35. クリスマスと因果応報③
零士くんには仲間がいない。しいて言えば獄楽寺の人々か。俺的には家族と思ってる。
零士くんは俺たちとでも一歩引いているように思える。いまも「邪魔だろう?」とダンジョンに行ってる。
理由も判明せず、またこの世にあらわれた。自由もなく存在することはつらいだろうけど弱音は見せない。漢だなーとは思う。
せめてあの鎧が取れてくれれば。外を自由に歩くこともできるんじゃないかなと思うこともある。
何かできないだろうか。
正面から攻めても零士くんの牙城は崩せない。ならば絡め手だ。俺は得意じゃないので代理を立てる。
「わたしですか?」
クリスマス会ではサポートに徹してくれた美奈子ちゃんを召喚した。何事かと智がくっついてきたのはご愛敬。
「そそ。幼稚園のクリスマス会で配ったケーキが余ってるからさ、零士くんに持っていってほしいんだ。ちょっと片付けがあってさ。あ、こっちは美奈子ちゃんの分ね」
「あ、ありがとうございます」
「零士くんはダンジョンにこもってるから」
と美奈子ちゃんにお任せした。彼女はトテテと母屋を出てダンジョンへ向かった。
「あんまり美奈と零士さんを近づけると後がかわいそうだよ」
智が美奈子ちゃんの背中を見つめてる。
零士くんがこの世のものでもあの世のものでもないからだろう。兜が取れて人間に近づいたと思ってるんだけど、変わらず肌は白くて体温はない。人間ではないって証拠でもある。
将来、人間でない零士くんとは離れ離れになると予想してのことだろう。親友が涙に暮れる姿は見たくないよね。
でもね。
「確証はなーんにもないけど、なんとかなるんじゃないかなーって感じるんだよね」
「確証もないのに美奈に行かせたの?」
「何もしなければ何も変わらない。でも動き続ければ、仏様にも届くかなーって」
「ふわっとしすぎじゃない?」
智が口をとがらせる。
「仏教には因果応報っていう言葉があるんだ。すべての結果には必ず原因があるって意味で、悪い意味で使われがちなんだけどさ」
「それが何なのよ」
「自分の幸せは自分の善い行いが生みだし、不幸や災難は自分の悪い行いが生みだしたもの。つまり、零士くんを求めるなら、まずはそうなることにつながるような行動をすればいいってこと」
「……それがケーキ?」
「ケーキは行動のたった1回分だよ。今までも美奈子ちゃんは零士くんと一緒に稽古したり、いろいろと側にいたでしょ。これからもそれを続けることがいい結果に結びつくと思うんだ」
「……それでいい結果にならなかったらどうするのよ」
「もしかしたら、来世では一緒にいるかもしれない。仏教では、人は一生を何度も繰り返し、その間に徳を積んで悟りへと到達するとされてる。今世では叶わぬ思いかもしれないけど、続けることによって成就する。悲観する暇があったら前向きに生きるほうが幸せだよってのが俺の解釈」
美奈子ちゃんはそう簡単にあきらめる子じゃない。あのストイックさは、それの表れだ。
「あてにならない俺の勘では、ハッピーエンドだよ」
「あてにならないなら意味なくない?」
「頑張って何とかするよ」
お釈迦様にお願いしに行きたいな。この子の幸せにはこの人が必要なんですって。
四街道美奈子は一人っ子だ。父も母も忙しくって、家ではひとりが多かったが、親友のおかげで、もはや第二の実家と言えるほどに入り浸っているここがある。
強い剣士になりたいという目標もできた。できれば、弟子ではなく女として師匠に勝ちたい気持ちもある。
ケーキが乗った皿を手に、美奈子は墓地を歩く。向かうは墓地のはずれにあるダンジョンだ。
いまだビニールハウスの簡素なダンジョンゲートを通過し、階段を下りる。墓地に腰掛け、足をプラプラさせている零士が目に入る。
「師匠、おやつです」
「ん、美奈子か。もう終わったのか?」
「片づけてます。で、余ったケーキだそうです」
美奈子は自然に零士の隣に腰かける。
「ふむ、うまそうだな」
零士はケーキに夢中だ。
最近の零士はよく食べる。特に甘いものは好物なのか、もしゃもしゃ食べる。美奈子はそんな師匠を微笑ましく見ていた。
見かけは少年だが中身はいい大人である。そんな男性がおいしそうに甘いものを食べている。美奈子の中の母性も刺激されるというもの。
「師匠は甘いものが好きですね」
突然の質問に零士は片眉を上げる。不本意だと言いたげだ。
「昔は甘いものなんて食わなかった。食う暇もなかったってのはあるが」
そう言いつつフォークでケーキを崩し、口に運ぶ。美奈子が手を付ける前にケーキの半分は消えていた。美奈子もケーキにフォークをさす。
「甘さ控えめで上品」
美奈子が驚く。わかりやすく甘さを出す洋菓子店が多い中、素朴なクリームが美奈子をほっとさせた。美奈子は知らないが、このケーキは守が注文したもので、園児向けに味を薄くしていた。
小さな子供には濃い味よりも少し薄めた方が内臓にはいい。子供の体はまだ発展途中なのだ。
「大方、守の指示だろう。自分以外のことはよく気が付く男だ。もっと自分に目を向けろと言いたいが、まぁ言ったところで直さんだろうな。あいつは見た目よりも頑固だ」
「あーそれはあるかも」
自分がどういわれても気にしないが親友のことになると魔王のごとく変貌する。逆もまた然りなのが、夫婦は似るということだろうか、と美奈子は思う。さっきも無自覚にイチャイチャしやがって。
気が付けば零士の皿は空になっていた。なくなってしまった、というさみしそうな目をしている。
美奈子は自分のケーキにフォークを差し入れ、ひと口分をすくう。
「はい師匠」
美奈子は手のひらをお盆代わりにフォークを差し出す。いわゆる「あーん」だ。
それを見た零士は口をもにゅとさせ。
「それは美奈子のだろう」
「わたしはもういいですよ」
「む………………そうか」
たっぷり数秒考えてから、零士はケーキをパクっと食べた。
「ふふ」
美奈子はケーキにフォークをさし、自分の口に運ぶ。甘さよりもうれしい感情が勝る。
こんな時間が続けばいい。
なくなりそうなケーキを見て、美奈子はそう願わずにはいられなかった。




