招かれざる客
正直、最初から勝算はあった。幼精と自身の並外れた魔力。それがあれば、状況を打開できると踏んで独断専行した。
高官たちはにわかに騒然となる。それもその筈、軍では彼ら神性霊媒の運用方法が未だ確立されてない。研究当初に起こった暴走事故が元で、現在もタブー視されていた。
反対に、神殿が抱える聖騎士団では研究が進んでおり、実際に運用している。
軍からの委託、という面もあるらしい。
「神性霊媒の運用など……」
「ただの博打ではないか」
それでも幼精への拒否反応からか、高官たちの間で密やかに交わされる心無い言葉。リョースを部屋に置いて来て正解だったと、テテュスは冷ややかな視線で部屋を睥睨した。
「精神汚染のリスクは、対策を講じた上で運用しています」
だから問題ない。定期的な精神鑑定の結果も、軍医が持っている。健常であると、太鼓判を押して。
「中尉。貴様、随分と尊大ではないか?」
忌々《いまいま》しげに吐き棄てる。その台詞に、部屋の空気が冷える。
「根拠を提示し、実際に結果を出したまでです」
勘違いも甚だしい。将官の苦言に弁明すると、彼はますます不機嫌になった。
「それでは閣下。私からも質問しても宜しいでしょうか?」
「よかろう。何だ?」
周りの人間が声を発するよりも早く許可を出す。さすがは武功で勇名を馳せた猛将。他人の呼吸を読んでいた。
「王子殿下が登場していた、飛翔型とも言うべき機体について――」
言い終らぬうちに一人の佐官がいきり立つ。
「一介の巫女風情が――」
「止めよ」
制止を促すのは基地の主。ジロリと睨めば佐官はビクリと肩を震わせ、謝罪を口にしながら席に着く。
将軍は眉根を動かし「ふむ……」と、黙考した後に改めてテテュスに向き直る。
「中々いい線だ中尉。左様、あれは飛翔型竜機兵。我が軍で極秘裏に開発されている最新鋭機だ」
飛翔型。テテュスは頭の中で、その単語を繰り返す。
重厚な装甲を防御結界に守られた鋼の巨人が、火砲を弾雨の如くばら撒き空を占拠。その光景は考えただけで恐ろしく、深い戦慄が脊椎を駆け抜けた。
(戦場が変わるな。間違いなく)
そう確信するには十分な情報を今日、目の当たりにした。心がそれに追いついているかは疑問が残るが。
チラリと隣を盗み見れば、ミレイユが優しげに微笑む。彼女は祖父から事情を聞かされていたようで、幼馴染を気遣えるくらいには余裕を見せていた。
頼もしく思う反面、妹扱いされてるみたいで反抗心が芽生える。
「極秘計画は去年から始動し、今月末が刻限だ。未達なら予算は即時凍結、スマド《特別魔導技術研究開発戦略室》も解散となる」
だからこそ、功を焦った王子が自ら搭乗して結果を出そうとしたのだろう。将軍はそう結論付けた。
「もっとも。殿下が目を覚ますまでは、詳細な事の真相は解らぬままであるがな」
蓄えた顎髭を撫でながら締め括る。
「よろしいのですか?」
軍事機密を明かして。疑問を投げ掛けるのはカルネウス少佐。褐色の森人である彼とは、何度か任務で一緒になったから覚えている。
周囲からも、懐疑の視線が将軍に注がれる。それでも当人はどこ吹く風。歴戦の勇将は泰然としていた。
「良いも悪いも、既に見られたのだ。火消しに逸っても無駄だ」
隠し切れるものではない。老将は肩を竦める。
「まるで、失敗を前提にしているかのような取り決めでは?」
湧き上がる違和感にテテュスは訝しむ。開発期間が一年で失敗すれば即打ち切り。これでは、成功させる気が無いと言っているようなものだ。
「だが決定事項である以上、覆ることは無い」
片手で顎を支えるゲズゴールは、隻眼を細める。遠くに投げた視線には、僅かに憐憫の色が宿る。向けられているのが搬送された少年であろうことは、なんとなく解った。
大人の都合に振り回され、いたいけな少年が冷遇される。
テテュスは幼少の頃の自分と重ねずには居られない。
「失礼します」
ノックの直後、入って来たのは硬質な声。振り返ると、眼差しに怪訝を浮かべた。
コトコヴァ少佐。テテュスの上官に当たる彼女は、額から真っ直ぐ伸びる角を持つ鬼人の長身女性。
「何の用だ? 少佐」
将軍が先んじて尋ねる。長身の女性士官は臆する様子もなく、凛とした様子で口を開く。
「アハティアラ中尉の今回の命令違反について、司令部はどのような措置を取るお積りなのでしょうか?」
