45.多賀城の帰還②
「涼子さん、ステージはどの程度ですー?」
「医者が言うにはⅡだとか」
「まだ初期ではあるけど、全摘出になっちゃうかしら……」
乳がんの治療は、基本的に患部の摘出になり、進行していれば乳房すべての除去となってしまう。
【キュア】で治療ってできないのかしらねー。
勝浦はそう考えてしまう。
おっぱいは女性としての象徴でもあり尊厳という側面もある。それがなくなってしまうということに二の足を踏む女性も多い。温泉などで奇異の目で見られるからだ。
「かあーちゃん、金がかかるのか?」
「かかるだろうね」
「そ、そっか……」
京子は俯いて黙ってしまった。自分でできる範疇を超えていると判断したのだろう。
自分とは違い、母親との関係は悪くない。何とかしないと。
勝浦が声を上げる。
「多賀城はどうしたいー?」
「そ、そんなの決まってるじゃん! ハンターになってかーちゃんの治療費を稼ぐ! オレ、1か月でいっぱい稼いだんだぜ! お金は大丈夫だぜ!」
京子は顔を上げ、母に向かい笑顔でピースする。彼女なりの元気づけだろうが、自分で稼いでいるという自信もあるのだ。
「ありがとうね。でも、大丈夫だよ。かーちゃんは気にしなくていいから、ハンターをがんばりな」
「それじゃだめだ! かーちゃんが元気にならないと!!」
「大丈夫ですよー。多賀城が稼いだお金で、がんの治療費は十分にありますよー」
実際に京子が稼いだ金はラビットフットの効果もあってドロップ品含めて250万を超える。
「瀬奈ねーちゃん、そうなのか?」
「多賀城は魔物をたくさん倒したでしょー? その魔石だけでも何十万ってなってるのよー?」
「すげー! オレすげー!」
京子は腕を突き上げた。足りなくなる可能性もあるが、そんなものは勝浦のポケットマネーでどうにでもなる。勝浦にはそれくらいの稼ぎがあるし、優しい夫は言わないでも出すだろう。
「本当に、そんなに稼いだの?」
「えぇ。うちのダンジョンが特殊でー、さらに多賀城のスキルも特殊で、うちのダンジョンで活躍できるスキルだったんですよー」
勝浦は獄楽寺の状況や墓地ダンジョン、京子のスキルを説明する。
「オレにまかせろ! オレひとりででもやってやるぜ!」
完全に立ち直った京子がわわわんと吼える。
「京子、ひとりで大丈夫なのかい?」
涼子が不安げなそぶりを見せる。高校卒業となるが、親としては心配なのだ。
「兄貴もいるし、みんな優しいぜ!」
「京子ちゃんに何かしたらうちの怖いギルド長がお尻ぺんぺんのお仕置きして閻魔様の前に引っ立てますしー」
「京子、兄貴ってのは誰のことなんだい?」
「兄貴は兄貴だぜ。オレを守ってくれるんだ!」
「多賀城の言う兄貴は坂場守といって、寺の息子でハンターでギルド長でわたしの夫ですー」
「兄貴は奥さんが3人もいるんだ。だから浮気は厳禁だぜ!」
「さ、さんにんもいるのかい?」
涼子は、奥さんが3人と聞いて怪訝な顔になるも娘が自慢げに語るので信じることにした。
「京子が慕ってるんだ、できた人なんだろう。挨拶くらいはしたかったねぇ」
「もしよかったら、一緒に千葉に来ますかー? 家を借りてもいいですしー、寮もありますしー、向こうでもがんの治療はできますしー、ギルドか寮の仕事をしていただけるとこちらも助かるのですけどー」
「うれしい申し出だけど、あたしは病気もあるけど、他に借金があってねぇ」
「もしかしてさっきのは闇金融ですかー?」
勝浦にも思い当たる節がある。
闇金融とは、金融業の届け出をしていないか出資法に違反する高金利を押し付けてくる業者を指す。
母子家庭は生活費が足りなくなりがちなので借金をすることがあり、えてして違法な金利を要求する闇金融に引っかかる場合が多い。おそらく涼子もそれに引っかかったのだと判断したのだ。
