44.行って(1月)逃げて(2月)去ってしまう(3月)⑧ ヒグマ襲来②
トレーラーハウスで一息ついた浦河姉弟はさっそく配信の準備をする。持ってきたスーツケースからカメラとミニ三脚を取り出し、備え付けのテーブルに載せた。タブレットと接続して映り具合を確認する。
「お、いい感じ」
タブレット片手の臼が手でOKサインを作る。画面に映ってるのは羅だ。人がいないのリラックスした表情をしている。上着を脱いでダボっとした茶色のセーターになっているが、いろいろでデカイのがわかる。
手で髪を整え、頬をぺちぺちと叩いて気合を入れた。
「とりあえず到着の報告だけするか」
「じゃーさくっと終わらせよう」
テーブルには羅と臼が並ぶ。タブレットはコメント確認用でテーブルに置いて見えるようにしてある。
「スイッチオン、配信開始」
臼の合図で配信が始まる。
「はいこんにちは、浦河家の臼です。こっちは姉の羅です」
「羅だ」
「今日は、いつものなわばりから飛び出して、千葉の獄楽寺に来てます」
「遠かったな」
羅が疲れた顔をする。
すると「おつかれちゃーん」「千葉ってどこ?」「内地に行ったの?」「あの獄楽寺?」とコメントが上がってくる。視聴しているのは道民が多いようだ。
浦河姉弟は『浦河家』という名のコンビで活動しており、どこのクランにも属していない。特定のダンジョンにいるわけでもなく、北海道や東北のダンジョンを渡り歩いている変わったハンターだ。
こうしてこまめに配信をして各地の観光地やダンジョンギルドを紹介していた。
今回は獄楽寺に白羽の矢が刺さったのだ。
「コメントにもあったあの獄楽寺だよ」
「北海道よりも寒いぞ」
「ここは海が近くて風が強いせいか、体感温度が低く感じて、でも湿度がないから余計に寒くてねー」
「いっそ熊のままでいたほうが暖かい」
「駆除されちゃうから!」
臼はそのままのキャラだが羅も緊張していないからかきちんと会話になっている。
「えーっと、『獄楽寺ってCGとかじゃないの?』だって。姉さんどう?」
「さっき彼と話した。覇気は感じない。むしろ無さすぎる。ただ、一般人よりも感じないのは違和感がある」
「隠してるってこと?」
「わからない。ただ、男なのに怖くなかった」
「へー。確かに、割と普通に会話してたね」
「まさか女か?」
「それはないから」
ボケの羅に突込みの臼だ。なお、ボケは素である。
「普通は寮の個室に泊まるみたいなんだけど、今日はハンターコースの高校生もいて、姉さんの人見知りもあって泊るところはトレーラーハウスにしてもらったんだけど」
といいつつカメラをぐるりと回してハウス内を映していく。
「おしゃれ」「ロフト!」「キッチンもあるのか」とコメントが上がってくる。
「こんなのが6部屋もあるんだ。ここは最大5人の雑魚寝らしくてベッドがなかったんだけど、ベッドを希望したら『じゃぁ出しますね』ってベッドをふたつ、その場で出してきたんだよね」
「触った。ちゃんとあった」
羅がベッドをポスポス叩く。
「お菓子も出してたね」
「つぶれそうでつぶれない鉄道会社の濡れせんべいおいしい」
「姉さん俺のも残しといてね」
臼がせんべいを数枚奪った。「草はえる」「相変わらず姉弟の仲がいい?」とのコメントが。
「手品にしちゃどこに隠してたの?ってなるし、CGでどうなるものでもないし」
「煎餅はおいしいぞ」
「それねー。まぁ目の前で見ないとわからないからインチキとか言われ続けてるんだろうけど」
「それも明日調べる」
「明日は墓地ダンジョンに入るので、その結果も配信するよー。ってことで、今日は疲れてるのでこれまでー」
「また」
といって配信を切った。切る前のコメントには「楽しみ!」「暴かれる!」とあり、いまだ信じられていないのが分かった。
「せっかくだし、彼と一緒にダンジョンに行けるといいんだけど」
臼はちらっと羅を見る。人見知りの姉に配慮を忘れない、できた弟だ。
「だ、大丈夫だ」
