爽籟と風雲急
秋の匂い。それはいうなれば、涼風に薫る朽葉。吹き付ける爽籟が鼻先に残り香を届けてくれた。
豊穂月(十月)中旬。紅葉が木々を彩り、豊穣祭で収穫の喜びと感謝を、神に捧げる歓喜の月。
復帰したテテュスはダグアーラの護衛のため、飛空艇の発着場に来ていた。抜けるような蒼穹の下、広大な芝生が視界を占める。
久々の軍服に袖を通し、濃紺のコートを羽織って気を引き締めた。拭い切れない胸騒ぎに蓋をして。
眼前には二隻の戦艦が鎮座しており現在、大急ぎで資材の搬入が行われている。
ティンドルリョース級戦艦。全長百二十メートル、全高二十五メートル。合計十門の魔導砲を装備した公国の戦艦としては標準規格だが、輸送能力は高い。
その威容は巨大な赤竜。展開式のフロートユニットは折り畳まれており、地に伏した鋼鉄の竜が羽を休ませているようにも見える。
会見の翌日から挙国一致での飛翔型開発が動き出した。
それで今回は、王子護送と一緒に西部で産出される鋼材の輸送を同時にこなす方が効率的。その判断の下、山頂に陣取る基地内の発着場ではなく、山麓部にある民間の空港を使う運びとなった。
「それにしても、普通にお祭り騒ぎだったな……」
テテュスはここまでの道中を思い返し、憮然としている。
「おいしかったですね♪」
隣でブラウンのコート姿のノーラが頬を上気させていた。さっき食べたワッフルの味を噛みしめているようだ。
王子護送は民衆の目には一大イベントとして映ったようで、空港周辺では屋台が立ち並び飛空艇の見物客でごった返していた。
(遊びじゃないんだがな……)
それこそ、国家の命運が掛かっている。憂愁に表情を曇らせるテテュスとは裏腹に、空港周辺に集まる市民たちは高揚していた。人数の多さから、刺客が紛れ込んでいたとしても探し出すのは至難の業。改めて、不利な状況に気持ちが陰鬱になる。空はあんなに蒼いのに。遠くで車輛の駆動音が聞こえる。それを誘導する声も。
『これで再び襲撃とあっては、流石に基地の沽券に関わる』
これでは、渋面で書類仕事に忙殺されていた将軍も浮かばれない。死んではいないが・
「中尉。背中の傷は大丈夫ですか?」
顔を覗き込む際、金髪が揺れる。気遣う少年に対し、テテュスは敬礼で応じた。
全治一ヶ月と当初は診断されていたが、異常なまでの自己治癒力で機能回復訓練ができるまでになった。
「はい少佐。何の問題もありません」
急激に激しい動きをすると、痛みが走る程度。いざとなれば魔力解放による高揚で相殺できる。だから任務に支障はない。
「なら、いいんですが……」
ダグアーラは碧眼を伏せる。心優しい少年はひょっとしたら、テテュスの心根を察しているのかもしれない。そんな考えが彼女の頭に浮かんだ。
「テテュスさまはすぐにムリしようとするんですから」
眉根を寄せるノーラの諫言には、閉口せざるを得ない。先輩メイドの後輩指導の賜物かもしれないと思うと、心境は複雑だった。
テテュスはスマド《特別魔導技術研究開発戦略室》に異動となり、それに伴い専属メイドであるノーラも転勤になった。
「心配いらないっスよ」
三人を前に、胸を叩くヤルン。
彼を頼りにするダグアーラも、嬉しそうに目を細める。
「オレがいる限り、大事にはなりませんって♪」
得意げに鼻を鳴らす。ダグアーラとノーラは小さく拍手を送る一方、少し気負い過ぎな様子が、テテュスには不安に映る。
「警戒は必要ですが、あまり気負い過ぎずに行きましょう」
この場の皆が、万全を期している。自分へ言い聞かせるように、テテュスは微笑みを振りまいて緊張の緩和に努める。
<そうよ、テテュスちゃん。飛び立つまでは、バッチリ守ってあげるから♪>
通信越しにも笑みが見えるようだ。戦艦を見張る最新鋭機に乗ったミレイユが会話を拾ったのか、語りかけて来る。
「ええい、任務中はちゃん付けするなと言っただろうが⁉」
テテュスの抗議も、幼馴染は手を振るだけで受け流す。
彼女が率いる機兵小隊を始めとした基地の残存部隊が今回、王子の護衛に駆り出されていた。
ただ、遠征と被ったために投入戦力は最低限。
「ミレイユ中尉。昨夜は送別会、どうもありがとうございました」
金髪碧眼の少年が機中のミレイユに話しかけた。
今日を最後に、テテュスたちは基地を離れるとあってミレイユとリゼが企画した。カルシラたち部下三名も参加してくれ、ささやかな夜宴はそこそこ楽しめた。
