真紅の風
朝餉の香りが食欲をそそる朝の食堂。テテュスは颯爽と突き進む。
昨日の求婚から一夜明け、テテュスは朝一番にパーシオ中尉に言い放つ。
「いいでしょう、パーシオ中尉。もし私に勝った場合、父母を説き伏せてでもアナタの伴侶として一生尽くすことをこの場で誓いましょう」
聞いていた周囲の男共が声を上げて色めき立つ。しかし、話はまだ終わってない。
「ただし、私が勝った場合。二度と私に近付かないでもらおう」
自分の都合を一方的に押し付けてくる輩と、交わす言葉など無い。
「楽しみにしてます」
それだけ伝えると、すぐさま踵を返してその場を後にした。
テテュス。下の名を呼ばれても振り返らない。
その後、演習直前の更衣室では少女たちが閉口したまま準備していた。
緊張をほぐす意味でも、テテュスは大きく手を鳴らす。ビクッと肩を震わせ、少女たちは視線を向けた。
「案ずるな。いつも通りの動きをしていれば勝てる」
お前たちには、それだけの事を教えて来た。自身を持てと諭す。
「隊長……」
安堵するように少女たちは顔を綻ばせる。
だから――
「殺す気で殺れ」
発破には武者震いで応えてくれた。
本当に、頼もしい限りだ。
〇 〇
兜の内に、汗と鉄がこもる。白檀の香りはもう遠い。呼吸がうるさく反響した。
雲が輝く薄曇り。天津風の鋭い流線形が風を切り裂く。
眼下には四機の竜機兵。十メートルを超す巨躯が、地を踏みしめる度に演習場を震わせた。駆動音は雷鳴にも似て、空気に重みが伝わる。鋼鉄の咆哮が呼吸をかき消す。
「行くぞ……ッ」
また仕掛ける。脚部の推進器から火炎魔法を噴射。高空から一気に急降下。噴射口が吼え、炎が輝く。紅蓮で軌跡が空を染めた瞬間、全身が恐怖を越えて静まり返る。
テテュスが舞う様は、まさに天空の巫女。刀を手に、炎の神楽で大気を焦がす。
接近を阻む対空砲火など、眼中にない。鋼の翼で軽やかに遊弋し相手に肉薄。
盾役は鈍色の巨体と重量に反し、機敏な動きで肩部の大型装甲で頭上に防御を展開。駆動系が咆哮を上げ、大太刀を堰き止める。
重鋼の盾が受け止めた瞬間、空気が軋んだ。斬撃魔法と防御結界。術式同士が悲鳴を上げ、発散する紫電が視界を染める。切っ先を逸らして逸出すれば一拍。音が消えた。次の瞬間、防御結界越しに火砲が背を撃った。
「――――ッ」
振り向けば、更なる砲火が閃く。背中に冷や汗が噴き出し、咄嗟に緊急回避。魔法の爆炎で急上昇。限界を超えた機動で焼け付く痛みが関節に突き刺さる。
爆煙を抜けると、砲口で睨む灰色の砲兵、支援機の奇襲だったと気付く。まんまと挟撃された。
背中の可変翼で姿勢を立て直すと、居並ぶ鉄巨人たちから距離を取る。耳を聾する機巧の轟音も、今は遠くに聞こえた。
「チィッ……」
高みから相手を見下ろし舌打ち。時計回りで演習場を旋回。大した損害も与えられず、大地に立つ鋼鉄の威容は未だに健在だ。
「硬過ぎて嫌になる……ッ」
相変わらず忌々しい。兜の下で顔をしかめ、鋭い視線を相手陣営に突き刺した。
<隊長~、生きてますか~?>
<いい加減にしなさいよアンタ>
<そぉだよぉ~>
溌溂とした声を、他の二人がたしなめる。
舞風を駆る新兵たちには五合まで様子見をさせていた。
戦闘中の滞空は戦意喪失と見なされるので、航行したまま念話で通信。
「感想を、聞かせてもらおうか?」
通信越しに尋ねる。別に独力で勝つ気はない。自分の戦いぶりを見せて範となり、その上でどう倒すかを考えさせるのが狙いだ。魔法による砲撃は来ない。消耗した彼らにはもう、無駄弾を打つ余裕はなかった。ただ万一に備え、地上を視界に捉え警戒は怠らない。
<はいはいっ 直掩のヴェルンダリが邪魔!>
あと硬過ぎ。カルシラの不満は当然だった。大型装甲を両肩に懸架する雄姿は謂わば重鉄の盾。砲撃すら通じにくい。
四機の竜機兵は、砲撃と防御にそれぞれ特化。戦術的に最も厄介なのは盾役。
重装甲で見た目もゴツく、肩から膝下までを覆う大型装甲は、大きさも相まって搭載できる防御結界の規模も破格。伊達に守る者と銘打たれてない。
<それと、ビズィルの――>
「散開ッ!」
一体の盾役が跳躍。鈍色の巨体が空間を潰す。
<テテュゥゥゥゥゥゥゥゥス!!>
パーシオ中尉だ。背部の砲門二つと手にした銃から炎弾がバラまかれる。それ以外にも対空砲火が地上から。予期せぬ強襲。相手もリスクを背負い勝負を懸けて来ているのが解る。
<俺の滾る想いを喰らえッ!>
「誰がッ⁉」
悪態をつきつつ後方確認。奇襲を脱した部下たちは灰色の支援機が構える長砲におびえながらも、指示通りに散開していた。
「事前の作戦通り、波状攻撃で行く。私に続けッ!」
