大団円
どこまでも白く、音のない虚数の空間。
主人公特有の強引なパワーで切り裂かれたこの異次元で、俺は美少女と化した元主人公・アレンの膝枕の上にいた。
「ここで二人きりで……永遠に一緒にいましょうね♡」
昏い執着を瞳に宿し、甘く囁くアレン。
普通なら隙を見て逃げ出す算段を立てる場面だろう。
だが、俺は抵抗するのをやめた。そして、ゆっくりと身体を起こし、アレンの華奢な体を両手で包み込んだ。
「……リディル様?」
アレンが不思議そうに首を傾げる。
俺は、彼女の――いや、彼の、不安と嫉妬でぐちゃぐちゃになったその瞳を真っ直ぐに見つめ返し、この上なく優しく、柔らかく微笑んだ。
「ああ。わかったよ、アレン。お前がそれを望むなら……ここで永遠に、一緒にいよう」
「え……?」
アレンの瞳から、ヤンデレ特有の昏いハイライトがスッと消え去った。
「……嘘、です。だって、リディル様には国があって、メイドさんや婚約者さんたちがいて……私のことなんて……」
「お前の想いから逃げていた俺が悪かった。お前が俺にとってどれほど特別で、大切な『唯一の存在』か。……俺は、お前のその狂うほどの愛を、全部受け止めるよ」
俺の言葉が、アレンの心の奥底に空いていた虚無の穴を、温かい光で満たしていく。
承認欲求、独占欲、そして純粋すぎる愛。
ずっと見てほしかった人に、完全に受け入れられたという事実。
「あ……ぁ……っ」
ポロポロと、アレンの大きな瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
それは執着の涙ではない。憑き物が落ちたような、純粋で、温かい浄化の涙だった。
「リディル様……っ! リディル様ぁっ……!!」
アレンは俺の胸に顔を埋め、子どものように声を上げて泣きじゃくった。俺はただ黙って、その背中を優しく撫で続けた。
やがて、ひとしきり泣き晴らしたアレンは、ふわりと微笑んだ。
「……ごめんなさい、リディル様。私、あなたをこんな何もない場所に閉じ込めておくなんて、どうかしていました。私の大好きなあなたは、みんなの中で笑っていてこそですから」
アレンが指先で空間をなぞると、閉ざされていたゲートが再び開いた。
俺たちは、眩い光と共に元の砦の跡地へと帰還した。
◇◇◇
「リディル様!!」
「リディル!」
光の中から現れた俺たちを見て、今まさに空間をこじ開けようと殺気立っていたヒロイン四人が一斉に駆け寄ってくる。
「大丈夫や!? アホな真似したら、うちがこの女を――」
メリッサが扇子を構えた、その時だった。
『ポンッ』という気の抜けた音と共に、アレンの身体が再び光に包まれた。
長かった髪がスルスルと短くなり、華奢だった身体が、見慣れた少し無骨な青年のものへと戻っていく。
「……あれ? アレン、お前……男に戻ってないか?」
俺が目を丸くして尋ねると、アレンは憑き物が落ちたような、清々しい笑顔で答えた。
「はい! リディル様に想いのたけをすべて受け止めてもらえたことで、呪いが完全に解呪され、本来の『男』に戻ることができました!」
「「「「どんなシステムやねん(だ / ですか / かしら)!!」」」」
女性陣から、本日二度目となる完璧なツッコミが炸裂する。
「まあ、男に戻ったのならリディル様のお嫁さんにはなれませんね。残念です!」
カラハハハ! と爽やかに笑うアレンは、そのまま俺の前に片膝をつき、深く頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。でも、もう迷いはありません。リディル様、どうかこれからも、あなたの忠実な『弟分』として、背中を追わせてください!」
「……はぁ。まったく、お前ってやつは。……ああ、よろしく頼む、俺の自慢の弟分」
俺が苦笑しながらその手を取ると、砦跡地に安堵の空気が広がった。
こうして、主人公の暴走による世界崩壊の危機は、俺の『全肯定』という力技によって見事に回避されたのだった。
◇◇◇
それから数日後。
リラクシアの執務室にて、俺はついに大きな覚悟を決めた。
目の前に並ぶのは、エルザ、メリッサ、ヴァルハイト、そしてシルヴィアの四人。
