は自衛隊の人でも戦争に詳しい人でもない。できることなんて力押しだけだ。
「降下地点まであと1分です。準備をお願いします!」
ヘリの中に緊張が走る。
「中継を開始します」
京香さんが宣言する。手元のスマホには、京香さんが見てるヘリの内部が映ってる。隊員と、Aチームの姿だ。慌ただしく動いていて
「葉介さんに連絡しましたので、向こうでも確認すると思います……確認きました」
葉介さんから配信にコメントが来たらしい。
「緊張する」
野田君が両の手で頬を叩いた。
俺も緊張はしてるけど、割と頭はクリアだ。
やれることをやる。
合掌すれば瞼の裏に1本の糸が見えた。俺たちはお釈迦様が落とした蜘蛛の糸だ、なんて傲慢なことを言うつもりはない。示された道と存じ奉るのみ。
「開けます!」
ヘリの後部の坂になってる部分が下がって空が見え始める。と同時に風が舞い込みヘリが揺れた。
「京香さんは俺の首にしがみついててください。怖かったら目を瞑っててもらえれば」
京香さんをお姫様抱っこにしてそのうえでベルトで固定してもらう。放すつもりなんてこれっぽっちもないけど、念には念をだ。
後部ハッチが全開になった。ヘリの速度が落ち、歩くのと同じくらいになる。
「俺が先に行くから」
【飛翔】の魔法でふわりと浮かぶ。小さく息を吸って床を蹴る。ヘリを飛び出し空中に投げ出された。
猛烈な風とヘリのプロペラの風圧が襲ってくる。上空は透き通るほどの快晴。眼下には地面に散らばる様々な色が見える。視界の端に、小さな点がこっちに向かってくるのを見つけた。
「うりゃぁ!」
「男は度胸!」
「うおおおたけえぇぇぇ!!」
「こえぇぇぇ!」
「ひゃっはぁぁ!」
Aチームの5人がヘリから飛び出してきた。




