226-続き-
「なんて泣き叫ぶとでも思いましたか?
あなたたちはとんだバカですね」
カルマンがなにかを言おうとした矢先。指を切断されたはずのタナストシアが、気味の悪い笑い声を発しながら、下品な言葉を僕たちに浴びせる。
「そんな強がり要らないよ!」
僕はどうせ見せかけのハッタリだろうと踏み、そう言い捨てた。
だけど、そんな僕の発言を聞くや否や。タナストシアはフッと鼻を鳴らすと、気味の悪い笑みを深め告げる。
「強がり?
あなたたちは私になにかしましたか?」
え……?
一瞬、固まる僕の思考。
僕は恐る恐る、タナストシアの手に視線を滑らせた。
眼前に見えるタナストシアの手。その指先からはポタポタと血液が――滴り落ちることはなく。
「なっ……!?」
むしろ、両指はゆっくりと再生されている最中だった。
それは何を指し示すのか。僕は停止した思考の中考える。
恐らく、カルマンの言う通り、両の指につけていた宝石類はまやかしだったということ。
そうなると、首につけている宝石も……まやかしだったり?
そんな考えが僕の脳裏に浮かび上がる。
ならばすぐさま何かしらの次善策を講じなければ。僕はそう思い、思考を再び動かそうとした。
けれど……。
「あなたたちは、私を怒らせてしまったようです……。
ヌル! いつまでそんなゴミと戯れているのですか!
本当の姿を見せなさい!」
タナストシアは両腕を広げ、ヌルへと命じ始めてしまう。
その命令を受けたテオさんの偽物――たヌルは、突然煌々とした光が放たれる。
それは、最悪の事態が訪れようとしているということ。
だけど、同時。光が放たれる一瞬だけ、蛇のタナストシアが首元につけている石が、反応していたようにも見えた。
でも、それはほんの刹那の刻。
もしかすると、僕の見間違いだったのかもしれない。
「くっ……!」
「眩しすぎる……」
そもそも、ヌルが放つ光が眩しすぎて、幻覚を見ただけかも。
だって、あまりの眩しさに、目をぎゅっと瞑ってしまったから。
それから数秒後。
ヌルから放たれていた光が収まる。
それを認めた僕は恐る恐る目を開き――驚愕した。
僕の眼前。そこには兎の顔をし、クマのような体を持つキメラのような得体の知れない生き物の姿が。
クマが……うさぎに……?
僕は何度か目を瞬かせながらも、ゴクリと唾を飲み込んだ。
そんな僕に同期しちゃったのか――ううん。きっと偶然だよね。
「何あれ?」
ルフーラが、絶句するようにして声を漏らした。
その態度は、何が何だか理解できていない様子。
けれど、それに答えるよりも先に、ノインが焦った様子で僕へと念話を飛ばしてきた。
「やばい! やばい!
ヌルの本来の姿はこっちや!
やばい力持ってんで!」
だけどそんなことを言われても、主語がないその言葉をすぐには飲み込めない。
(まって? やばいってなにが?
力ってどんな?)
僕は目を動揺を覚えながらも、ノインに聞き返した。
だけどノインは、説明する時間すらも惜しいんだと思う。
「すまんな! そんなん言うとる暇なさそうや!
せやけどこいつはやばいから、自分の身は自分で護ってくれや! わいでも適うか解らんさかい!」
そんな意味のわからない助言をした後、僕がいくら呼びかけても応答してくれることはなかった。
ううん。そもそも僕の方もノインの理解不能な言葉を咀嚼する時間なんてなさそう。
「さて、あの二人の決着も直ぐにつくでしょう。
私たちも決着をつけましょうか」
タナストシアはそう言うと、炎と水が合わさったような玉を複数手に創り出す。
その刹那。再びタナストシアの首についた宝石が光を帯びる。
もしかして……?
