第9話 新生・王都ダンジョンと、敏腕メイドの容赦なき改革
王都が黄金の光に包まれ、ダンジョンの領域へと変質した翌朝。
市民たちは、恐る恐る自宅の窓から外を覗き込んでいた。
昨日までの慣れ親しんだ街並みは、どこか神秘的な輝きを放つ石造りの美しい景観へと生まれ変わっていた。
驚くべきことに、街の空気は澄み渡り、スラム街の悪臭すら完全に消え去っている。
それどころか、長年患っていたお年寄りの腰痛や、子供たちの生傷が、街全体に満ちる微弱な回復魔力によってすっかり完治していた。
『おい、これマジかよ……体がめちゃくちゃ軽いぞ!』
『国の結界が消えたから魔物に襲われると思ったのに、むしろ安全になってる?』
『画面を見てみろ! 新しい街のルールが更新されてるぞ!』
市民たちの手元にある魔道具や、街の広場に浮かぶ巨大なスクリーンには、レオンが定めた【新生・王都ガイドライン】が分かりやすく表示されていた。
犯罪の即時検知システム、不当な搾取の禁止、そして努力した者が正当に報われる新しい税制。
昨日まで国王たちの横領と暴政に怯えていた国民にとって、それは夢のような理想郷の始まりだった。
その頃、かつて王城と呼ばれ、今はダンジョンの中心地となった玉座の間。
「レオン……いや、ダンジョンマスター。朝の挨拶に伺いました」
少し緊張した面持ちで部屋に入ってきたのは、元近衛騎士団長のギルバートだった。
彼は昨日、粗悪な鎧を溶かされて下着同然の姿になっていたが、今はアリアから支給された真新しい漆黒の魔導アーマーに身を包んでいる。
その姿が配信画面に映し出されると、コメント欄は一気に盛り上がった。
『ギルバート団長、黒い鎧も似合いすぎだろ!』
『やっぱりイケメン騎士は不滅だな』
『でもちょっと緊張してて可愛いなww』
「堅苦しい挨拶は抜きだ、ギルバート。これからはお前に、この王都の治安維持を担当する『ダンジョン騎士団』の総長を任せる」
玉座に腰掛けた俺がそう告げると、ギルバートは深く一礼した。
「ハッ、この命に代えても民の安全を守り抜きます。……しかし、この鎧の性能には驚かされました。以前のミスリル鎧など比較にならないほど軽く、そして信じられないほどの魔力を感じます」
「当然です、ギルバート様」
俺の隣に控えていたアリアが、ふんわりとスカートを揺らしながら一歩前に出た。
「その鎧は、マスターが【超鑑定】であなたの戦闘スタイルを完全に分析し、最適化したオーダーメイド品です。以前のような予算の中抜きなど、我がダンジョンにおいては万死に値する大罪ですので」
「あ、ありがとう、アリア殿。大切に使わせてもらう……」
ギルバートは、アリアの有無を言わせぬ美貌と威圧感に、少し頬を染めながらタジタジになっていた。
実直で真面目な正統派騎士が、毒舌で完璧な美貌のメイドに気圧されている構図は、視聴者たちにとって最高の癒やしコンテンツになっているようだ。
コメント欄には『団長、がんばれ』『アリア様の冷たい目、ご褒美すぎる』といった声が溢れている。
だが、全ての人間がこの改革を歓迎しているわけではなかった。
画面の端にあるサブモニターに、不穏な動きを見せる一団が映し出される。
それは、国王の失脚によって利権を失った、王都の悪徳貴族たちや、冒険者ギルドの腐敗した上層部の生き残りだった。
彼らは秘密の地下室に集まり、何やら怪しげな相談をしていた。
「ええい、たかが鑑定士の小僧が王気取りとは片腹痛い!」
「人工コアは破壊されたが、我らにはまだ、裏社会で囲っていた特級の暗殺者ギルドがある!」
「配信などという小細工を使う前に、あのレオンという男の首を刎ねてしまえば、この街は再び我らのものだ!」
彼らは、レオンがこの王都の『すべての情報』を握っていることに、まだ気づいていなかった。
彼らの陰謀、暗殺者の配置、これまでの犯罪履歴。
それらすべてが、俺の【超鑑定】によってリアルタイムでデータ化され、全世界への配信画面の特設コーナーに表示されている。
『うわぁ、こいつらまだ諦めてないのかよ』
『暗殺者を送り込む計画、全部筒抜けで草』
『レオン、こいつらも一発で仕留めてやってくれ!』
視聴者たちは、悪党たちの哀れな勘違いに、すでに爆笑の準備を始めていた。
俺は紅茶のカップを置き、不敵な笑みを浮かべる。
「アリア。どうやら、新しいダンジョンの『防衛システム』をテストする、格好の実験台が向こうから歩いてきてくれたみたいだ」
「はい、マスター。すでに暗殺者たちの侵入ルートには、我がダンジョンが誇る『最高に楽しいおもてなし』を配置済みにございます」
アリアは冷徹な笑みを浮かべ、手元の操作パネルに指を滑らせた。
悪徳貴族たちが放った最凶の暗殺者たちが、王城の影から音もなく侵入を開始する。
しかし、彼らが一歩を踏み出したその場所は、すでに普通の床ではなかった。
「さあ、王都のみんな。本日のメインイベント、深夜の害虫駆除ショーの始まりだ」
俺の宣言と共に、暗殺者たちの足元から、これまで見たこともないような奇妙で恐ろしい罠が起動しようとしていた。




