44.行って(1月)逃げて(2月)去ってしまう(3月)⑧ ヒグマ襲来①
3月に入り、智らの卒業式まであとわずかになった。2月末の合宿免許も終わり、全員自動車免許を取得できた。一番運転がうまいのは葉子ちゃんだった。葉子ちゃんは器用だしね。
千葉君と品川ちゃんが車デートでいなくなることが増えた。帰りが遅いときもあるので色々噂されてる。避妊はしようね!(おまいう)
高校生活の最後だけどセンチメンタルになっているわけでもなく、智たちは3人で配信したり近場のダンジョン(船橋、勝浦、北浦、つくば)に遠征に行ったりと楽しく過ごしている。
「普通のハンターから予約が入った!?」
「ユニークスキルを持っているから『普通』とはいいがたけどねー」
瀬奈さんが予約表を持ってきた。外国の商社との取引が始まって京香さんが忙しくなったので瀬奈さんが予約管理をしてるんだ。
「北海道の【ヒグマ】って言われてる浦河羅って女性でねー、弟の浦河臼と一緒にくるってー」
「【ヒグマ】ですか。めっちゃ怖そう」
浦河 羅 28歳 女 独身
レベル24 熟練度10
浦河 臼 24歳 男 独身
レベル18 熟練度6
のふたりだ。
羅さんはスキルで巨大なクマに変身するスキルだって。唐津息子のドラゴン化と同じなのかな。
力もすごくて、魔物の群れに突撃して無双する戦い方らしい。すごいな。ビッチさんとは違ったタイプの脳筋だ。
弟の臼さんは【射撃】スキルだって。銃を使うって資料にあるけど、銃って日本で持てるんだっけ?
でも普通のハンターは黄金騎士団以外では初めてだ。緊張するなぁ。
当日昼過ぎ。東金駅まで迎えに行く。大柄な女性とのことなので軽ではなく、ちょっとだけお高く見えるミニバンで向かう。ギルド兼クラン用に乗用車を何台か購入したのだ。これもその1台。
「さてどれかな」
と探すまでもなく、駅の入り口付近に背の高い女性とメガネの男性のペアを見つけた。大きなスーツケースを引いているので間違いないだろう。人が少ない東金駅あるあるだ。車から降りて向かう。
「こんにちは、獄楽寺ギルドの坂場です。浦河さんでしょうか?」
確定だけど一応尋ねる形をとる。
俺が声をかけると、姉の羅さんと思われる女性は弟の臼さんと思われる男性の背後に隠れてしまう。といっても羅さんのほうが背が高いので丸見えなんだけど。
ふたりとも背が高く、羅さんは190センチ越えで臼さんでも175センチはある。俺にちょっとだけくださいな。
「そ、そうだ。う、浦河姉の羅だ」
「弟の臼です。すみません、姉は人見知りで、特に男性が苦手でして」
臼さんがアハハと軽く笑う。対照的な姉弟っぽいね。
姉の羅さんは黒髪のウルフカットでワイルドなイメージ。一重瞼の三白眼で、ちょっと怖い印象もある。これが人見知りになった原因かも。
弟の臼さんは黒髪だけどツーブロックにして清潔感がある感じ。一重瞼ではあるけど眼鏡をかけてるからかさわやかな印象だ。
「じゃあ行きましょうか」
そのまま寺に直行だ。駐車場から本堂を見ながら寮の玄関から食堂に入る。
「なんか、普通に寺だ」
「ギルドというかダンジョンの匂いがしないね」
羅さんと臼さんがつぶやいた。だって普通だし、ダンジョンは墓地にあるし。
「まともじゃないと自分たちが嫌ですし」
スマホをポチポチして瀬奈さんを呼んでおく。
「うひゃぁぁ」
羅さんが高校生を見かけて臼さんの背後に隠れた。隠れきれてないけど。人見知りが発動したっぽい。
いまは卒業式を控えてか遠方の高校生は来なくなったけど、代わりに市船と日比谷の高校生が来て鍛錬と資金稼ぎをしてる。多賀城ちゃんはまだいるけど、そろそろ仙台へ帰さないといけない。
「えっと、羅さんってユニークスキル持ちで伴侶さんがいるんですよね?」
あのハーレム法ができたときにユニークスキル持ちは売り切れだって聞いたもん。ということは羅さんにも旦那さんがいるはずで。
「いいいいいいいないぞ!」
「姉さんは男が苦手で、すでに決まったって嘘ついて逃げ回ってるんだよねー」
「そうなんですか」
「だだだって仕方ないだろ! 知りもしないやつがいきなり声かけてくるんだぞ!? 恐怖しかないじゃないか!」
「いや別に責めてるわけじゃ」
「こ、こんな野暮ったい私を見て面白半分で声をかけてくる男もいるし! 男なんて信用できない!」
羅さんが臼さんの後ろから吠えてる。がうがうがうがう。
俺だって知りもしない男だと思うけど会話してるんだよねぇ。男と思われてない可能性が高い。まぁいいけど。
「いらっしゃいませー」
瀬奈さんが来た。今日は暖かそうな茶色のニットワンピースのマタニティ服でその上にストールを羽織ってる。
ほわほわほんわかな女性が来たからか羅さんも毒気が抜けたらしく椅子に座ってくれた。
素晴らしきかなほわほわぱわー!
