第2話 メッキの剥がれる英雄たちと、同接100万の爆笑コメント欄
「おい、なんだか妙に静かじゃないか……?」
薄暗い迷宮の第50階層。
俺を奈落へ突き落とし、意気揚々と引き返していた『天上の凱歌』の足が止まった。
リーダーの勇者アルヴィンが、不意に周囲を警戒するように聖剣を抜く。
その顔には、先ほどまでの傲慢な笑みはなく、微かな焦燥が浮かんでいた。
それもそのはずだ。
これまでの冒険で、彼らが無傷で歩けていたのは、俺が数歩先を進んで全ての罠を鑑定し、事前に修復・無力化していたからに過ぎない。
奴らは、俺という『盾』を自ら捨てたのだ。
その様子を、俺は奈落の底の玉座から、巨大なモニターで見下ろしていた。
画面の端では、凄まじい勢いで数字がカウントアップされている。
視聴者数:1,205,400人。
開設したばかりの配信チャンネルは、すでに同時接続数が100万人を突破していた。
『これマジで天上の凱歌の生中継なのか!?』
『タイトルに公開処刑ってあるぞ。何が始まるんだ?』
『っていうか、さっきの音声マジ? 借金押し付けて仲間を突き落としたって本当か?』
画面横のコメント欄は、世界中の視聴者たちの驚愕と疑念の言葉で埋め尽くされていく。
視聴者の感情が昂るたびに、俺の手元にあるダンジョンポイント(DP)が、まるで国家予算レベルの速度で増殖していた。
「さて、まずは俺がどれだけ奴らの役に立っていたか、身をもって教えてやろう」
俺は手に入れたばかりの管理者権限を使い、彼らの進む一本道に『酸の沼』のトラップを配置した。
本来なら、俺の【超鑑定】があれば一瞬で見抜いて回避できる、初歩的な罠だ。
「アルヴィン様、どうかされましたか? 早く街に戻って、あのゴミ虫の遺品(借用書)をギルドに提出しましょうよ」
ふんぞり返りながら歩くのは、聖女のエリザだ。
清楚な容姿で教会からの支持も厚い彼女だが、裏では俺のことを「不潔な裏方」と呼び、泥靴を拭かせるような女だった。
「ああ、そうだな。あんな無能のことは忘れて、さっさと祝杯をーー」
アルヴィンが確信に満ちた足取りで、一歩を踏み出した。
その瞬間、床の石畳がぐにゃりと歪み、濁った緑色の液体が噴き出した。
「ぶ、ぶふぉああっ!?」
無警戒だったアルヴィンは、顔面からその沼へと突っ込んだ。
凄まじい生臭さと共に、ジュウウウという不気味な溶解音が通路に響き渡る。
「ぎゃああああ! 熱い! 痛い! なんだこれ、酸の沼か!? なんでこんな場所に罠があるんだ!」
泥を跳ね上げながらのたうち回る勇者の姿に、聖女エリザと戦士たちが悲鳴を上げる。
アルヴィンが愛用していた、国費で造られた特注の輝く鎧が、酸によって無惨に溶け落ちていく。
この光景に、配信のコメント欄は完全に爆発した。
『ぶはははは! 勇者様がいきなり顔面から酸の沼にダイブしたぞ!』
『嘘だろ、あの無敵のアルヴィンがこんな初歩的な罠にかかるわけ……』
『あ、察した。今まで裏方の鑑定士が全部罠を処理してたんだなこれ』
『ザマァwwww 鎧がドロドロで全裸一歩手前じゃねえか!』
視聴者たちの爆笑と歓喜のコメントが流れるたび、俺のDPはさらに跳ね上がる。
「おい、エリザ! 早く回復魔法をかけろ! 早くしろ!」
「ひ、ひいっ! 汚い、近づかないでアルヴィン様! わたしの服に酸が跳ねるじゃないですか!」
普段の仲睦まじい様子はどこへやら、二人は醜い罵り合いを始めた。
これこそが奴らの本性だ。
強い者に媚び、弱い者を踏みにじることでしかプライドを保てない、偽物の英雄。
俺は玉座の背もたれに深く寄りかかり、口元を吊り上げた。
実は、アルヴィンが俺をハメたのには、借金以外にも理由がある。
俺の【超鑑定】が進化し始めたことで、奴が過去に他のパーティから手柄を盗んでいた事実が見え始めていたのだ。
奴はそれが怖くて、俺を口封じのために消そうとした。
すべては、自分の偽りの名声を護るため。
「だけど、残念だったなアルヴィン。お前が隠したかったその醜い過去も、今の無様な姿も、もう隠し通せる場所なんて無いんだよ」
俺は画面をスクロールし、次のトラップを選択する。
酸の沼はただの前座だ。
「さあ、お次は『転送トラップ』だ。お前たちの逃げ道を塞いで、この迷宮の特別ステージへご案内してあげるよ」
指先一つで、画面の向こうの空間が静かに歪み始めた。
世界中が見守る中、偽りの英雄たちの本当の絶望が、ここから加速していく。




