45.多賀城の帰還④
寺との話し合いを終わらせた仙台では、母と娘の意見が対立していた。
「あっちに行ったほうがいいって!」
「京子はいいだろうけど年増の私が行ったって迷惑だろ?」
「その代わり手伝ってっていってるじゃん!」
親子で言い合っていると、ドンドンとドアが荒くノックされる。
「おいこら出てこい!」
だみ声が聞こえてきた。闇金融のいやがらせだろう。涼子の眉間にしわが寄る。
「いるのはわかってんだ!」
「出てこいや!」
先ほどの仕返しだろうか、お行儀の悪い仲間を送ってきたようだ。
「オレがぶっ飛ばしてやる!」
「はいはいあなたはおとなしくしてましょうねー」
飛び出しそうになった京子を勝浦は捕まえて座らせた。妊婦が相手なので京子も無理に暴れない。
「瀬奈ねーちゃん、放してくれよ。あいつらを懲らしめてやるんだ!」
「末端の奴らを殴ったって解決しないわよー。本体をぶん殴らないとー」
あくまでも懲らしめは止めない。しかし仏罰は落ちるべきだ。
「こんな時に言うのは卑怯かもですがー、こいつらを何とかしないと生活ができないですよー」
勝浦の言葉に、涼子は黙ってしまう。涼子もわかってはいるが、娘を巻き込みたくないだけなのだ。また近所にも迷惑がかかる。相手はこれを狙って金を払わせているのだから当然。
娘と一緒に逃げればここでのいやがらせは無くなるなるだろうが、しつこく遠方まで追いかけてきたら。涼子がいい金づるになっていたらと考えると、はいはいと話を聞くわけにはいかない。
「いるのはわかってんだぞ!」
「金を払え」とは言わないが、近隣にはわかってしまうだろう。
「性質が悪いわねー。さすがは悪党ねー」
うるさいから黙らせましょ、と勝浦はドア越しに【カース】を飛ばす。
「う……うごけねえ」
「な、なんだこりゃ」
ドアの向こうはうめく声に変った。そしてどさっと何かが地面に落ちる音がした。
「おい、どうした! チッ、何かしやがったか!」
「わからんが、ずらかるぞ」
複数の男の声とどたどたとした物音が消える。
「仲間がいたみたいねー。Gと同じで見かけたら10匹いるって思わないとダメみたいねー」
勝浦がドアを見ていると、涼子が「どうすりゃいいんだ」と嘆く。
「殺るか逃げるかですねー」
南の国へゆーこおー、日焼けでもしにゆーこおーと勝浦が歌いだした。何ごとかと驚く涼子だが、それしか解決方法がないと観念する。
「今まで頑張って生きてきたけど人様には大きな迷惑かけてきたし、潮時かもねぇ」
自嘲気味に笑う涼子。
「獄楽寺に万事お任せあれー」
ということになった。
勝浦との話し合いの後、寺では打ち合わせが続いていた。守は買い物に出かけたので小湊と葉介が残った。
「闇金融の問題はどう解決しましょうか」
小湊は葉介に振る。
「弁護士か司法書士に頼むのが正攻法ですけど。それにしても証拠が必要ですね」
「それは多賀城のお母さんでないと用意できません」
こっちでできるのはそれ以降だからだ。
「では、ちょっとハッキングなどして調べてみましょうか」
3分ハッキングくらいちょろいものですし、とイリーガルメイドは暴走を開始した。
イリーガルなことをさも当然のごとく発言するメイドに葉介は絶句してフリーズ中だ。
「3分もかかりませんよ? もう終わってますから」
先回りされたことに葉介はさらに戦慄して顔も青い。
「スマホがって瀬奈先輩からです。はい京香です」
『瀬奈でーす。今しがたもいやがらせに怒鳴られてドアをどんどんされましたー』
「思った以上に酷いですね」
『【カース】で追い払ったけど、早く対処したほうがいい感じよー』
こっちを急がないといけませんね。小湊はそう決めた。
「瀬奈先輩、優秀な後輩兼妹にお任せください」
『わーたのもしーわー。よろしくねー』
通話は切れた。
「ギルティ決定です。やりましょう」
「ですね」
さすがに看過できません。慎重な葉介も同意した。
「上納金の都合でしょうか、几帳面に集金された金額が表にされていますね。いただきです。葉介さん、必要になりそうな種類などはありますか?」
「そうですね……契約書とかありますか?」