「部屋はどうしましょうか。いまも高校生が来てるので、寮だとエンカウントが多いですよね」
「そうだね。異性とばったり会うと姉が叫ぶ可能性が高いので、できれば俺と一緒のふたり部屋があれば」
「じゃあコンテナハウスにしましょうか。ふたりで使うなら広いし。寮とは別にあるし、トイレも別に用意してるので」
人見知りなので寮ではなく弟と一緒にトレーラーハウスにしてもらう。
「ただ、お風呂は寮の浴場になっちゃうので、気にするなら近場の日帰り温泉も紹介できますよ。いまなら客も少なくて貸し切り状態の宿もありますし」
この辺りはテニスの合宿が有名で、でも冬は寒いから利用客も少なくてね。
「そ、そうか。それなら私はそっちがいいな」
「俺は姉さんに合わせるよ」
「車はギルドのを使ってください」
「そりゃ助かる」
「う、運転は得意だ!」
「姉さんはチキンだから安全運転なんだよね」
「安全運転でいいじゃないか!」
「はいはい」
姉弟漫才のようだ。
なんとなくだけど、臼さんと俺は似てる気がする。振り回されがちだとか、なんというかモブ臭がするというか。同類な気配を感じるんだよね。彼は陽キャっぽいけどさ。
「あれ。もしかして」
「【ヒグマ】?」
「まじまじ!?」
食堂に休憩しに来たハンターコースの学生だ。彼らの視線を感じた羅さんが「うへぁぁ」と立ち上がってしまう。
「おっと、姉さんは猛獣だから近づいたら危ないよ」
とさりげなく姉を助ける臼さん。対応が慣れてる。
「【ヒグマ】さんはついたばかりで疲れてるからー、話したいなら明日以降にしようねー」
すかさず瀬奈さんがフォローする。そうすれば「はーい」と素直に聞いてくれる。頭から否定はダメ。ダメな理由もつけるあたり、瀬奈さんの人徳だ。
話はまだあるけどさっさと部屋へ連れて行ってそこで説明したほうがいいな。
「じゃあ部屋に案内しますんで、そこで細かい説明をしますよ」
寮経由でトレーラーハウス地帯まで連れていく。
現在トレーラーハウスは6台用意してあって、30人なら泊まれるようにしてある。寮の浴場近くの出入り口と通じてて、トレーラートイレもそこにあって木の渡り廊下でトレーラーハウスとつないである。照明もつけてるけど夜とか暗いと危ないじゃん?
「へぇー洒落てるねー」
臼さんがヒューと口笛を吹く。
うちのトレーラハウスは特注にしてて、カラフルな洋風デザインだ。西洋カントリードラマに出てくるような木の家に見せかけてある。ドアもガラスにしてて採光もばっちりだぞ。
雑魚寝にはなるけど5人まで滞在可能で、荷物置き場としてロフトまである。ミニキッチンくらいはあるので軽食程度なら調理も可能だ。ないのはトイレとお風呂。トイレはトレーラートイレを用意してあるし、風呂は寮の浴場を使用する形だ。
「今日のところはほかにトレーラーハウスを使う人もいないのでー、静かに過ごせると思いますよー」
「……助かる」
「ただー、【ヒグマ】さんは有名人なのでー、学生がこっそり見に来るかもですけどー」
「こ、来なくていい」
瀬奈さんの説明にも羅さんはサッとコンテナハウスに隠れてしまった。
利用規約など細かい説明をする。食事もここにしたいと希望があったので対応する。ベッドで寝たいらしいので収納してあったベッドを出しておく。もちろんベッドも布団もクリーニング済みのやつだぜ。お茶菓子もどっさり置いた。
「ではごゆっくりー」
「寮には誰かいるので、何かあれば」
さて食事の支度だ。