反論はない。部屋の中には沈黙が流れる。重苦しい静寂の中、コトコヴァ少佐の声だけが響いた。
「命令違反で王子を救出したことを称賛し、神殿勢力を増長させることがお望みなので?」
テテュスを一瞥する視線には、敵意すら滲んでいた。面白くないと感じるのも無理はない。自分は所詮、神殿から出向してるだけの巫女。軍からしてみればただの外様。
そんな人間が命令に反して立てた功績を称えられるのは、組織内での不和を生み出しかねない。
(部外者なのだな、私は……)
どれだけ戦場を共に翔けようとも。諦観するテテュスは、上官の弁舌を傍観する。
「我が隊では、アハティアラ中尉の優遇に不満を募らせるものが大勢居ます。これでは士気に関わる」
舌鋒鋭く論じられては、お歴々も閉口せざるを得ない。軍隊において士気は、何よりも重視されるからだ。
普段の従順な任務遂行よりも、数回の独断専行に評価の比重を置かれる。糾弾に抗するするための言葉を持たない、自身の浅学さが悔やまれた。
非常時に活動することが想定されている軍は、その時にこそ忠実であることが求められる。テテュスの称揚を否定するのはある種、組織人として正しい在り方だと、テテュスですら感じていた。
それから彼女は、テテュスのこれまでの任務での振る舞いを語る。
敵に対しては命令も聞かず、問答無用で吶喊。それを何度も繰り返した。
そういった行為は戦巫女時代からの悪癖で、それが目に余るから軍に出向させられた。
改善が一向に見られないので、コトコヴァ少佐はテテュスを尉官研修に派遣した。
「ですが。中尉の地位を得ても矯正は叶わず、今日の演習を見ても、部下との連携が取れていませんでした」
「…………」
そこを突かれては、テテュスも反論できない。
「――以上の事から本官は、アハティアラ中尉の降格処分を進言します」
研修後、自らの行動を改める事もなく命令違反。弁明の余地はない。少なくとも部隊長の人は解くべき。中隊長殿は冷徹だった。
彼女の言葉に司令部がざわつく。糾弾すべきか否か、答えに窮していた。
妥当な判断だと、テテュス自身も感じていた。
過去の任務で、中隊全体に迷惑を掛けた事実は変わらない。処分など、最初から覚悟の上。部下たちを下がらせたのは、非難されるのを自分だけにするためだった。
「失礼ですが将軍閣下――」
「弁えたまえ中尉。越権行為だぞ?」
抗弁しようとするミレイユを遮るのはカルネウス少佐。
沈黙が訪れ、少佐は眼鏡を直しながら言葉を継ぐ。
「独断専行とはいえ、王子を救ったのは事実。国家機密保持や実験データの回収から見ても、この功績は大きい。そこで私は、司令部に穏当な処置の検討を提案致します」
「少佐……」
ミレイユが安堵の声を漏らす。しかし、コトコヴァ少佐は彼の提言を鼻で笑う。
「所詮、結果論ではないか」
「そうだ。軍隊は常に、結果にこそ評価の比重が置かれる」
奮戦したが基地は陥落した、では。話にもならない。
「相分かった」
重苦しい言葉が室内に反響。ゲズゴール将軍の遠雷の如き声が、静寂を呼び覚ます。まるで、それ以上の議論を打ち切るように。
「今回の件については、追って伝える。中尉、何か言いたいことは?」
水を向けられ、思い浮かぶのは部下三人の顔。
「はっ 私個人の資質が問題ならば、厳罰とて甘受いたしましょう」
暗に「部下には手を出すな」と伝える。
予定調和だ。異論など、最初から無い。自分が煮え湯を飲むことで、全てが丸く収まる。部下に糾弾も波及しない。
将軍が鷹揚に首を縦に振ると、脇に置いていた指揮杖を持ち上げ、机に一度だけ打ち付けた。
「話は、ここまでとする」
解散に伴い、真っ先に退室を言い渡された。踵を返す際、カルネウス少佐の険しい表情が瞳に映る。わざわざ心を砕くなんて、生真面目な方だ。自分の事ながら、不謹慎にも微笑ましく感じてしまった。
「テテュスちゃんっ⁉」
部屋を出る間際。振り向けば、ミレイユは一歩踏み出しかけて拳を握ったまま止まる。視線だけが「まだ終わらせない」と告げていた。
「だから、ちゃん付けは止めろ」
微笑を返すと、彼女は踏み止まる。それでいい。
軍属巫女は今度こそ司令部を後にした。口元をきつく引き結んで。
廊下の風が、冷たい指先で頬を撫でた。