「みんな。待たせて悪かった。俺の答えは、決まったよ」
俺は深く息を吸い込み、四人の目をしっかりと見つめた。
「誰か一人なんて選べない。俺は、君たち全員を愛している。だから……四人全員、俺の妻になってほしい。君たちのその重い愛を、俺が一生かけて背負うよ」
倫理観だのなんだのは、もうどうでもいい。
この異世界で、これほどまでに俺を想ってくれる彼女たち全員を幸せにする。それが俺の出した、究極の『責任』の取り方だった。
「……ふふっ。欲張りな人やな。でも、そういう最高の選択ができるから、うちは惚れたんや」
メリッサが涙ぐみながら笑い、
「当然よ! 私が第一夫人として、みんなをしっかりまとめてあげるんだから!」
ヴァルハイトが顔を真っ赤にして胸を張り、
「メイドから妻へ……最高の出世でございますね。一生、お仕えいたします」
エルザが、今までで一番美しい、完璧な微笑みを浮かべ、
「私の永遠の時に、愛しい伴侶ができるなんてね。覚悟しなさい、弟くん」
シルヴィアが、俺の首元に妖艶に腕を絡ませた。
こうして俺は、四人のヒロイン全員と結婚した。
盛大な結婚式は国を挙げての三日三晩の宴となり、アレンやグレン、そしてドラゴンたちが盛大に祝いの杯を交わした。
その後の『魔森温泉国リラクシア』の発展は、後世の歴史書に神話として語り継がれるほどだった。
俺たちは子宝にも恵まれ、公爵家の血筋と、平民の力強さ、商人の才覚、そして古龍の魔力を持った子どもたちが、国中を賑やかに駆け回った。
悪役令息が希った『平穏』。
それは決して静かなものではなかったけれど、温かく、騒がしく、愛に満ちた、最高に幸せな日々だった。
◇◇◇
――そして、長い長い年月が流れた。
「……ふふ、みんな……泣くなよ」
リラクシアの王城(かつてのプレハブ小屋があった場所)の広大な寝室。
しわくちゃのお爺いちゃんになった俺は、ふかふかのベッドの上で、静かにその時を迎えようとしていた。
ベッドの周りには、俺と同じように歳を重ね、美しく穏やかな老婦人となったエルザ、メリッサ、ヴァルハイト。そして、立派に成長したたくさんの子どもたちや、そのまた子どもたち。
アレンも立派な白髭を蓄えた英雄として、俺の手を固く握ってくれている。
「リディル様……」
「あなた……」
「リディル……」
妻たちの声を子守唄のように聞きながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
前世で死んで、悪役令息として転生して。
色々あったけど、本当に、本当に良い人生だった。
俺は満足げに微笑み、静かに、安らかに、最後の息を引き取った。
部屋中が、温かくも深い悲しみのすすり泣きに包まれる。
その中で、ただ一人。
「……よく頑張ったわね、私の愛しい人」
出会った頃から何一つ変わらない、若く美しい女性の姿をした古龍――シルヴィアが、ベッドの傍らに立っていた。
彼女は、眠るように穏やかな俺の頬をそっと撫でる。
その美しい瞳から、真珠のような一粒の涙がこぼれ落ち、俺の顔の上で淡く弾けた。
「あなたとの数十年の時間は、私の永遠の中で、一番短くて……一番、まばゆい宝物になったわ」
シルヴィアは静かに背を向けると、バルコニーへと歩みを進めた。
その足が宙を踏み出した瞬間、彼女の身体は光に包まれ、かつての巨大で美しい、神々しい古龍の姿へと戻った。
『――さようなら、リディル』
力強い羽ばたきが、魔の森の風を巻き起こす。
シルヴィアは、愛する人との思い出をその胸に深く刻み込み、どこまでも高く、澄み切った青空の彼方へと飛び去っていった。
悪役令息リディル・ローゼンベルグの物語は、これにて幕を閉じる。
彼が遺した愛と平穏の国は、いつまでもいつまでも、優しく温かい湯けむりと共に、人々の心を癒やし続けるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
これでリディルの旅は終了を迎えることができました。重ねて感謝申し上げます。
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次回作のヤンデレ物語もどうぞよろしくお願いいたします。




