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輝翼のテテュス ~誇り高き巫女は、王子の愛に靡かない~  作者: 三津朔夜


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舞台の袖から

 日差しも高くなった秋の昼前。

 ビャルネ・ヘンネフェルトは大型の陸鳥、走鳥(クルソ)が牽(ひ)く羽車に乗って来た客人を自室に迎えていた。


 相手の名はファウスト・バルリング。共に宮仕えの同僚。余人は二人の辣腕《らつわん》を評し『公国の双璧』と畏怖《いふ》していた。

 ファウストはシワが深く刻まれた顔を顰《しか》め、より一層陰鬱(いんうつ)な表情で紫煙《しえん》をくゆらせる。


「まったく、ままならぬものよ……」


 さもありなん。重々しく嘆息する友人にビャルネもまた心の中で同意し、自身の葉巻に火を点《つ》ける。


「悪運の強さは、それだけ王子に英雄の気質があるということか……」


 鼻を鳴らす友を背に窓を眺め、蒼く霞《かす》む稜線《りょうせん》の先に旧友の居城を幻視した。暴走した機体の中で気絶したままで墜落死を免《まぬが》れるなど、奇跡といっても過言ではない。


 公国北西部のラクリマ基地。そこでゲズゴール将軍が暴走事故以降、ダグアーラ王子を匿《かくま》っていた。

 そして約一週間後、事件は起こる。基地内部に侵入した刺客が王子を暗殺未遂。それによって王子の秘匿《ひとく》が明るみに出てしまった。


『中央では情報が錯綜《さくそう》しており、混沌としておったようだからな』


 将軍は嘯《うそぶ》く。王子の保護に際し、頑《かたく》なに口を噤《つぐ》んでいた理由を。

 事実、二つの勢力が足を引っ張り合い、現場には虚報や誤報にあふれ返り、捜索《そうさく》は難航した。


 ダグアーラ王子を新たな王に担ぎ上げようとする新王派と、彼の兄君である現王派。彼らが対立し、反目し合ったせいで。

 そんな状態であれば、ゲズゴール将軍の口も堅《かた》くなろうというもの。ただ結局、秘匿が仇《あだ》となって暗殺されかけたが。

 ところで――


「首謀者の目星は?」


 ファウストに訊《たず》ねる。様々な思惑が絡み合う政界の混沌《こんとん》に辟易《へきえき》し、気を紛《まぎ》らわす意味でも話を振りたくなった。

 紫煙《しえん》を吐き出し、友人は嘆息交じりに口を開く。


「大方、現王派に取り入りたい地方貴族の愚行《ぐこう》であろうよ」


 馬鹿な話だ。ビャルネもその見解には同意せざるを得ない。


(ふむ――)


 ダグアーラ王子は未だに成人前ではあるが、武術の心得があり魔術師としても一級品。生半《なまなか》な刺客など、独力で返り討ちにできる。

 王族の英才教育を侮《あなど》り過ぎにも程がある。情報に疎《うと》い地方貴族の愚策《ぐさく》というのも、あながち見当外れとも言えなそうだ。


 相変わらずの慧眼《けいがん》ぶりに舌を巻く。

 しかし、


「今回ばかりは、将軍にしてやられたな」


 そう結論付けると、ファウストは無言で睨《にら》んで来る。現王派を率いているのは彼で、後顧《こうこ》の憂《うれ》いなく政務を執行するため、今回の暴走事故を演出した。

 だが、ダグアーラ王子とゲズゴール将軍はそれを怪我の功名《こうみょう》として会見を開いた。


『飛翔型の開発は既に、我が公国だけの問題にあらず。他国も負けじと研究し始めた』

『僕は竜機兵(ドラグマキナ)を飛ばしたい。今度こそ、完全な形で』


 英雄が掲げる前人未踏と挙国一致という、大義の喧伝(けんでん)。王子の示した意欲を美談とした民衆は狂熱に酔《よ》いしれ、翌朝の新聞や夕方の酒場で話題は一色になった。


 いくら王制とはいえ、これを無視すれば政(まつりごと)の歯車は噛み合わないと、彼は煙を吐きながらそう結論づける。

 それに、南と東では未だに係争地で小競り合いを続けている。国防上の観点で見ても、開発競争から途中下車する口実がなくなった事を彼は悟った。


 場末の老将に国政を動かされた。その現実に苦汁を嘗《な》めさせられたのは誰であろう、現王派盟主のファウスト本人。


「王国にしろ帝国にしろ、もう少し賢いと思っていたのだがな……」


 当てが外れた。憮然《ぶぜん》として溜め息を吐く様子から、彼も心の底からうんざりしているのが窺える。両国の極秘開発については、ビャルネの耳にも入っていた。

 先に汽笛を鳴らしただけで即応した両国の短慮を、彼は危ぶむ。

 視線を伏せ、葉巻の灰を更に落とした。


「まあ、画期的ではあるからな」


 数十トンもの鉄の塊が高速で宙を舞い、遥か高みから大規模術式を投射。もしそれが実現すれば飛翔鎧《セラフィム》と竜機兵《ドラグマキナ》の戦力差、一対三の力学は崩れ戦の形が変わる。彼は冷徹に計算した。


 機巧《きこう》のの巨人が産声《うぶごえ》を上げて百年余。鋼《はがね》の翼は、未だ地に縛られたまま。聳《そび》え立つ技術的障壁の高さは峻厳《しゅんげん》。最大の原因は術式の混線と見ている。


