告白に関するあれこれ 教員からの呼び出し
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俺と光莉が真面目に長距離を走った場合、同じ距離なら、俺のほうが早い。
俺だって、真面目に陸上やってるやつらのような、高校記録には全然敵わねえわけだが、さすがに光莉よりは体力はある。
短距離でのタイム差はゼロコンマいくつって世界だが、長距離、それも距離が長くなるほど、慣れてるやつと慣れてねえやつで、数分って差がついてくる。
先に走り込みを終えた俺は、ひとつ深呼吸して、元来た道を逆走する。
光莉と差が開いてるって言っても、所詮は、数百メートルとか、そんなもんだろう。帰りにすれ違った位置とかを考えるとな。
つまり、往復してもそのくらい余分に走るってだけだ。
「疲れたときこそ、か」
予想どおり、小学校手前くらいの地点で光莉と合流できた。
光莉はちらりとだけ俺を視界に入れると、驚いたような表情を浮かべるが、なにか言う余力はないらしい。
そこから、シャトルランみてえに、家と光莉とを往復するような真似はせず、黙って光莉に並走する。煽るようなつもりはなかったけど、若干、光莉のペースは上がったようだ。
「しばらく歩いて、ストレッチとかしとけよ」
今日が初日だ。つまり、光莉にとっての長距離走って意味では、四月の体力測定以来ってことだからな。最悪、肉離れとかになったらやべえ。
二人で帰り着き、光莉にそう言い含め、本来ならスポーツドリンクなんかが好ましいだろうが、そっちは常に準備があるわけじゃねえから、俺は冷えたお茶とコップを持っていく。
「ありがとうございます」
うっすら汗を浮かべる光莉は、コップを受け取り、喉を鳴らす。
これはいわば準備運動みたいなもんで、これからが本番なわけだが、大丈夫か?
「言い出したのは私ですから」
「ストレッチしてやるから、そのまま寝てろ。あっ、本当に眠れって意味じゃねえからな」
マッサージなんかの専門的な知識とかはねえけど、道場とかでするようなストレッチならば、多少は心得もある。
つま先からふくらはぎ、太腿と腰、肩、胸部、腕――と、まあ、二人がかりでやるあれだな。
まだ、若干顔は紅いみてえだけど、呼吸は整ってきたし、そろそろ大丈夫か。つうか、やっぱこいつ、身体は柔らけえな。
「じゃあ、行くか……って、光莉、おい、大丈夫か?」
なんだか、ぼうっとしているような光莉の目の前で、猫騙し。
「えっ、あっ、はいっ、大丈夫です。行けます」
光莉は数度目を瞬かせて、立ち上がる。
コップやらなんかを戻したついでに、近くとはいえ身体を冷やさねえよう、準備していたジャージを二人して着込み、公園まで歩く道すがら。
「詩信くん、毎日これをしているんですか?」
「ああ。まあ、最初はもっと距離短かったんだけどな」
俺だって、だんだんと長くして、今この距離になっているわけだけど、光莉には初日から俺と同じ距離を走らせちまった。
一応、中学の体育の授業でも長距離走はあったけど、ロードワークじゃなく、グラウンドだったし、距離ももうすこし短かった。あんときは、たしか、距離走じゃなく時間走、十分間走とかだったか?
