第31話 底辺鑑定士の完全掌握(最終回)
地底の管理者たちが遺した『未踏の扉』の前。
溢れ出す赤黒いノイズが空間を侵食し、王都の地脈を内側から喰い荒らそうとしていた。
「マスター、扉の向こう側の演算速度、こちらの防衛ファイヤーウォールを圧倒しています……! 完全に掌握されるまで、残り三分!」
アリアの魔導コンソールから、激しい火花が散る。
隣では、リーシャが迫り来る古代の人形兵器を影からの一撃で次々と解体していたが、その無限の物量に、流石の彼女の動きにも疲弊の色が見え始めていた。
「レオン様……! やっぱり、私があの扉の楔にーー」
「しつこいぞ、ノエル」
俺はノエルの言葉を遮り、手にした3つの鍵ーー懐中時計、魔導具、長剣を、歪んだ扉の隙間へと同時に叩き込んだ。
カチリ、と世界の歯車が噛み合うような重厚な音が響く。
その瞬間、扉が完全に解き放たれ、奥底の『第二階層』から、地底の管理者たちの傲慢な意志が濁流となって俺の脳内へと流れ込んできた。
『愚かなる第一階層の虫ケラどもよ。鍵は揃った。これよりシステムを初期化し、王都のすべての命を「家畜(初期パーツ)」へと還元する』
脳を直接破壊するほどの絶対的な精神汚染。
ノエルが頭を抱えて蹲り、アリアやリーシャの視界も赤く染まっていく。
だが、俺は一歩も引かずに、その絶望の濁流を正面から睨みつけた。
「虫ケラだと? 勘違いするなよ、地底の引きこもりども」
俺の右目が、これまでとは比較にならないほど眩い、絶対的な『黄金の光』を放ち始める。
「お前たちが作ったその『完璧なシステム』……俺の【超鑑定】の前じゃ、ただの欠陥だらけの『クソコード』なんだよ!」
俺は空中に、王都の全機能を繋いだ巨大な黄金の操作パネルを展開し、両手で激しくコードを叩き込み始めた。
【超鑑定】の真の覚醒。
それはただデータを読み解き、書き換えるだけの能力ではない。
対象の『創造主の意図』すらも鑑定し、その上位権限を力任せに簒奪する、絶対的な『完全掌握』の暴力。
『な、何だこの暗号化の速度は……!? 馬鹿な、第二階層の管理コードが、逆に上書きされていく……!?』
地底の管理者たちの声が、初めて恐怖に震え、悲鳴へと変わった。
「底辺鑑定士、荷物持ちと罵られてギルドを追放されたあの日から、俺は毎日何万回もお前らの世界のシステムを鑑定し続けてきたんだ。……お前たちの『世界のルール』なんて、とっくに解析完了してんだよ!」
俺が右手を強く握りしめた瞬間、空中のウィンドウが一斉に『ハッキング完了(COMPLETE)』の文字で埋め尽くされた。
扉の向こうから流れていた赤黒いノイズが、一瞬にして俺の象徴である綺麗な黄金の光へと塗り替えられていく。
地底の管理者たちの権限はすべて剥ぎ取られ、彼らの世界(第二階層)のエネルギーそのものが、我が『王都ダンジョン』の維持マナとして強制収穫(DP変換)されていった。
バギィィィンッ!!!
凄まじい音を立てて、世界の境界線だった『未踏の扉』が、黄金の光の粒子となって完全に粉砕された。
その向こう側にあったのは、世界の支配者たちの玉座などではなく、ただのレオンのシステムに組み込まれた、安全で広大な『新しい最下層の栽培エリア』だった。
地上のゲートから溢れていた人形兵器たちも一瞬で光のチリへと消え去り、王都全域の空が、過去最高に美しい黄金のオーロラで満たされていく。
『勝った……! レオンが、世界のシステムそのものをハッキングしやがった!』
『神様をただのバッテリーに変えるとか、マジで規格外すぎるww』
『レオン様、俺たちの最高の王だ!!』
配信のコメント欄が、この歴史的な大逆転劇に、サーバーが落ちるほどの最大級の大歓声と拍手で埋め尽くされた。
「……終わったな」
俺が深く溜息を吐いて右目の光を収めると、背後からノエルが勢いよく飛び込んできて、俺の胸に顔を埋めてワンワンと泣き出した。
「レオン様……っ、レオン様……! ありがとうございます……! 私、本当に、生きててよかったです……っ!」
「だから言ったろ。俺の国じゃ、誰も泣かせないってな」
俺は苦笑しながらノエルの頭を撫で、それから駆け寄ってきたリーシャの頭も一緒にくしゃくしゃに撫で回した。リーシャは少し照れくさそうに、しかし嬉しそうに目を細めている。
「お見事でした、マスター。世界の創造主すらも我がダンジョンの養分にするとは……流石は私の生涯の主です」
アリアが完璧なメイドの一礼を捧げ、その瞳には底知れない深い愛と忠誠が宿っていた。
地上へと帰還した俺たちを迎えたのは、セレスとギルバート、そして百万の市民たちの、地鳴りのような大歓声だった。
「やったわね、レオン! これで本当に、私たちの完全勝利よ!」
ドレスをボロボロにしながらも誇らしげに大剣を掲げるセレスと、その横で「マスターの御前であるぞ……っ!」と、やっぱり大号泣しているギルバート。
この国に、もう俺たちの平和を脅かす理不尽はどこにも存在しない。
古い権力も、三百年の因習も、世界の創造主のルールさえも、すべては俺の【超鑑定】によって、新しい王都の『より良い暮らし』のためのシステムへとアップデートされたのだから。
数日後、いつもの王城のテラス。
「マスター、本日の特製炒飯ですが、エドモンド領から届いた新しい最高級の卵を使用してみました。火加減はいかがでしょうか」
アリアが完璧な手際でフライパンを扱い、香ばしい匂いをテラスに漂わせている。
「うん、最高だ。アリアも本当に料理のハッキングが上手くなったな」
俺が紅茶を飲みながら笑うと、テーブルの対面では、ノエルとリーシャが「あむっ」「……美味しい」と、今日も幸せそうに口いっぱいにご飯を頬張っていた。
底辺鑑定士から始まった、俺の簒奪とハッキングの物語。
これからも俺は、この愛すべき仲間たちと、俺のルールで守られた百万の民の笑顔と共に、この最高の国家を気ままに、完璧に運営していくだけだ。
「さあ……今日は何をしようか」
俺のいつもの呟きに、テラスにいる全員が、世界で一番温かい最高の笑顔を返してくれたのだった。
(底辺鑑定士の国家無双ーー幕)




