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不可侵領域  作者: 時宮のシロ


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7/7

まさるの父親

 ──大学一年生の春の日。

 古びた都営団地。まさるの家。

 大学帰りにお互いリュックを背負い、親しげに話している、まさるとはるみ。


 玄関ドアの前でまさるが、はるみに振り返る。


「俺も、家に友達泊めるの初めてなんだ。」


 照れたように笑うまさる。

 はるみは嬉しそうに笑顔を返す。


「はるみの家と違うけど、うちもきれいにしてあるよ。」


「楽しみ。まさるの部屋で一緒に寝るの?」


 まさるは頷く。


「布団ないから、雑魚寝になっちゃうけど。」


「構わないよ。すごく楽しみ。」


 はるみの言葉に安心して、まさるは玄関を開ける。


「ただいまー。」


 静かな室内。

 まさるは入って靴をサッと脱ぎ、はるみを振り返る。


「入って。」


玄関に、まさるの清潔なスニーカーと、ひしゃげたサンダルが並んでいる。


「うん。おじゃまします。」



まさるの私室。

六畳の和室には、古い学習机と色褪せたカーテン。

まさるが窓を細く開けると爽やかな風が吹き込み、カーテンをパタパタとはためかせた。


「荷物ここに置いて。居間においでよ、コーヒーがいい?」


「うん……。」


はるみはまさるに声で返事を返しながら、隅々までまさるの部屋を眺める。

まさるがキッチンに歩いて行く。

はるみは、古い学習机に残るシールや落書き、本棚などに丁寧に視線を這わせる。



はるみがまさるに呼ばれて、静かな居間に入る。


まさるがインスタントコーヒーに沸いたお湯を注いでかき混ぜる。


「はるみ、砂糖と牛乳どうする?」


「俺ブラックがいいな。」


はるみは居間を見渡す。

明るく、片付いた居間。

掃き出し窓からは風がそよそよと吹き込み、カーテンを静かにためかせている。


まるで長いこと、保存されてきたような家具や小物たち。

カレンダーだけが、居間で新しいものに感じる。

まさるはダイニングテーブルの椅子を引く。


「ここどうぞ。はい、コーヒー。」


まさるははるみの向かいに腰掛け、はしゃいだ様子で家のことを話す。


「雑魚寝は、布団が一組しかないから……。」

「俺は、得意なのはカレーしかなくて……。」

「風呂は古いけど、綺麗にしてあるから……。」


はるみもはしゃぎそうになりながら耳を傾けていると、静かに年配の男が居間に入ってくる。


「お父さん、はるみだよ。友達が遊びに来てくれたんだ。」


まさるの父親ははるみを見て、小さく頭を下げる。


「いらっしゃい。ゆっくりしていってね。」


父親はそのまま居間に置かれた仏壇の前に行き、線香を上げて置かれた鈴を鳴らす。

合わせられる父親の両手。


「お父さんはいつも、同じ時間にお母さんにああするんだ。」


まさるは小さくはるみに囁く。


祈りを終えた父親にはるみが声をかける。


「俺もやらせてください。」



夜。

小さな居間に、カレーの匂いが満ちている。

食卓には、古ぼけた大鍋いっぱいのカレーと、ご飯が盛られたそれぞれの皿。


はるみの賑やかな声と、まさる、まさるの父親の笑い声が室内に響く。

まさるは嬉しそうにはるみと父親を交互に見て、カレーを食べ進める。

まさるの父親は、軽快なはるみのお喋りに耳を傾ける。


「それで、俺だってまさかと思ったんだですけど……。」


ははっと若々しく笑う父親。

一緒に笑うまさる。


しばらくして、父親はカレーの皿を持って立ち上がる。


「じゃあ、俺は続きは部屋で食べるよ。」


「お部屋で?」


聞き返すはるみに、父親はひひひっと嬉しそうに笑う。


「これは母さんのカレーだから……。」


まさるの父親は、微笑みながら居間を出ていく。


父親を振り返って見送るはるみに、まさるがポツリと言う。


「父さんは、自分の部屋で、母さんと過ごしたいんだ。」


はるみはテーブルに向き直って、カレーを食べる。


「まさるのお父さんって、お母さんの話の時だけ、笑い方変わるよな。」


はるみが見た、顔も喉の引き攣らせ、痛そうに笑う父親の様子。

まさるは頷いて、苦笑いする。


「お父さん、お母さんのこと今でも大好きなんだ。」


「すっげぇカッコイイ。俺もそれぐらいになりたい。」


はるみの言葉に、まさるは胸を膨らませて息を吸う。


「俺も、そう思ってる──!」

本作は『仁王立ちヒーロー』(まさる視点)と対になる作品です

『仁王立ちヒーロー』はこちら

https://ncode.syosetu.com/n0451md/

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