ドライヤーを当てながら
背中の空いた意匠が、少女に宿る艶めかしさを強調する。
大浴場から直行したであろうことは、想像に難くない。
「まったく、しょうがない……」
嘆息したテテュスは、彼女を化粧台に座らせる。魔力を送りドライヤーを起動。温風を送り、ノーラにしてやったようにブラシで梳る。
配属当初からカルシラは時々、世話を焼いてもらいに訪れていた。普段はどうしているのか訊くと、
『ん。まあ、その辺はテキトーにね♪』
悪びれることなく、あっけらかんと。最初の内は生活力がない奴かと危惧したが、最近は違う見方もできるようになった。
(気を遣ってくれているのだろう……)
恐らく彼女は、こうして自分に世話を焼かせることで人となりを知ろうとしてくれているのだろう。
(賢い子だ)
これまでの演習を見る限り、同僚から「上に媚びるのが上手い奴」と、そう見なされてはおらず安堵した。
「ん~っ 隊長、上手♪」
「はいはい……」
満面の賛辞に肩を竦める。ノーラに毎晩やってあげてるので、いい加減慣れた。それと、褒められて悪い気はしない。
殺傷能力の低い一部の術式は民間にも提供されている。結果、こうした便利な道具が巷間に普及する。民間への術式普及による平和的利用が、こんな形で結実するならテテュスとしても大歓迎だ。
ブラシをかける際、野太い巻き角に引っかからないように注意を払う。それだけを見れば、彼女は有角人。
だが彼女もまた淫魔族で、背中の開いた寝間着から蝙蝠羽と鏃の尻尾が顔を覗かせていた。
魔界との境界に近いこの辺境ではカルシラのような混血は珍しくない。魔王討伐後、幾度も繰り返された侵攻に肉壁として捧げた血の献身が、肩を並べた記憶が今の同居を支えている。
偏見は残るが、少なくとも今夜ここに流れるのは穏やかな時間。髪を吹き流す風の音だけが部屋に響く。
「ねぇ、隊長。ここって、ペット可なんですか?」
髪が乾いたカルシラは未だに退室せず、床に寝転がるリョースを撫で回していた。
「違う。それは子機だ」
精巧に作られているので、初見で気付けないのも無理はない。技術の高さに少し、偏執さを感じることもあるが。
カルシラが知らないのも無理はない。軍は幼精の運用に対し神経質になっているため、演習中は使用厳禁。それに、テテュス自身も今まで説明してなかった。
「へーっ じゃあこの子、パルウルスなんだ。なんだか人懐っこいねぇ♪」
嬉々として愛玩するカルシラに、ノーラも参戦。二人は魔族の血を引く者同士、軽く雑談を交わす仲でもあった。
「きゅう♪」
(誰にでも甘える訳じゃないだろうな……?)
テテュスの態度が素っ気ない分、リョースは彼女たちに甘えているようだ。節操の無さに少々、眉根が吊り上がる。
「それはそうとカルシラ。明日までのレポートはどうなっている?」
彼女たち新兵に課したのは、翼獣の生態と飛行特性に対する飛翔鎧での戦術的アプローチについて。
「でも隊長。この辺でグリフォンって、遭わなくないですか?」
以前出したレポートで、魔物の生態分布が頭に入ってるようで何より。 そこを褒めると、彼女は饒舌になる。
「哨戒任務で遭遇するのは、主に怪鳥系の魔物なんですよね?」
その通り。故にテテュスは、大怪鳥や骸骨鳥に対する場合の思考実験はすでに提出させていた。
だが、任務で戦う事になるかは、さして重要ではない。課題の要諦を理解していないようなので教えてやる。
「大事なのはカルシラ。お前たちが飛翔鎧の特性を、完全に理解することだ」
「セラフィムが、どういう兵器かってことですか?」
テテュスは首を縦に振る。何ができて、何ができないのか。得意不得意を頭に叩き込むのは、比較対象があると分かりやすい。今回のレポートも、そのためのもの。
「お前が駆るヴェヴロフトにできないことは?」
主に三つ。投げられた問いに虚空をにらむが、答えは書いてない。
「急加速、急反転。それと――――なんだっけ?」
指折り数えるも、最後の一つが思い浮かばない。
「急制動だ。それ故、翼獣を想定する」
翼獣は急制動に加て、空中での格闘戦に長けることも付け加えておく。
「へぇ~。単なる嫌がらせじゃないんですね♪」
「なっ――」
無邪気に笑うカルシラに絶句。
「アハハっ わかってますって、そのくらい♪」
「お前なぁ……」
