40.獄楽寺の年末年始は忙しい 除夜の鐘
ちょっと長いです、すみません
大みそかといえば除夜の鐘だ。が、その前にやっておくことがある。本堂の掃除だ。いわゆる大掃除である。
大掃除の起源は平安時代にまでさかのぼる、らしい。1年間の煤を払い神様を迎える「煤払い」という宮中行事が元だと言われてる。
それが寺社仏閣に広がって、江戸時代に12月13日が「煤納めの日」と定められて、江戸城の大掃除が行われるようになったと。ま、諸説あるってやつのひとつだね。
ということで、今日はみなで本堂の掃除だ。母屋とかはすでに終わってるから、本堂が最後なんだ。
父さんに俺、奥様ズ3人に柏兄妹、美奈子ちゃん&ショタ零士くんだ。北国分さんは実家の両親と一緒に祖母の家に行くそうだ。マスク、頭に三角巾、手袋は欠かせない。
「もしかして13日にやらなきゃいけなかったの?」
智が不安げな顔になる。縁起が悪いとか考えてるっぽい顔だ。
「智美さん、うちは12月13日にこだわっていないよ。年末ぎりぎりに掃除は良くないと言われているが、忙しさでやれなかったらやらないのか? それは違うと思うんだ。やらないよりもやった方が良いに決まってる。清々しい気持ちで新しい年を迎えたい心は、仏さまもわかってくださるさ」
「ですよね!」
父さんの説法により智が復活した。
「さて、まずは天井の埃落としからだな」
「アーシがやるゾ!」
エプロン姿の葉子ちゃんがモップを掲げる。
「ソーレ」
葉子ちゃんがふわふわ浮かび上がって逆立ちし、そのまま天井に足をつけた。
【飛翔】の魔法もかなり使いこなしてる。うちらで一番だ。
「拭いてくゼー」
葉子ちゃんは逆さ吊りの状態でトテテテとモップがけしていく。埃がぱらぱら落ちてくるので先に本堂外周の廊下の掃除だ。おなかの大きな瀬奈さんが箒で掃いて、元気な俺と智が雑巾がけだ。
「ハンターになっていいことって、掃除で疲れないことだな」
雑巾がけダッシュしても息が切れない。智と並んでズアーーっと水拭きしていく。木の床がピカピカになって気持ちがいい。気分もすっきりする。
「終わったゼ!」
葉子ちゃんが天井から降りてきたので本堂内の壁の掃除だ。みなではたきを振り回してパタパタする。結構埃とか煤が落ちるんだよ。本堂では護摩をたいたりするからね。
葉子ちゃんと智は【飛翔】の魔法で浮きながら仏さまを乾いた布で磨き始めた。仏さまがみるみる輝いていく。【飛翔】の魔法が大活躍だぜ。
「……便利だな」
ふたりを見ている父さんがつぶやいた。
「父さんも覚えてみる? 魔法書はあるよ?」
「幼稚園の電球替も楽になりそうだし、覚えさせてもらおうかな」
父さんが乗り気だ。魔法も戦闘以外で役に立つのはいいね。悪用されちゃうとやばいけどさ。
この際、【キュア】と【ヒール】も覚えてもらおう。ないほうがいいけど幼稚園で緊急事態が起きたら応急対応できるかもだし。
本堂がきれいになるころには昼だ。準備しなくちゃ。といっても昼は年越し蕎麦だからささっと終わるんだよね。
年越し蕎麦は食べる時間は自由だし、夜は鐘つきと地域の無病息災の祈祷をする関係で時間がないからなんだ。
「そろそろ昼でーす」
「おなかすいたー」
「はーい!」
ぞろぞろとカルガモのように食堂へ向かう。
大量の蕎麦を茹でてる間にてんぷらの皿を配膳してもらう。
てんぷらはエビはもちろんだけどコケケケのささみ、大葉、サツマイモ、ニンジン、ピーマン、玉ねぎ、レンコン、マイタケ、ワカサギ、はんぺんと海鮮かき揚げだ。たくさん揚げたぞ。
好き嫌い、アレルギーとかあるから、てんぷらの大皿から好きにとってもらう形だ。
茹でたての蕎麦を配ったら各自がてんぷらに箸を伸ばす。
「「「「「いただきます!」」」」」
ズルズルズルズル。
「大葉があるのはいいな」
「ちょっと苦いですけどね」
「それがいいんだぞ?」
零士くんがもしゃもしゃ食べてる横で美奈子ちゃんは1枚だけ食べた。
大葉は揚げたてのサクサクがいいんだけどちょっとしんなりしちゃった。
「はんぺんのてんぷらは初めてかもー」
「あまり見ませんね」
「はんぺんは俺の好物だから。はんぺんステーキとかもおいしいよ?」
メインを飾る具じゃないから余れば俺がすべていただく所存。
「ようちゃんは、ピーマンも食べようね」
「イヤー、スケ兄がイジメルー」
「お肉とサツマイモばかりはだめだよ?」
「ムー」
葉子ちゃんはわかりやすい具が好きなようで、葉介さんにピーマンを入れられてぶーたれてる。でもちゃんと食べるのはえらい。葉介さんも葉子ちゃんの扱いがうまい。
「「「「「ごちそうさまでした!」」」」」
