095-不穏な予感-
「クルト」
避難所へ着きくなりルフーラは、足早にクルトの元へ駆け寄る。
そんなルフーラの様子を見て、どれだけルフーラがクルトのことを大切にしているのかが伺える。まあ……過保護すぎる一面もあるんだけど……。
僕はルフーラを見ながらクルトに向ける眼差しが優しいソレに見えて羨ましく感じた。
カルマンもルフーラも、普段は素っ気ない癖に、そんな目を向けれる相手がいるなんて、素敵だし羨ましくも思う。その反面、僕にはそんな相手がいない。そんな二人が妙に大人のように感じ、僕はヤキモチのようなモノを抱えてしまった。
そんな自分のネガティブな感情に、ブンブンと首を横に振ったあと、僕は周りの様子を確認する。
避難してきた人々は、どこかまだ不安を覚えている様子で、「アリエルは神父に神の裁きを受けるべきだ」 「リクカルトから出ていって欲しい」 「他の国は存在しないんだ。幽閉が妥当な処罰だろう」など批判的な声を漏らしていた。
それが混乱を起こす原因となったアリエルへの一般的評価。僕の言葉が過程であったとしても、アリエル自ら撒いた種だから仕方ない部分もあるかもしれない。
だけどそんな人々で埋もれる声の中には、少数だけど「クトロケシス様はそんなことを望んではおられない」 「気の迷いだ。恐怖を抱いたのは事実だが、結果なにもなかった。私たちは生きている。寛大な心を持つべきだ」そんな声も埋もれていた。
「ルーにゃんおかえりにゃ♪」
そんな周りに目を配る僕とは違って、クルトはルフーラの存在を認識すると、花を浮かべるような笑顔で怪我はないかなど心配を口にする。
「皆さん大丈夫ですか?」
僕は避難してきた人々に声を掛け、様態などを確認する。
幸いアリエルの行動で、誰かを死に追いやったりすることはなかった。
軽傷者はいたものの、音にびっくりして転んだとか、驚いてぶつけたとかそんな感じで、僕は内心ホッと安堵した。
「怪我人は──」
僕は小さく呟きながら、出血量が比較的多い順から癒しの力を使い治療していく。
僕の癒しの力を初めて見た人たちは、最初の方こそ恐怖を抱いた様子で、僕に疑心的な目を向けていたけど、傷が治癒されていく人々を見てそんな気持ちは直ぐに吹き飛んだらしい。
治療が終わると、神が舞い降りただとかなんとか言って、危うく崇め奉られそうになり、今なぜか僕を捕まえようとする変な人たちに追いかけ回されている。
広さは教会の半分ほど。逃げ惑うにも、挟み撃ちにされればすぐに捕まりかねない。僕は生き神として祀られるなんて溜まったもんじゃない。そう考え全力で逃げ回っていた。
「お、落ち着いてください! 僕は神の使いでもなければ、ただの一般人です!」
そんな現状に、ちょっとだけルフーラやクルトが助けてくれないかな? なんて期待したんだけど、二人ともとても面白いものを見ている様に、談笑していた。
ちょっと! 助けてくれても良いじゃん! 見世物じゃないんだよ!? それに、その好奇な眼差し辞めてくれないかな!? そんなことを思いながら、僕は軽く溜め息を漏らした。
コンコンッ。
僕を崇め奉ろうとしている人々から逃げていると、軽いノック音が耳に伝い、僕は動きを止める。
「捕まえましたじゃぞ! あなた様は紛れもなく神の使いです。その身を是非御神体として──」
「あ……少し、静かにしてもらっていいですか?」
僕は熱心な信仰心を持つ人々に取り押さえられながらも、そう注意を促し、音がした方へ目を向ける。
そして、そんな僕の声に耳を貸した人々も同様の方向へ視線を向け、ピタリと固まった。
どうやら、カルマンが借りてきた猫のように大人しくなったアリエルを連れ、避難所前の中枢を手の甲で叩いて発せられた音だったらしい。