「まあ、普通に陸上部とか、運動系の部活のやつらが走ってる距離には負けるんじゃねえのか? 知らねえけど」
負けねえにしても、せいぜい、同じくらいってところだろう。
運動部ってことは、その間におのおのの競技の練習もしているわけだからな。
「じゃあ、まずは……昨日の復習からだな」
回り込むように躱し、足と手でバランスを崩して、倒す。
うちのベランダとは比べものにならねえくらいには広さもあるし、地面も土で、コンクリートよりは安全だろう。
「修行に完璧ってのはねえんだけど、ある程度できるようになるまでは他のことをさせるつもりもねえから、安心して、まずはこれだけ覚えろ」
足の運び方、身体の回し方、手の潜り込ませ方。
右からでも、左からでもできるように、真後ろから来られた場合には、身体をずらすってことも。
「あの、私ばかり教わってしまっていて、いえ、私が頼んだことなのですけれど、詩信くんは大丈夫なんですか?」
「問題ねえよ。ある意味、素人の技のほうが受け身の訓練にもなるし、そもそも、俺は武術の鍛練って意味で言えば、毎日、時間とって稽古つけてもらってるわけだからな。だから、安心して打ち込んでこい」
それから、何度か繰り返したことで、要領は掴んだようだ。
これなら、油断せず、平常心でいれば、実戦でもなんとか使えるレベルではあるだろう。
もちろん、継続とか、練度とかは言うまでもねえとわかっているだろうが。
「けれど、詩信くんは立ち上がってきます」
「そりゃあ、まあ、来るってわかってて、受け身もとれるからな」
そもそも、俺が教えてるわけだし。
しばらく繰り返し練習して時計を見上げれば、そろそろ、朝食もできているくらいの時間だった。
家まで戻ってから、シャワーとか、着替えとかに時間を考えたら、そろそろ切り上げるのが良いだろう。
「わかっていたことですけど、これだと朝食をお手伝いするのは難しいですね」
光莉が残念そうに呟く。
おそらく、帰宅すれば、母さんはすでに朝食の準備を終えているだろう。
「それは、まあ、仕方ねえだろ? どっちかをとるしかねえんだから」
朝食なんかの準備を優先するなら、稽古はできねえし、逆もまた同様だ。
扉から入る前に、服や身体に付いた砂やら埃やらを簡単に叩いて落とし。
「あら、二人ともお帰りなさい。どうだった、光莉ちゃん。詩信くんはしっかり教えてくれたのかしら」
もちろん、母さんにも光莉が俺と一緒に走り込みをすることだとか、武術の練習をするってことは伝えてある。
その際、母さんからも同じ道場に通うことを提案されたけど、同じように、光莉は断っていた。
「はい。わかりやすく教えてもらいました」
わかりやすかった覚えはねえけど、まあ、お世辞だろう。
それに、やっぱりこれも、受け手の受け取り方次第だからな。光莉にとって――つまり、教える相手にとって――わかりやすければそれでいい。
わからないことをわからないままにするようなやつじゃねえからな。
それに、中途半端に身につけるのが一番危険だ、わからねえところは素直に聞け、と言い含めてある。
「じゃあ、二人とも、シャワー済ませちゃってね。もうすぐ、朝食の準備はできるから」
母さんに返事をして。
「じゃあ、光莉。先にシャワー浴びてきていいぞ」
この前みてえに乱入してこられると厄介だからな。さすがに、もうやらねえだろうけど。
「えっと、それじゃあ、先にいただきますね」
光莉と俺は着替え――制服とか――と荷物を取りに部屋まで戻る。
「急ぎますから」
「まだ時間あるし、急がなくていいぞ」
それに、湯船を張ってるわけじゃねえし、女の風呂のほうが基本的には長い(長年の経験からだが)とはいえ、シャワーくらい、そんなに時間のかかることでもねえだろう。
その間、ラジオの朝のニュースをぼうっと聞いて。
「シャワー、お先にいただきました、詩信くん」
しっかり髪まで乾かした光莉が制服姿で報告にくる。
ほのかに香るシャンプーとかの香りは、俺も同じものを使っているはずだが、まったくの別物っつうか、良い感じに鼻腔をくすぐってくるのは、なんなんだろうな?
「光莉ちゃん。悪いんだけど、彩希を起こしてきてくれるかしら? お父さんはまだ良いから」
姉貴は俺たちと同じか、少し後くらいに家を出るけど、父さんの仕事に向かう時間は、俺たちよりは少し――具体的には、一時間くらいは遅い。
もちろん、母さんよりも遅いから、平日の朝は基本的に放置している。だから、平日に俺たちが父さんと顔を会わせることは、ほとんどねえ。
「わかりました」




