告白に関するあれこれ 教員からの呼び出し 3
まあ、まだ時間はあるし、学校内の学力テストって意味では、高校に入学して初めてのことでもあるからな。
最初から躓きたくはねえ。そうなると、そこからしばらく引きずられるかもしれねえし。
一年最初の定期テストってことは、ようするに基礎の部分だろ。武術でも同じだけど、基礎の部分が疎かになると、その上にはなにも積み上げられねえからな。そのことは、高校受験のときにさんざん思い知らされている。
「まあ、なんつうか、よろしく頼む」
「はい」
教え甲斐のある生徒だと思われているのか――元がスカスカだと吸収率もいいしな――光莉は笑顔でやる気を見せていた。
星海高校の校舎は、入ると、まあ、事務っつうか、受付みたいなところがある。多分、どこの高校でも同じことだとは思うけどな。俺は他の高校とか見にいったことがねえからわからねえけど。一応、受験では他に一つ受けに行ったけど、そんときのことはあんまり覚えてねえ。
その事務室の壁には、職員室の壁にあるものとは別に、掲示板があり、ポスターとか、お知らせの貼り紙やらがあるわけだが。
その中に一枚、学校長の名前での名指しの呼び出しが掲示されていた。
「詩信くん」
内容は、俺と光莉を呼び出すもの。
光莉が心配そうに見上げてくるが、思い当たるような節はひとつしかねえ。
「正直に話すより他にねえだろうな。そもそも、こっちは絡まれた側だ。なにも後ろめたいことはねえ」
相手にも、後遺症が残るような怪我とかはさせなかったしな。つうか、むしろ、こっちのほうが怪我させられそうだったわけだし。
幸い、まだ時間も早えし、他の生徒にはあんまり見られてはいねえだろう。
俺はそのプリントを掲示板から外し、職員室へ向かう。職員室と校長室が隣り合っているってのもあるけど、一応、担任には顔を見せておくべきだろうし。
「しかし、なんだって、俺のことがばれたんだろうな?」
だとしたら、これを報告したやつはこの高校の生徒で、俺――と光莉――の顔を知ってるやつってことか? 光莉はともかく、俺のことを認識してる奴なんて、ほとんどいねえだろ。部活にも入ってねえし、せいぜい、クラスのやつら程度だと思うが。
「詩信くん、その言い方だと、まるで悪いことをしたみたいに聞こえますよ。あれが良いことだったとは思いませんけれど」
まあ、戦争なんて、基本的にはどっちも悪になるからな。
一方的に攻め込まれた、防衛のためだったとかって、ようするに、どこまでが、あるいはどこからが正当防衛だとかの範疇なのかは、俺にはわからねえけど。
「……よく、ボクシング選手の拳は凶器と同じ扱いになるって言うだろ? 今回、俺は丸腰で、相手は得物を手にしたわけだけど、加減したとはいえ、投げはしたからな」
それに、俺は相手からの攻撃は全部避けていたわけで、なにか、証拠があるわけでもねえからな。
「証拠ならありますよ」
光莉がそんなことを口にする。
あまりにも普通の調子で言うもんだから、一瞬、耳を疑った。
「なに言ってんだ?」
振り向き、目を細めた俺に、光莉はスマホの画面を見せつけてくる。
「これが証拠の動画です。というより、直後にお見せしましたよね?」
そこには確かに、俺がやつらと戦っているところが記録されていた。
まだ残してたのか……って、そりゃそうか。むしろ、このときのために撮影してたようなもんだからな。決して、光莉の趣味が、決闘動画を見ることだってわけじゃねえ。もちろん、動きを記録して参考にするってわけでも。
絡まれたことは覚えてたけど、動画のことはすっかり忘れてたな。
「とにかく、行きましょう」
光莉は関係……なくもねえけど、実際、あの場ではなにもしてねえから、呼び出すのは理不尽ではとも思うが。
まあ、なにも、怒られるだけだと決まったわけでもねえ。
事実関係を明らかにしてえってだけかもしれねえしな。仮に、相手方から訴えがあったとして。
襲いかかった挙句、逆にやられて怪我しました、だから、叱ってやってくださいってのは、あまりにも情けねえんじゃねえかとは思うけど。
「失礼します」
ノックをして入室する。
校長の名前ではあったが、誰が呼んだのかと思えば、生徒指導(あるいは、生活指導)の教師だった。
「早いな、榛名」
隣にいる光莉に驚いた様子は見せねえ。
入学が決まっている段階で、学校には住所やらを提出しているわけで、光莉が榛名家で同居してるってのは、少なくとも、教師側は知ってるわけだからな。
「なんで呼び出されたのかは、わかってるって顔だな」
「先週末の放課後の話ですよね」
なんで、週明けまで待ったのか(つまり、土曜を避けたのか)ってのは、わからねえけど。
もしかしたら、先方からの訴えがあって、間に合って一番早かったのが今日だったってことなのかもしれねえか。
「わかっているなら話は早い。どういうことだったのか、話してもらえるか?」
「どうって言われても、俺にも事情はよくわからないんです。いきなり絡まれてただけですから」
ナンパだけが目的だったわけでもねえと思う。それも、半分くらいはあったかもしれねえけど。
一応、推測っつうか、憶測くらいはできなくもねえけど、それはまだ、言いがかりレベルだしな。
どの程度まで学校側に話がいっているのかはわからねえけど、俺は正直に起ったことをそのまま話す。
絡まれたこと、相手がナイフまで持ち出したので、すこし派手に応戦したこと。
「相手は怪我をさせられたと言ってきているが」
「まあ、一応、突き飛ばしたり、頭突きをかましたりはしましたけど」
あれを回避だけでやり過ごすのは、ほとんど不可能だった。
後ろには光莉もいたわけで、俺が避ければ光莉に向かっていくことは明白だった。
「けど、それって、尻もちついたとか、たんこぶができたとかって程度の話ですよね? それとも、ナイフで斬られるかもしれね……ないってわかってても、されるがままにいなくちゃならないってことですか?」
正当防衛ってのは、刑法だかなんだかで認められてるはず。
「しかしだね。向こうは怪我を負っているという物的な証拠を明示してきているわけで、私も、生徒を信じていないわけじゃあないが、証拠もなくこれを――」
いや、なんか、汗かいてるようなポーズまでとってるわけだけど、それは、ようするに、俺の言い分より、相手の言い分を信じてるってわけで、つまり、俺のことを信じていないってことにもなる。
まあ、怪我させたのは事実らしい――そして、俺も光莉も怪我はしてねえ――し、生徒が暴力問題を起こしたってんなら、体裁的には俺たちを処断するほうが早いし、楽だってことなんだろうが。
「証拠ならありますよ」
部屋が静まり返る。
「えっと、神岡さんだね?」
「はい。私もその場に居合わせましたから」
光莉は澄ました調子で淡々と告げる。
「いや、身内の目撃証言というのは――」
「そういった抽象的なお話しではなく、具体的な物証の話です」
言葉を続けようとする教師を、光莉は両断する。
「彼らに絡まれた際、対応はすべて詩信くんがしてくれていたので、私は後ろで記録をしていました」
光莉がスマホを見せつける。
成績優秀者、特待生の光莉の言うことには、教師陣も一定の興味っつうか、理解はあるようで。
「これを見ていただいて、判断されるのはそれからにしていただけますか?」
光莉のスマホには、俺たちが声をかけられてからの一部始終が――まじで、いつから撮影始めてたんだってレベルだが――収められていた。