<逃がすかッ⁉>
鋼の獣咆と背後からの執拗な砲撃が動揺を誘う。胸に燻ぶる焦燥を押し殺し、砲口を向ける砲兵の元へ右側面から急降下。
早く倒さなくては。逸るその気持ちを奥歯で噛み潰す。心身を圧迫する質量には恐怖を覚えた。けれど、
(負けるものか……っ)
恐怖への反抗が、彼女をさらに速く動かした。
空を燃やす対空砲火。視界を焼灼する砲弾を、専用の大太刀『リョースビトル』が放つ斬撃魔法【光刃】の斬閃で相殺。閃く炎の中に血路を開く。狙いは盾役。
「切り刻め、【アウルスヴァンディル】!」
鍔の装甲が六つ、花のように空へ散る。装甲先端に魔法の剣刃が灯り、テテュスの魔力誘導に従って縦横無尽に空を翔ける。
「行くぞッ!」
膨大な魔力が体内を駆け巡り、兜の中でテテュスの髪が銀色の光を放つ。
身を挺す近接仕様のヴェルンダリ。
狙い通り。瞳を獰猛に光らせ推進器を噴射。紅焔が機体を灼熱の風へと変た。
接近に伴い相手のサブアームが展開。テテュスは担いだ大太刀で相手の頭上を薙ぎ、双剣と火花を散らす。即座に翻身。四肢を躍動させ相手の足元に潜り込むと、|一瞬で視界を塞ぐ白亜の大楯。【光刃】を展開して矛を交え、紫電が散華。
「オオオオオオオオッ!」
気炎を吐けば呼応した魔力が術式を満たし、機体が応えた。噴射口の火焔が猛る。
矛と盾が鬩ぎ合う中。分離した装甲が煌めく刃で四方から斬り刻む。迎撃せず殻にこもるのは悪手。今だ。部下たちに叫ぶ。
<隊長ーっ いっくよー!>
<墜ちろ!>
<お、落ち着いて……>
即座に急上昇。軋む身体の悲鳴を咬み殺す。装甲の上を滑り、放たれた火線と入れ替わる。相手は結界の障壁を最大展開。
だが、数発も喰らえば撃墜判定が入る。ズシン、と地の底から響く一撃。竜機兵が膝をつくと、大地が息を詰めるように沈む。震動が頬に伝わってくるようだ。
<やったあ♪>
<よしッ>
通信越しの黄色い歓声。浮かれているのは見逃せない。
「まだだ!」
気の緩みは死に直結する。一喝して空気を引き締める。
<テテュスッ!!>
耳朶を打つ不快に歯噛みした。パーシオ機は両肩の大楯を前面に展開し、堅牢な固定砲台と変貌していた。
全力噴射。テテュスは紅蓮の流星と化し、紅焔が天を割く。もう一体の盾役目掛けて吶喊。爆炎を噴かし、四肢と翼の躍動で瞬時の翻身。悉く炎弾を躱す。
肉薄して再び紫電を散らし、六つの輝刃が障壁に群がる。パーシオ中尉は迎撃を試みるも、的が小さくて当たらない。その間に大太刀が結界を斬った。
「食い散らかせ……っ!」
四方から輝刃が機体に牙を突き立てる。ヴェルンダリの巨躯が頽れ撃墜判定。膝を着く衝撃波が砂煙を巻き上げ、風が兜を打つ。
残り二機。砲兵は懐に入られると脆い。装甲は格納し手数は減ったが、大太刀の前に手も足も出なかった。
ようやく静寂が戻った。耳鳴りの向こうで、カルシラの声が弾んだ。
<隊長は、やっぱスゴいな~♪>
「フン」
カルシラの賛辞に、テテュスは鼻を鳴らした。
ただ、勝利の代償は大きく、撃墜判定を喰らってないのはテテュスだけ。
「戦場では、怖れを忘れた者から墜ちていく」
覚えておけ。呻くような返事を聞いてから、部下たちへの通信を切る。
内容的には反省材料も多く、感想戦が思いやられる。想定される中隊長の叱責が、鼓膜の奥で響いてくるよう。
『お前だけ突出して勝っても、それでは意味が無い』
これでも、尉官研修を経て成長はした。
以前は斃すべき敵しか見えておらず、脇目も振らずに攻め立てるだけだった。
ただ、今回。部下に手本を示せたのは収穫だが、連携や統率が取れていたかと問われれば自信はない。
「はぁ……」
暗澹に沈む気持ちで薄曇りの空を見上げると、少しは気が晴れた。
空はいい。何物にも縛られないで居られるから。
遥かな空の広がりに五感を浸らせることに、テテュスは無上の喜びを感じていた。いつまでもこうしていたいと、切望したくなるほどに。
テテュスの意識を現実に引き戻すのは、空を引き裂く鍾音。
緊急魔導アラート。振り返ると、焦げた風が頬を掠めた気がした。白檀の香りは、もうどこにも残ってない。
『速報! 現在、未確認の飛翔体が高速で接近中』
警報によると九時方向から飛来する物体は恐らく、竜機兵。原因は不明だが、このままでは基地の麓にある村に墜落する危険があるらしい。
近隣の村。その単語に背筋が凍った。
収穫作業に勤しむ姿や、豊穣を願う田楽奉納に感謝してくれる人々の顔が目に浮かぶ。
しかし、緊迫した状況とは裏腹に軍は動かない。
待機命令。事態が収束し、指揮が執れる程の情報収集が済んでからの行動を義務付けられた。
無情な決断に義憤が沸いた。