ベッドの上にあった枕を抱いた羅が答えた。大丈夫でなさそうだが拒絶していないので可ではあるのだろう。
「じゃあ、彼の空き時間を狙って突撃してみようか」
ということなった。
浦河姉弟が来た翌日。今日は彼らがダンジョンに入るんだけど、心配なので案内がてら一緒にダンジョンへ行くことにした。うちの墓地ダンジョンは特殊だからね。
「えっと、うちのダンジョンは墓地ダンジョンの他に備後、神西、日比谷ダンジョンがあって、備後と神西は主にハンターコースの学生が入ってるから、そっちに入っちゃうと大変かもしれないです」
「ダンジョンが複数あるとは噂で聞いてたけど、本当にあるの?」
「ありますよ。まぁ行けばわかるんで」
「人混みは嫌だ」
「墓地ダンジョンには骨しかいないんでご安心です」
「安心できる要素がないんだけど!?」
「臼、骨なら安心だ」
「不安しかないけど!?」
臼さんは的確に突っ込みをくれる。ありがたいね。
羅さんは臼さんの後ろに隠れるように歩いてる。隠れられてないけど。
ゆるゆるの上着で胸元ががっつり開いてて目のやりどころに困る。
「そういえば坂場君、早朝に桜前線の佐倉ちゃんとどっかに行ってたよね? 金髪の子もいたけど」
「ずいぶん早起きなんですね。うちは毎朝墓地ダンジョンの掃除をしてるんですよ。夜のうちに数が増えてるとか多いんで。あとは墓地ダンジョンの特性で、どこかでスタンピードが起きると、翌日くらいにここでも同規模のスタンピードが起きるので。魔物はアンデット版なんですけどね、金髪の子は仙台から来てる子で、墓地ダンジョンにうってつけのスキルを持ってるんで一緒に骨退治してもらってます」
「へー、結構大変なんだね」
「日課なので慣れちゃいましたね」
なんて雑談してればビニールハウスに到着だ。さっさとゲートを通ってダンジョンの階段を下りる。
墓地ダンジョンの1階にはハンターコースの子たちが休憩してる。テーブルセットを置いたからね。彼らはもうゴブリンスケルトンは瞬殺できるから、いいかなって。
「おー、本当に墓地だ!」
「うう……人がいる」
「……階段が1、2、……4つあるね」
「奥にあるのが墓地ダンジョンの階段で、近くにあるのはそれぞれ別なダンジョンです」
「へぇぇぇぇえ。動画撮影してもいい?」
「どうぞどうぞ」
ハンターコースの子たちが俺たちというか羅さんに気が付いた。
「【ヒグマ】だ!」
「おおおお! マジだぜ!」
「すげぇ迫力だ!」
「う、ううううぉぉぉぉぉ!!」
突然羅さんが叫んだと思ったら服を着たクマに変身した。身長も倍くらいになって巨大って言葉が似合うクマだ。威圧感が半端ない。
「うぉ、かっけぇ!」
「すげー迫力だ!」
高校生が歓声を上げる中、「人見知りが限界突破するとあーやって逃げるんですよ」と臼さんが教えてくれた。なるほど、クマになれば寄ってこないからか。
「じゃあ墓地ダンジョンに行きましょうか」
生徒がいないほうがいいもんね。
『頼む』
「あ、クマでもしゃべれるんですね」
『当然だ』
当然なんだ。
念のため金剛杖を取り出してカツンカツンと突きながら歩く。
「骨ってのはあれ?」
臼さんが指すほうに、墓石にまぎれたゴブリン骨の姿がある。こいつらは尽きることがない。
『ンガァァァ!』
羅さんがドドドと突進して足で踏んだ。ゴシャっとつぶれた骨はそのまま石に変わった。あんよで一撃かー。
『骨とはいえゴブリンじゃこんなもんか』
羅さんは物足りなさそうだ。臼さんはそんな様子も撮影してる。
じゃあ下に行っても大丈夫そうだね。なんたってユニークスキル持ちなんだし。
「下に行けば強い魔物が出ますよ」
『ヨシ行こう』
いうが早いか、羅さんはドスドス階段を下りて行った。
2階ではホブ骨が群れで出てきたけど羅さんが突っ込んで暴れたらそれで終わった。3階ではオオカミ骨とクマ骨が出たけど以下略。羅さんはクマ骨よりもでかかった。
『戦い甲斐がないな』
不満らしい。