「契約書のフォルダがありますね。悪党のくせに几帳面なのはムカつきます。悪党は悪党らしく雑であってほしいところです」
イリーガルメイドにして辛辣メイドの本領発揮だ。
「京香さん、契約書の金額と返済金額で利息が割り出せますので、証拠としては十分かと思います」
「資料の一切合切を税務署と所轄の警察署と金融庁へ送り届ければよろしいでしょうか?」
「えええっと、まぁそうですね……」
葉介の汗がすごい。大丈夫じゃないやつのようだ。
「金融担当大臣とそのご家族の資産一覧を添えておけばいい仕事を期待できそうですね!」
「そ、そうですね」
イリーガルメイドがぺかーという笑顔になる。葉介は引きつった笑みで返すが、そのギャップにやはり慄気を隠せていない。
「悪党どもが証拠隠滅しないようにパソコンはブルー画面にしておきましょう」
辛辣メイドに手抜かりはない。
その夜、霞が関のどこかの部屋で「なんだこれは!」という叫びと、仙台のとあるビルで「パソコンの画面がー!」という悲鳴が聞こえたとか。
3月14日 世間ではホワイトデーと呼ばれる日だが、仙台第一高校ではハンターコースの卒業式が挙行される。勝浦と涼子はもちろん参列する。涼子は一張羅の紺色のスーツ、勝浦は持ってきた黒いマタニティワンピースだ。
空は憎らしいほどの快晴。放射冷却で吐く息が凍りそうなほど冷えきっている。
暖房が入っているとはいえ寒い体育館での卒業式なので勝浦はダウンコートにマフラーと防御は完璧だ。
「おいあれ」
「獄楽寺のおっぱいだ」
「勝浦さんだろ」
在校生の席からぼそぼそ聞こえてくる。獄楽寺はそれくらい認知されてきていた。
「これより卒業式を挙行いたします」
開始のあいさつが終わり卒業生の入場となる。緊張した面持ちの35名のハンターのヒヨコが2列で入場するなか、京子は後ろにいた。制服はほつれていたり擦り切れていたりするが京子は気にもせず、前を見て歩いている。
「制服も新しいのを買ってやれればよかったんだけど」
「苦楽を共にした戦友っぽくて、あれはあれでよいと思いますよー」
ため息をつく涼子を、勝浦は慰める。自身もそうだったが、結局は気の持ちようだと気が付くにはまだ若かった。
国歌斉唱、卒業証書授与と淀みなく進む。長い来賓のあいさつではあくびをかみ殺す生徒もいる。普通科もハンターコースも変わらないようだ。
「わたしも卒業式は退屈であくびをしてたわねー」
「私は京子を妊娠しちゃって高校を中退したから、今日の卒業式で私も卒業ね」
「親子で一緒も、いいかもですねー」
人にはいろいろな事情がある。これも人生の一つだ。勝浦はそう思う。自分の人生も、なかなか波乱だったぞと。
式は恙なく終わり、卒業生が退場する。涼子が椅子の背もたれに体を預け、深く息を吸い込み、ゆっくり吐いた。静かに目を閉じているが、目じりには涙も見える。今までの苦労を思い出しているのだろう。
勝浦の卒業式に母親はこなかった。京子がうらやましく思える。それと同時に、苦難を乗り越えた涼子を立派だったとも。
「お母さん、外で写真を撮りましょうー」
勝浦はタブレットを手に涼子を誘う。仙台に戻ることも減るだろうし、もしかしたら数年はないかもしれない。嫌な思い出が多いのならば帰ってこないほうがいいまである。
校庭に出た勝浦は校舎を眺めている京子を見つける。良くも悪くも、思いはあるだろう。
ほかの卒業生は在校生から花束などをもらっているが、京子にそれはない。ヤンキーで自己防衛していたからだろうか。
「多賀城ー、写真撮るわよー」
「ん? おーーー、撮るぞ!」
京子は笑顔でトテテと走ってくる。
「獄楽寺の勝浦さん!?」
「なんで仙台にいるんだ?」
「多賀城じゃね? あっち行ったときに見たし」
「じゃあ卒業後はあのクラン入りかよ」
いろいろ聞こえるが、京子にとってどうでもいいことだ。母と一緒に向かうのだから。
「来たぜ!」
「じゃあふたり並んでー」
校舎をバックに写真を撮る。涼子の顔には不安な影は見えるが京子にそれはない。特に考えていないか、寺での生活がそうさせたか。後者だといいのだけど、と思いながら、勝浦はシャッターを押した。