本堂の掃除が終われば自由時間だ。俺はおせちの用意もあるけど、除夜の鐘の準備もある。
檀家さんもだけど、幼稚園の園児とか卒園生が来るんだ。毎年、甘酒(ノンアルコール)を用意してる。畑が多くて遮るものがないから風も強くて寒いからね。
「今年は売り子さんが多いから助かる」
しかも美人とメイドさんとかわいいJKだぞ。寺に巫女さんはいないけど、負けてない。
準備をしてればもう夜だ。柏兄妹は家で年越しするとのことで帰った。ふたりにはふたりの世界があって立ち入ることはできない。亡くなったおばあさんがさみしい思いをしないようにもあるだろうし。
紅白歌合戦も始まって、寺はあわただしい。
臨時で照明も設置するし、甘酒用のテーブルとか、暖をとるためのストーブとテントも用意した。
「うちは21時くらいから除夜の鐘をつくんだ」
「ずいぶん早いのねー」
「園児もくるんだ。時間が遅いと寺に来たけど寝ちゃったりして親御さんが大変でさ」
鐘の近くに踏み台を置きながら瀬奈さんに説明する。
「獄楽寺の鐘って、小さめだったりする?」
「うちの鐘は小さめだね」
小さいし、ついた時の音も高音で軽い。
「何か理由があるの?」
鐘を手のひらでぺしぺしする智が聞いてくる。
「半鐘代わりに叩いてたってんだって。で、鐘が大きいと音を出すのも大変だからって小さめな鐘になってるんだって聞いてる。子供のころに遊びでたたいて怒られた記憶があるよ」
あの時は集落の大人が集まっちゃってすごい怒られた。
いまなら重要性もわかる。数年前の大地震の時も津波が来るって鳴らしたし。
「半鐘って?」
「警報用の小さな鐘のことです。火災や洪水津波などがあった際に知らせるために叩くんですよ。いまでも消防団の倉庫には火の見櫓とともに併設されていたりします」
「そっか。昔はスマホとかはなかったもんね」
物知り京香さんが答えてくれた。妹の疑問に答えるお姉さんだ。
準備が整ったらもう21時で、気の早い人が数人来てる。
最初に鐘をつくのは父さんだ。黄色い袈裟に着替えて本堂から出てくる。厳かな雰囲気で空気が張り詰める。
鐘に向かって合掌。撞木からぶら下がる縄をつかむ。力いっぱい引いて、つく。
カーン。
軽めの音が夜の空気を乗り越えていく。もう一度合掌をして鐘から離れた。
「では皆さんどうぞ」
父さんは本堂に戻った。これから祈祷が始まる。
次からは寺に来た人らがつく。最初に来たのは檀家のお爺さんだ。年の初めにおばあさんが亡くなってしまって一人暮らしになってしまった。最近元気がなくて心配なんだ。
カーンとついて静かに一礼。そのままこちらに来る。
「甘酒でーす」
「今年は美人ぞろいじゃな」
「えへへー、ありがとうございまーす。よいお年をー」
瀬奈さんが甘酒を渡したからか、お爺さんの顔も緩んだ。
鐘の音を聞きつけてか、寺に来る人が増えた。車で来る人が多い中、歩きで来る人もいる。
カーン、カーンと鐘の音が冬の空に響き渡る。
「この感じだと108回なんてすぐじゃない?」
甘酒を配っている智にきかれる。除夜の鐘といえば108回。
「毎年108回なんて超えてるよ」
「いいのそれ?」
「問題ないよ」
そもそも除夜の鐘っていうイベント自体が中国の宋代の禅宗寺院の習慣に由来って話。煩悩の数だけ打つと言われているけど諸説あるようで、まぁうちは気にしていないんだ。
「煩悩を祓うって意義よりも、除夜の鐘をつくことで年末を意識して新年を迎える心の準備をするっていうのが、うちの考え。だからうちは回数にこだわりはないんだ」
話をしている間も、近所の人が来ては鐘を鳴らす。眠そうな孫を連れたおじいさんやお婆さんも来る。園児も親子で来るし、何なら幼稚園の先生方も家族で来る。
「都会だと鐘の音がうるさいとか苦情もあるみたいだね。そんな意見は無視してもいいって意見もある。108回つけばいい、なんて意義や意味を忘れて表面をなぞるだけになると、色々廃れていっちゃう」
これも地域との関係が薄れてしまった結果なんだろうけど。寂しいもんだね。でも世の流れでもあるしなぁ。
「別にうるさくないじゃない」
「うるさいって感じる人もいるってことなんだよ。人それぞれだからね」
「ギルド職員になって、除夜の鐘の音を聞くことも減りましたね」
「船橋にいたころは聞こえなかったしねー」
「船橋駅北口に寺がなかったのと船橋は大神宮でしたし」
「そっかー、鐘があるのはお寺だけねー」
自分の意志持つのは自由だけど押し通そうとすると誰かと衝突する。これは当然なんだけど、これも理解できない人が増えた結果なんだよなぁ。
思想は自由だけど、それを押し売りしちゃダメだって。
ま、売られたら買うけどね