「見果てぬ夢など、最初から見なければ良いものを……」


 解っているだろうに。ビャルネは虚空を見詰め慨嘆《がいたん》。王子を謀殺《ぼうさつ》するための行動がまさか、隣国の判断を誤らせる結果になるとは。

 スマド《特別魔導技術研究開発戦略室》は元々、謀殺の処刑台でしかなかった。 

 彼の目には、政治で演出された舞台が皮肉にも、政治によって延命したように映った。


「まったくだ」


 こればかりは発案者であるファウストも読み切れなかったらしい。ビャルネの皮肉に彼も苦々しく賛意を示す。


「見切り発車させた暴走列車は今や、崖《がけ》に向かって一直線という訳か」

「たとえ一機でも、貨車の中から飛び立てば良い」


 皮肉屋の放言に対し、陰謀家の友人は翻意が素早い。いっそ酷薄ですらある合理的な思考をこそ、ビャルネは昔から好ましく思っていた。


(本当に、ままならぬな)


 煙を細く吐き出し、再び机の上で葉巻を咥《くわ》える。


「ところで。お前はテテュス・アハティアラについて、どこまで知っている?」


 今度はファウストがビャルネに水を差し向ける。

 テテュス・アハティアラ中尉。彼女は演習中に王子を救出する際、独断専行を咎《とが》められ謹慎《きんしん》処分。その期間中、暗殺から王子を救った。

 少なくとも、ゲズゴール将軍とダグアーラ本人は公式会見でそう発表した。そして謹慎処分も、秘密裏に王子を護衛させるための方便だと説明。


『他国から差し向けられたであろう、刺客を撃退した命の恩人でもある彼女には是非、我々の一員として迎え入れたいです』


 王子が語ったこの美談で、間違いなく彼女は注目を浴び、世論も開発への参加を後押しするだろうと彼は踏む。

 問題は、彼女は得(・)体(・)が(・)知(・)れ(・)な(・)い(・)という事。


「『紅銀(こうぎん)』の巫女か……」


 ビャルネは抽斗《ひきだし》から取り出した紙束に、改めて目を通す。

 資料の中で情報は淡々と並ぶ。軍属巫女。現・中尉。元・孤児。養父・トロイア・アハティアラ。出身地・東部。


 銀光の髪という特徴的な風貌《ふうぼう》から、アロナの水上神殿に預けられた当初から大いに注目を集め、出向の際は軍でも話題になったらしい。

 出自の痕跡《こんせき》は曖昧《あいまい》で、調べれば調べる程疑念が沸き起こる。記録ではそれこそ、十年前に突然現れた。


 『銀髪』。魔力の解放によって銀光を発する髪は稀有《けう》な先天的形質。出生時から注目されていても不思議はないのに、そんな情報は一切ない。

 十年前。その単語に否応なく『あの政変』が頭を過ぎる。しかし関係者は勿論《もちろん》、被害者の中にもそんな外見の人間など居なかった。


「逆に、そっちで尻尾《しっぽ》は掴めなかったのか?」


 眉間《みけん》にシワを寄せたビャルネは片肘をつき身を乗り出す。だが、ファウストですら把握し切れず首を横に振るばかり。

 一体何者なのか。どこから来て、王子に取り入った目的は何か。疑問は尽きない。


(いや、考えようによっては――)


 口元を手で覆い、心に浮かんだ一つの仮説について頭の中を整理する。

『銀髪』は、誰もが羨む魔術の才能を表す髪色。大枚をはたいてでも養子に迎えたいと考える貴族が居るのだ。略取を企てる不逞の輩が居たとしても不思議ではない。


 そんな悪意から愛しい我が子を守るため、親がひた隠しにしていた。そう考えれば一応、今まで明るみに出なかった事に対しての説明はつく。ビャルネはそう結論付けた。


(もっとも――)


 こんな暴論、開陳《かいちん》しても呆れられるだけだろう。葉巻を吹かし、想像力逞(たくま)しい妄想を紫煙に溶かした。


「それで、殺すのか?」


 あの不気味な異分子を。


「悪手だな」


 ファウストは取り合わない。

 王子謀殺の画策はしたが、わざわざ神殿の不興を買う真似はしないという。そういう合理的判断は嫌いじゃない。


「こうなった以上。王子共々、飛翔型の開発に漕《こ》ぎ着けてもらわねばならん」


 水面下で熾烈《しれつ》な開発競争が繰り広げられている以上、是が非でも。その通りだと、ビャルネも首肯《しゅこう》した。


「ともあれ、戦略室にはアレもいる」

「ああ……」


 少年の部下には、ファウストの私生児も在席している。そのお陰で逐一《ちくいち》、戦略室の現状を知ることができた。


「何にせよ。この国の未来はその二人に委ねられた、という訳か」


 正体不明の巫女《みこ》と、傑出《けっしゅつ》した才能を持つ王子。彼らの関係性が飛翔型開発の成否を握るといっても過言ではない。


「フッ よく言う」

「ほぅ……?」


 陰謀家の冷笑に、ビャルネは片眉《かたまゆ》を吊《つ》り上げた。

 どうやら、知っているらしい。耳聡《みみさと》いのを脅威《きょうい》と感じつつ、一方で嬉しく思った。

 やはり、こうでなくては。口端《くちは》に喜悦《きえつ》を滲《にじ》ませた。

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