僕は、どうしたんだろ? そう首を捻りながら崇め奉ろうとした人から逃げだしカルマンの元へ、
「どうしたの?」
そう声を潜め理由を確認した。
「アリエルが迷惑を掛けたから謝罪させに来た」
カルマンは声を潜めながらも予想外のことを口にし、僕は目を丸くする。
以前のカルマンならば、絶対謝罪することも、させることもしなかったと思う。それにさっきだって僕に謝罪の言葉なんてなかったし! だけどこれは紛れもない成長……。僕はカルマンのその判断に、成長を感じ目に水をまとわせ、無言でカルマン、偉くなったね。なんて思いながら頭を撫でてあげた。
だけど、そんな僕とは真逆で、アリエルを見た避難者たちの殆どは、怯えた表情を見せ硬直している。
アリエルは誰も殺していないし、なんなら怪我も負わせていない。〔アリエル〕のしたことによって、結果的に負傷しただけ。
だけど、今回は奇跡的に助かっただけかもしれない。そんな考えが根本にあったんだと思う。
「その女を避難所にいれるな!」 「そいつは街を混乱へ導いた張本人だ!」 「おまえが誰かは知らないが、神父に差し出せ!」などとかなり批判的な意見を口々にし始める。
いくらカルマンが魂を遣う者とはいえ、基本的にフードを被って素性を隠している。それに歴代の魂を遣う者と違って白いローブを着ているから、魂を遣う者だと瞬時に理解する人間は少ない。
アレ……そういえば、どうして母さんはカルマンのことを魂を遣う者だって理解していたんだろ? 僕が意識を失った時に名乗ったとか? うーんわかんないけど……。
まあなんにせよ、歴代最強と謳われた魂を遣う者の大半は顔を晒し、それにより国民からの支持を得たのに対し、カルマンは真逆の行動をとっている。
そのせいかなにも知らない一般市民は、カルマンにも怒りの矛先を向け、近くにあった物を投げ攻撃し始める。
それは、弱者なりの一種の防衛本能。僕も、恐怖が頂点まで達すると、そんなことよくしていたから痛いほど理解できる。
だけどカルマンは強者。にも拘らず、それを理解しているらしい。
避ける気配はなく、気が済むまで投げろ。そう言いたげな態度を見せていた。
そんな態度に怒りを覚えたのか、
「おまえ、すかしてんじゃねぇよ!」
少し筋肉質の男性がナイフをカルマン目掛けて投げつける。
きっと、窃盗や殺人を企んでいたんだと思う。じゃなければ、普段からそんな凶器を持ち歩いていることなんてないと思う。
取り押さえて、ヌワトルフ神父に引き渡すべきなのはこの人かもしれない。僕の背中にベタりとした汗が一筋流れた。
僕はどう動くべきか? そう悩んでいる間にナイフはカルマンの元へ届いていたらしい。カルマンは瞬時に危険だと判断したらしい。スッと顔を逸らしナイフを避けた。
だけど、完全には避けきることができなかったらしい。いや、カルマンくらいの手練ならば、完全に避けることもできたはず。
避けなかったのは、それで少しでも気が紛れるなら。そんな考えがあったからかもしれない。
ナイフの刃が白く柔らかいカルマンの頬に掠め、血が軽く垂れる。
それを見たアリエルは、「麗しい肌を傷つけるなんて……」「傷つけて良いのはアリエルだけなのに……」などとよく判らないことをブツクサと並べ、ピンクの髪を真っ白に染め、目を血走らせる。
そのアリエルの変貌に、止めなければ大変なことが起こる。そんな予感めいたモノを感じた。だけど僕に止めることは果たして可能なのだろうか? そんな防衛本能が過ぎり、カルマンが近くにいる。だからカルマンなら……なんて甘えた考えで、僕は警戒心だけ高め、距離を取ることにした。
その判断が誤りになるとも知らずに……。