<はい少佐。道中、くれぐれもお気を付けて♪>
愛想よく手を振る幼馴染。姉弟同士のような気安いやり取り。引き締めた筈の心が、危うく弛みようになる。
「それじゃあ、行きましょうか?」
少佐が振り返る。上官命令とあらば仕方ない。鼻を鳴らしてミレイユを一瞥し、搬入口を開けている戦艦へと足を向けた。今一度、テテュスは腰に佩いた太刀のカートリッジを撫でる。リョースを頼る事態にならないことを願うばかり。
テテュスはヤルンの反対側を陣取りダグアーラを護衛する。もちろん、後ろをついて来る少女への気配りも忘れない。
一瞬、テテュスは上空で旋回している飛翔鎧の一機と目が合った気がした。確か、防空任務に当たっているのはかつて所属していた中隊。王子護衛の近衛部隊は戦艦で待機中。
コトコヴァ少佐やカルシラたちの顔が浮かんだ。しかし、すぐに頭を振って切り替える。
(感傷だな……)
少佐もきっと、清々している事だろう。悩みの種が一つ、減るのだから。
「技術少佐殿。本日はお日柄もよく……」
「はい。これから少しの間、お世話になります」
巡回している兵士と敬礼を交わすダグアーラ。
その時だった。戦慄がテテュスの総身を駆け抜ける。
微かな震動が、着陸している船底越しに伝わって来た。
「なっ 何だ、あれは⁉」
一人の兵士が目を剥く。その先には、こちらに向かって走って来る数体の竜機兵。
目の錯覚かと思ったが、どうも現実らしい。従来の機体の半分くらいの体格。
邪教徒や自称魔王軍といった、テロ組織が使う市街戦用の中型竜機兵。鋼材搬入の車列は騒然となった。
この分だと、空港外部はもっと混乱しているだろう。道中で見かけた人々の笑顔が脳裏に過ぎる。
だが今は、頭に血を登らせて吶喊することが自分の仕事ではない。
「少佐。ノーラとヤルンを連れて、どうか艦橋へ」
狙いはハッキリしている。標的を渦中に放り込む訳にはいかない。
「え? でも、中尉は――」
「後で合流します」
返事を待たずに駆け出した。背中越しに声が飛んで来たが無視。まずは、搬入の車列をどうにかするのが先決。車列に近い手近な兵士を乱暴に呼び止める。
「殿下を護衛しているアハティアラ中尉だ。時間が惜しい。今すぐ搬入を中止しろ」
「しかし――」
テテュスは思わず顔を顰める。上官命令は絶対。その硬直的ともいえる制度が嫌いだった。
混沌とした状況で動くに動けず、車列の中で立ち尽くす彼らが不憫だとは思わないのだろうか。この場に正座させて懇々《こんこん》と説教したい衝動に駆られる。
(もう、いい――)
強行突破あるのみ。テテュスは太刀を抜き放ち、魔力を解放。ストロベリーブロンドの結い髪が銀光を発する。眼前の兵士は堪らず顔を覆った。
「我が名はテテュス・アハティアラ。殿下に危機が迫っている以上、発艦を最優先とする。搬入は中止だ」
声に魔力を載せ、周囲へ広く布告した。越権行為だが、反論は独断専行で押し切ると彼女は覚悟を決める。
「全責任は、私が負う」
文句は言わせない。テテュスは鋼鉄製の魔導車輛の眼前に立ち、船底から伸びるスロープ上の彼らに乗艦を促す。それから、車列の最後尾に目を向けた。
一、二分で搬入し切れる規模ではない。逡巡が許される状況でもない。機兵たちはこの間にも迫っている。
<大丈夫よ、テテュスちゃん。スロープを今すぐ閉じて>
「ミレイユっ⁉」
彼女の声は異様に静かだった。火急の事態だというのに。
突如、鼓膜を劈く轟音。火砲と結界の激突。迷ってる暇など無い。足裏に振動を感じながらスロープに手で触れ、魔力を走らせ戦艦の制御機構に接続。
「総員、退避――――――――!」
スロープが稼働し、巨大な鋼鉄板がゆっくりと持ち上がっていく。速度に焦れる一方で、艦外には濃霧が発生。
【レイクヤルヴィルル】。ミレイユの乗機に搭載された術式。五感を攪乱する混迷の白昼夢。視界が閉ざされ、これで機兵は無力化したも同然。
<気を付けて。多分、こっちは陽動だから>
「なっ――」
膨れ上がる胸騒ぎが肺を圧迫し、背中が灼熱に燃えた。艦内での異常な魔力反応に、全身が粟立つ。
発声の一瞬すら惜しい。勾配が上昇するスロープを全速力で駆け出した。
最悪な情景が思い浮かび、深い戦慄が足の縺れを誘って来る。振り切るように足に力を込めた。
いってらっしゃい。幼馴染の玲瓏な声を耳が拾う。胸の奥に灯が点った。
今日は元日なので、お年玉企画的にあと二話投稿します。まずは12時