冗談なのは百も承知だが、どうしても口元が引き攣る。
『だって。どういう風に考えたらいいかなんて、教わってませんし』
部下の反駁を受け、一理あると思ったテテュスは期限三日のレポート提出を毎回指示した。ちゃんと、考え方も身につけてもらうために。
自分の時は中隊長に毎日提出を義務付けられていたが、さすがに無茶でしかないので期限を延ばした。
幼少期からの圧倒的な読書量があればこそ、テテュスは課題をこなせた。
添削して返却しつつ、鋭い着眼点などは抜き出して日記に書き留めることで自分の勉強にもなるので、個人的に結構気に入ってもいた。それを悪し様に捉えられるのは心外だった。
『やはり、テテュス様はコミュ障ですね』
リゼによる、先日の毒舌が頭を過ぎり、湧き上がる怒りへ冷や水を浴びせる。ここで感情のままに怒っては、それこそコミュ障だ。
(ちゃんと、感情は言葉に出さないとな)
でなければ、相手に伝わりようがない。ミレイユの言う通り、テテュスは心に決めた。
「私もそこまで暇じゃない。いいか、知識とは強力な武器だ。それを使いこなせるようになれば――――いや、違うな……」
口に手を当て顔を逸らす。そうではない。今、云うべき言葉は別にある。頭をひねってそれを探す。深呼吸して気持ちを整える。
「――――私は、お前たちに死んで欲しくない。生存の確率を上げるために、様々な課題を出しているに過ぎん」
真顔で見詰めると、赤毛の少女は狐につままれた表情を浮かべる。
しかしすぐに破顔して、
「うん、わかった♪」
カルシラは頬を朱に染めた。その様子にノーラが目を細めていた。
「それで? 隊長は、どうして呼び出し食らったんですか?」
司令部に。テテュスのベッドに腰掛け、微笑を湛えながら組んだ両手に顎を乗せる。嬉々とした様子を見せるも、瞳に宿る色は真剣そのもの。
秘密裏に王子の護送という任務の性質上、司令部が吹聴したとは考えにくい。出頭の際、基地内に放送された様子もなかった。
「誰がそんな事を?」
噂の出所を、知る必要がある。暴走事故を隠蔽しようとした司令部に対し、基地全体に出頭の事実が周知されているのは不自然だ。
「みんな噂してましたよ。それに、最新鋭機に乗ってるのを見たって人も居ましたし」
「ああ。アレか……」
鳶色の軍服の中で、紅白の強化服はかなり目立つ。そんな姿で闊歩すれば尚更だ。自身の髪色も、注目を集めた要因だろう。
「テテュスさまは、多くの人をすくったんです!」
瞳を輝かせて力説するのは、隣に座るノーラ。
約束した手前、話さない訳にもいかない。仕方ないので二人の隣に座り、内容をかいつまんで説明する。
「そんなっ せっかく人助けしたのに……」
瞳を揺らし、悔しげに語るのはノーラ。そんな彼女の頭を、テテュスは優しく撫でる。
「もし仮に降格処分だったら、分隊はどうなるんですか?」
一方、カルシラは冷静だ。今後に懸念を示す辺り、現実主義でもある。
「まあ、解散だろうな」
「そんなの、おかしいです……っ」
少女は拳を握り、肩を震わせた。その姿がいじらしく、抱擁で義憤を包み込む。
「ありがとう、ノーラ。だが、心配ないさ」
言い聞かせるように、優しく囁く。
「ホントに、大丈夫なんですか?」
カルシラは怪訝に首を傾げる。
未然に墜落地点を逸らし、多くの住人を救った。それを根拠に大丈夫だと、テテュスは答える。
「ああ。だから、レポートは忘れるなよ?」
分かっているな。真顔で念を押せば、半魔の少女は途端に苦笑を浮かべた。
「なーんだ。心配、要らなかったみたいだねー」
盛大に溜め息を吐きながら、カルシラはベッドから立ち上がる。扉の方へ歩み寄り、振り向くと彼女は嬉しげに目を細める。よかった、と。
「――まあ。気持ちだけは、受け取っておく。ありがとう……」
まさか、部下に心配されるとは。隊長として己の不明を恥じるしかないが、それでも感謝の表明はしておく。羞恥から目を逸らしてるので、不格好なのは自覚していた。
「どういたしまして♪」
また後で。退室間際に挨拶を交わすと、沈黙が部屋に訪れる。
「さて。明日も早いからな」
「はい♪」
答える少女の頭を撫でると、喜色を弾けさせた。
それから、夜の点呼までは部下たちのレポートを添削しながら日記を付ける。
就寝前の点呼が終わると、軽い読書をしてから布団に入った。




