まさるの父親
──大学一年生の春の日。
古びた都営団地。まさるの家。
大学帰りにお互いリュックを背負い、親しげに話している、まさるとはるみ。
玄関ドアの前でまさるが、はるみに振り返る。
「俺も、家に友達泊めるの初めてなんだ。」
照れたように笑うまさる。
はるみは嬉しそうに笑顔を返す。
「はるみの家と違うけど、うちもきれいにしてあるよ。」
「楽しみ。まさるの部屋で一緒に寝るの?」
まさるは頷く。
「布団ないから、雑魚寝になっちゃうけど。」
「構わないよ。すごく楽しみ。」
はるみの言葉に安心して、まさるは玄関を開ける。
「ただいまー。」
静かな室内。
まさるは入って靴をサッと脱ぎ、はるみを振り返る。
「入って。」
玄関に、まさるの清潔なスニーカーと、ひしゃげたサンダルが並んでいる。
「うん。おじゃまします。」
まさるの私室。
六畳の和室には、古い学習机と色褪せたカーテン。
まさるが窓を細く開けると爽やかな風が吹き込み、カーテンをパタパタとはためかせた。
「荷物ここに置いて。居間においでよ、コーヒーがいい?」
「うん……。」
はるみはまさるに声で返事を返しながら、隅々までまさるの部屋を眺める。
まさるがキッチンに歩いて行く。
はるみは、古い学習机に残るシールや落書き、本棚などに丁寧に視線を這わせる。
はるみがまさるに呼ばれて、静かな居間に入る。
まさるがインスタントコーヒーに沸いたお湯を注いでかき混ぜる。
「はるみ、砂糖と牛乳どうする?」
「俺ブラックがいいな。」
はるみは居間を見渡す。
明るく、片付いた居間。
掃き出し窓からは風がそよそよと吹き込み、カーテンを静かにためかせている。
まるで長いこと、保存されてきたような家具や小物たち。
カレンダーだけが、居間で新しいものに感じる。
まさるはダイニングテーブルの椅子を引く。
「ここどうぞ。はい、コーヒー。」
まさるははるみの向かいに腰掛け、はしゃいだ様子で家のことを話す。
「雑魚寝は、布団が一組しかないから……。」
「俺は、得意なのはカレーしかなくて……。」
「風呂は古いけど、綺麗にしてあるから……。」
はるみもはしゃぎそうになりながら耳を傾けていると、静かに年配の男が居間に入ってくる。
「お父さん、はるみだよ。友達が遊びに来てくれたんだ。」
まさるの父親ははるみを見て、小さく頭を下げる。
「いらっしゃい。ゆっくりしていってね。」
父親はそのまま居間に置かれた仏壇の前に行き、線香を上げて置かれた鈴を鳴らす。
合わせられる父親の両手。
「お父さんはいつも、同じ時間にお母さんにああするんだ。」
まさるは小さくはるみに囁く。
祈りを終えた父親にはるみが声をかける。
「俺もやらせてください。」
夜。
小さな居間に、カレーの匂いが満ちている。
食卓には、古ぼけた大鍋いっぱいのカレーと、ご飯が盛られたそれぞれの皿。
はるみの賑やかな声と、まさる、まさるの父親の笑い声が室内に響く。
まさるは嬉しそうにはるみと父親を交互に見て、カレーを食べ進める。
まさるの父親は、軽快なはるみのお喋りに耳を傾ける。
「それで、俺だってまさかと思ったんだですけど……。」
ははっと若々しく笑う父親。
一緒に笑うまさる。
しばらくして、父親はカレーの皿を持って立ち上がる。
「じゃあ、俺は続きは部屋で食べるよ。」
「お部屋で?」
聞き返すはるみに、父親はひひひっと嬉しそうに笑う。
「これは母さんのカレーだから……。」
まさるの父親は、微笑みながら居間を出ていく。
父親を振り返って見送るはるみに、まさるがポツリと言う。
「父さんは、自分の部屋で、母さんと過ごしたいんだ。」
はるみはテーブルに向き直って、カレーを食べる。
「まさるのお父さんって、お母さんの話の時だけ、笑い方変わるよな。」
はるみが見た、顔も喉の引き攣らせ、痛そうに笑う父親の様子。
まさるは頷いて、苦笑いする。
「お父さん、お母さんのこと今でも大好きなんだ。」
「すっげぇカッコイイ。俺もそれぐらいになりたい。」
はるみの言葉に、まさるは胸を膨らませて息を吸う。
「俺も、そう思ってる──!」
本作は『仁王立ちヒーロー』(まさる視点)と対になる作品です
『仁王立ちヒーロー』はこちら
https://ncode.syosetu.com/n0451md/




