第1話 奈落の鑑定士、神の視点(配信)で世界をジャックする
「お前のような無能な鑑定士が、これまでSランクパーティに居られた理由を教えてやろうか」
ぬかるんだ地下迷宮の第50階層。血と泥にまみれた俺を見下ろしながら、勇者アルヴィンは酷薄な笑みを浮かべた。
彼が率いるエリートパーティ『天上の凱歌』は、国からの莫大な支援金を受けながら、裏では放蕩の限りを尽くしていた。
そのツケが回ったのだろう。アルヴィンが俺の顔の前に突きつけてきたのは、見覚えのない一枚の羊皮紙だった。
「総額100億ゴルド。俺たちが遊んだ借金の連帯保証人に、お前の名前を書かせてもらった」
「なっ……ふざけるな! 俺はただ罠の解除と鑑定を押し付けられていただけだ! そんな契約、無効に決まってる!」
「無効? バーカ、お前はこの未踏破領域で、俺たちを庇って名誉の戦死を遂げるんだよ。借金だけを背負ったままな」
アルヴィンの合図で、巨漢の戦士が俺の背後から両腕を拘束する。
聖女と呼ばれる女は、口元を扇子で隠しながらクスクスと下劣な笑い声を上げていた。
誰も俺を助けない。俺の鑑定スキルで数え切れないほどの死地を切り抜けてきたというのに、奴らにとって俺はただの『便利な使い捨ての道具』でしかなかったのだ。
「さあ、英雄のための素晴らしい踏み台になってくれ。死ねよ、ゴミムシ」
アルヴィンが蹴り上げたブーツが俺の腹に深くめり込む。
「がっ、ぁ……!」
そのまま後方へ吹き飛ばされた俺の体は、底が見えない奈落の大穴へと真っ逆さまに落ちていった。
落下する中、上から聞こえてきたのは、ゲラゲラと腹を抱えて笑うかつての仲間たちの声だった。
冷たい風が全身を打ち据え、やがて強烈な衝撃と共に、俺の全身の骨が砕け散る音が響いた。
痛い。苦しい。悔しい。
血を吐きながら、俺は暗闇の中で必死に手を伸ばした。
(このまま終わってたまるか……あいつらだけは、絶対に許さない……!)
その時だった。俺の血に呼応するように、奈落の底で青白く輝く巨大な結晶石が脈打った。
『ーー生命活動の停止を予測。適合率99パーセント。固有スキル【超鑑定】と【ダンジョンコア】の強制リンクを開始します』
脳内に直接、機械的な音声が響き渡る。
直後、俺の脳内に膨大な情報が濁流のように流れ込んできた。
迷宮の構造、魔物の配置、罠の仕組み。それらすべてが、俺の【超鑑定】スキルと結びつき、手に取るように理解できる。
『リンク完了。管理者権限を譲渡。ボーナススキル【全世界強制配信】を獲得しました』
砕けたはずの骨が、一瞬にして修復されていく。
ゆっくりと立ち上がった俺の視界には、もはや薄暗い奈落の光景はなかった。
迷宮のすべてを俯瞰できる、全知全能の立体マップ。
そして目の前には、空中に浮かぶ半透明のディスプレイが展開されていた。
そこには、俺を突き落として意気揚々と引き返していくアルヴィンたちの姿が、複数のカメラアングルから鮮明に映し出されている。
「ははっ……なるほどな。俺がこの迷宮のルールになったってわけか」
喉の奥から、低く、暗い笑い声が漏れた。
俺は虚空に浮かぶ【配信開始】のボタンへ、ゆっくりと指を伸ばす。
「さあ、世界中のみんな。お茶の間の準備はいいか?」
ポチリ、と。
その瞬間、世界中に存在するすべてのスマートフォン、街頭ビジョン、魔道具のスクリーンが、一斉にジャックされた。
画面に表示されたタイトルは一つ。
【Sランク勇者『天上の凱歌』の真実。クソゴミどもの公開処刑ショー、開幕】
何事かとざわめく世界の反応を裏付けるように、画面の端で視聴者数のカウンターが爆発的な勢いで跳ね上がっていく。
俺はモニター越しに、何も知らずに歩くアルヴィンの背中を見据えた。
「まずは手始めに……お前らが一番自信を持ってるその装備、全部ドロドロに溶かしてやるよ」
俺は管理者権限を行使し、彼らの進行ルートに『酸の沼』と『転送トラップ』を仕掛けた。
底辺から這い上がった鑑定士による、最高にスカッとする復讐劇が、今ここから始まる。