「そうそれさ。払い終えてるはずなのに請求してくるし、職場に嫌がらせもしてくるんだよ。職場にも迷惑が掛かっちゃってさ」
多賀城母が肩を落とす。典型的な闇金融だ。
「許せねえ! オレがぶっ潰してやる!」
「はいはい、多賀城もヒートアップしないのよー」
勝浦は京子を捕まえて隣に座らせる。良くも悪くも純粋な京子の行動は予測しやすい。
「うちには法律に詳しい職員もいるのでー、一度話し合いをしませんかー?」
「そりゃ助かるけど、あんたらががそれをするメリットは何だい?」
涼子は胡乱な目で見てくる。当然だ。いい話は向こうからはやってこない。
これは涼子も思い知っているはずだ。甘い話には裏がある。娘をそそのかしてやってきた可能性もある。
涼子の心中は猜疑心でいっぱいなことだろう。
「わたしも母子家庭で育って、ハンターコースを卒業したら母がどっかに行っちゃって捨てられた口なんですよー。寺に来た時の京子ちゃんを見て、少し前の自分に重なったんですよねー。そんな子を救える機会があれば救いたいだけなのでー」
同じような身の上の勝浦の目は真剣だ。
「せ、瀬奈ねーちゃんも、そうなのか!?」
「そーよー。いろいろあきらめてた時に守くんと出会って救われたのよー。あの寺にくる子はそんな子が多いのよー。だからねー、今度はわたしが誰かを救う番なのよー?」
勝浦は言い聞かせるように京子の頭をなでる。
すべてを救うことなどできやしないが、手の届く場所でもがいている子がいるならば、救いたい。自分のような境遇の子は減らしたい。
自分のほかにも佐倉、柏兄妹、四街道、強くなりたいヒヨコたちや三島の話もした。それぞれが問題を抱えている。その子たちのよりどころとして寺とギルドがある。立ち直って独り立ちしてくれればなお良いのだ。
「兄貴すげえ!」
「そーよー。多賀城だってもう守くんの掌の上よー」
勝浦は涼子に向き直る。
「こんな理由があるので、手伝ってもらえるメリットはありますけどー、不幸せを見てられない守くんの意思と、わたしのわがままですー」
「……お人よしにもほどがある。嫌いじゃないけども」
涼子は呆れた顔でそう言う。
「この子はあたしが19の時に生んだ子でね、父親になるはずだった男と駆け落ちするつもりだったんだけど、来なくってねぇ。生活もままならない状態で育てたからだいぶ苦労させてしまった。幸せになれるんだったらなってほしいのは間違いないんだよ。貧乏ですまないとは思ってるんだけど、仕事で時間がなくってね」
涼子は慈しむまなざしで京子の頭をなでている。京子はくすぐったそうにしているがされるがままだ。
「そこまで言うなら話くらいは聞こうじゃないか」
涼子は挑むように勝浦を睨む。
「かーちゃん、瀬奈ねーちゃんは悪い奴じゃないぜ!」
「そりゃわかってるさ。いいかい京子、甘い話には落とし穴があるんだよ。この人の話だって本当かわからないだろ?」
「そうよー多賀城。世の中には悪い人がいーっぱいいるからねー。だから、今からでも話をしましょうかー」
勝浦は持ってきたスーツケースの中からノートパソコンを取り出し、テーブルの上を片付けてそこに置いた。
「用意がいいねぇ」
「お仕事で使いますからねー」
勝浦はぱっぱとセットしつつスマホで守に連絡する。
「瀬奈だけど、守くんと葉介くんと話がしたいんだけどー」
『京香さんと智はいいの?』
「嫁は全員よー」
『わかった』
「食堂のモニターでよろしくねー」
勝浦は通話を切る。ノートPCを操作すればピコリンと招待メールが届いた。京香がセッティングを終えたのだろう。もともと予定してはいたが対応が早い。さすがはできるメイドだ。
「並んでくださーい」
勝浦が声をかけ、京子を真ん中にして左に勝浦、右に涼子が座った。




