第6話 絶対強者の近衛騎士団と、かつて恩を売った男
「各員、惑わされるな! 画面の映像はすべて逆賊による幻術だ! 国王陛下を侮辱する不届き者を速やかに排除せよ!」
迷宮の第1階層。
重厚な足音を響かせ、銀色に輝く最高級のミスリル鎧を纏った軍勢が進軍していた。
率いるのは国王直属『近衛騎士団』の団長、ギルバート。
彼は国中から「鉄壁の守護者」と称される、義理堅く生真面目な男だった。
しかし、そのギルバートの顔には、隠しきれない動揺が走っていた。
なぜなら、彼の腕に装着された軍用の通信魔道具にも、未だにレオンの配信画面が強制的に映し出されていたからだ。
コメント欄の勢いは、国軍が介入したことでさらに加速している。
『おいおい、ガチの近衛騎士団が出てきたぞ!』
『国は完全にレオンの口を封じる気だな』
『ギルバート団長、あんた生真面目だから騙されてるんじゃねえの!?』
『さっきの勇者の紋章の鑑定結果、マジっぽかったぞ!』
王都の国民たちも、生真面目なギルバートが利用されているのではないかと察し始めていた。
だが、騎士団の規律は絶対だ。彼は迷いを振り切るように大剣を構えた。
その様子を、俺は最深部の玉座でアリアが淹れてくれた二杯目の紅茶を飲みながら眺めていた。
「マスター、敵の総員は三百二名。全員が国家支給のミスリル装備で身を固めています。物理防御力は一級品ですが……」
アリアが冷徹な声で報告を続けながら、すっと指を差し出す。
「装備の重量過多により、迷宮内の特殊な罠に対する回避率は著しく低下すると予想されます。ただの歩く鉄くずですね」
「手厳しいな、アリア。でも、その通りだ」
俺はふっと笑い、モニターに向かってマイクの音量を上げた。
「久しぶりだな、ギルバート団長。相変わらず、上の命令には盲目的に従う真面目な性格のままで安心したよ」
ダンジョンの天井から響いた俺の声に、ギルバートはピクリと肩を揺らした。
彼は大剣を握る手に力を込め、天井を睨みつける。
「……その声、まさかお前は、冒険者ギルドの隅で燻っていたあの鑑定士、レオンか!?」
「おや、覚えていてくれたのか。光栄だな」
ここで、配信のコメント欄に新しい疑問が流れ始める。
『え、団長と知り合いなのか?』
『ただの底辺荷物持ちじゃなかったの?』
ギルバートは苦渋に満ちた表情で口を開いた。
「忘れるはずがない。三年前、私が悪質な商人に騙されて、呪われた大剣を『聖剣』として掴まされそうになった時……教会の高位鑑定士すら見抜けなかった偽装を、一瞬で見破って私の命を救ってくれたのはお前だ」
ギルバートの言葉に、王都の視聴者たちが息を呑んだ。
これもまた、俺が【超鑑定】の力を隠しながら裏方として働いていた頃の、一つの『足跡』だった。
「レオン、お前の鑑定の腕は本物だ。私が最も尊敬する技術者の一人でもある。……だが、たとえお前の言葉が真実だとしても、私は騎士だ。国を乱す配信を止め、お前を拘束せねばならない!」
「相変わらず不器用な男だな。お前がその『呪印の紋章』の真実を知ってもなお、王のために戦うというなら、俺も容赦はしない」
俺は手元の操作パネルに指を置き、彼らの足元のステータスを表示させた。
近衛騎士団のミスリル鎧。それは国が誇る最強の防具だが、俺の【超鑑定】はその『致命的な弱点』をとうに暴いていた。
「ギルバート。その素晴らしい鎧を鋳造した職人は、確か王宮お抱えの鍛冶師だったな。あいつ、予算をケチってミスリルの純度を落とし、代わりに『ある金属』を混ぜて強度を誤魔化しているぞ」
「何だと……?」
「その金属の名前は『魔導水銀』。熱と魔力に反応して、一瞬で周囲の金属を腐食させる劇薬だ。国の上層部はお前たちに最強の鎧を与えたつもりで、その実、粗悪品を着せて戦場に送り出していたのさ」
俺が指をパチンと鳴らす。
その瞬間、第1階層の通路の壁から、高熱の業火を噴き出すトラップが一斉に起動した。
「グオオオオオッ!」
激しい炎が騎士団を包み込む。
本来の純粋なミスリル鎧なら、この程度の炎など耐えられるはずだった。
しかし、炎に触れた瞬間、騎士たちの鎧が青白く発泡し、ドロドロとした液体になって崩れ落ち始めた。
「な、何が起きている!? 鎧が……私の鎧が溶けていく!?」
「団長! 体が、体に熱い液体が染み込んできて……!」
精鋭たちが次々と武器を落とし、その場に転がって叫び声を上げる。
物理攻撃には無敵のはずだった近衛騎士団が、最初のトラップだけで完全に無力化されていく。
『うわあああ! 本当に鎧が腐食して溶けてる!』
『国は騎士団の装備の予算まで中抜きしてたのかよ!?』
『最低だ……前線の騎士たちを騙して戦わせてたなんて……』
配信を見た国民たちの、国家に対する怒りは頂点に達しようとしていた。
鎧を失い、下着同然の姿で呆然と立ち尽くすギルバート。
彼は、自分の信じていた正義が、足元から音を立てて崩れ去るのを感じていた。
「さあ、ギルバート団長。お前たちの負けだ。……ここから先へ進むか、それともその目で真実を確かめるか、選ぶといい」
俺は冷徹に言い放ち、次なるトラップの起動準備に入った。
腐った国家の化けの皮を剥ぎ取るショーは、まだ始まったばかりだ。