僕はそう思いながらも、ルフーラにサッと近寄り耳打ちする。
「ねぇ? あの首にぶら下げている奴どうにか出来ないかな?」
「なんで?」
「あの石みたいなもののお陰で、変な技を出せてるのかも」
僕は、そんな前置きの後、一瞬だけその石のようなものが反応した気がしたことを簡潔に伝えた。
それを伝えると同時。
「解った」
ルフーラはそう言うと、カルマンの元へ急ぎ向かう。
多分、僕の言ったことを説明しに行ってくれたんだと思う。
カルマンは一瞬、僕の方を見たあと、コクンと頷き、鎌を持つ手に力を込め直してた。
そんな僕たちの連携を見て焦りを募らせちゃったんだと思う。
「アリエルはどうしたらいいの?」
アリエルはそう言って、オロオロとしはじめてしまう。
そういえば、アリエルもいたんだった。
だけど、あの子の能力は幻影。上手く使えば有用になるのかもしれないけど――
それをすぐさま考えつくだけの頭なんて僕にはない。
だから付け焼き刃の指示をアリエルへ告げた。
「君は腿に隠している暗器で翻弄しといて!」
その指示を受けたアリエルは、大きく目を見開くとギャン。
「なんであんたが太腿に暗器を忍ばせていること知ってるのよ!?」
そう言って、キャンキャンとうるさく吠える野生動物のような声で喚く。
だけどそれは、自ら的になりにいく愚行も同然。
タナストは、アリエルが一番弱いと認識するように、彼女に向かって火と水を合わせた玉を放つ。
「きゃっ!」
それを受けたアリエルは、思わず声を上げながらも別の場所へとすぐさま移動する。
そして、恨み辛みを込めた瞳でタナストシアをねめ付けると、ここが戦場であることを忘れたかの様子で、髪を白に染めながらも叫ぶ。
「なにするのよ! あんた!」
白くなった髪。それは以前、睾丸を潰され、股を切断されたあの男性のような悲劇を生み出す前触れ。
僕はそれを思い出すと同時に、咄嗟にカルマンへと視線を投げた。
だけど、カルマンはそれを良しとしているらしい。
僕の視線に気づくや否や、何処か問題ないとでも言うように片方の口角だけ上げ、“安心しろ”と口の動きだけで伝えてきた。
いや、安心しろって言われても……。が正直な感想。
だけど、ここで反発する時間なんてない。僕はわかったと示すべく、首を縦に振ると、地面に張り巡らせていたロザルトとヤドリギを融合させた蔓で、ノインの援護に回った。
あんなに血相を変え、僕に伝えてきたということは、それだけピンチだということだと思ったから。
本来の姿を見せたヌルをその蔓で捕縛し、ヤドリギの種をヌルの体に付着させ、力を吸わせる。
そのあとはあのタナストシアを倒すべく、他の罠も一斉に起動させた。
だけど一筋縄で行く訳もなく、窮地に立たされているという状況は変わらなかった。
(どうする? どうすればあの石を奪うことが出来る?)
僕はそう考えながらなにか突破口がないかを必死に探す。
それがもしかすると顔に出ていたのかもしれない。だけど、違うのかも。
僕が蔓を操りながらも悶々と考え込んでいると、カルマンが指示を飛ばし始めた。
「おいリーウィン! おまえの魂を貸してくれ!」
魂を貸せ。
カルマンから言われるのはいつぶりだろう? 僕はそんなことを思いながらも、こくり。
「解った」
一旦地面に張り巡らせている蔓の一部を解除し、魂をカルマンへと投げてやった。
そんな僕に呆れを覚えるような――関心を示すような。カルマンは、僕の魂を受け取ると同時に、苦笑するような表情で言う。
「おまえ、相変わらず変なところだけ潔が良いな」
「そんなことないと思うけど?」
そんな軽いやり取りの後、カルマンは“まあいいか”とボソリ。僕の魂になにかを呟いた。
瞬間、ドックン
「うっ……」
僕の心臓に強烈な痛みが走る。
(もしかすると騙された!?)
そんな疑心暗鬼が僕の中で渦巻く。
同時。
「大丈夫?」
ルフーラが、僕の様子に違和感を覚えたらしく、すぐさま駆け寄り声をかけてくれた。
ほんとうは苦しい。だけど、そんな弱音なんて吐ける隙なんてこれっぽっちもない。
「大丈夫……だよ」
僕は、必死に大人ぶるように、ルフーラに笑いかけ言い切った。
だけど、それが嘘だということはバレちゃってたのかも。
ルフーラは、何も声を発することはなかったけど、どこか冷ややかというのかな?
疑うような視線を僕に向けている気がする。
けれど、そんなことを考えれないほどに、痛みの速度は徐々に速まっていく。
最終的には、心臓に大きな針を何度も突き刺されているような痛みが心臓を中心に、身体全域へと広がって行った。
そんな僕のことを理解していたのか。それとも気まぐれか。カルマンは、僕の状況をすべて理解しているような口振りで、ルフーラに指示を出しはじめた。
「済まないが、最後の覚醒をした魂を使うには、それ相応の力を要する。
最初は痛みで動けなくなるのは必至だ。シールドで保護してやってくれ」
それを受けたルフーラは、若干迷うような気配を醸し出しながらも、ゴクリ。唾を僅かに飲んだかと思うと、一言。
「わかった」
そう言って、蔦のシールドを展開してくれた。
だけど、蔦でガチガチに固められたシールドは、蛇のタナストシアからすれば、格好の餌食。ううん、攻撃対象になり得たんだと思う。
逃げ惑うアリエルと遊ぶのに飽きた。そう言いたげな態度で、次は僕を護ってくれるシールドへと攻撃をしかけてくきた。
迫り来る炎の玉。
これは防げないかも……。
そんな弱気になりかけた瞬間。カーンッとどこかで聴いたことのある金属音が響いたかと思うと、炎の玉が、タナストシアの方へ凄まじい勢いで戻って行く。
それは突然のこと。僕は思わず瞳を揺らしてしまった。
それは、恐らく。タナストシアも同様だったんだと思う。
「グハッ……」
蛇のタナストシアも、その反射のような跳ね返りは予測出来なかったようで、僕に放った攻撃の数々が自身の体にぶつかっていく。
どうしてそんなことになったのか僕には解らなかった。
だけど、よくよく考えてみれば、最初タナストシアの周りを覆っていたシールドにヤドリギを寄生させた時、その力を吸収していたこと思い出し、理解した。
その力を吸収し、自分のものにできるらしい。
だけど……。
なんでいっつもこういう時に、そうなるんだろ……?
それに気づいたと同時に僕は、プツンと糸を切るようにして、意識を失ってしまった。




