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act7 くらいくらいくらい

 act7 くらいくらいくらい


挿絵(By みてみん)

 あなたは知らない。

 あなたは私が見えない。

 あなたの世界。

 あなたの知る世界は、間違いではないし幻でもない。

 けれど、あなたは本当の私が見えない。

 私はあなたの月だから。

 あなたは月を知ってるだろう。

 あなたの目が無事な限りは、あなたは日々姿の変わるそれを見ても、なんら不思議とは思わない。

 理科の時間に、月の満ち欠けを習ったでしょうから。

 でも、あなたの見ている月の大きさが、本当の月の大きさだと思っていたら、それは間違い。

 まぁ、色々説明するのは難しいから、検索してよ。

 月の錯視、これでね。

 大きな月を見て写メを撮ったら、あれ?ってなるでしょ。

 人の世界は、人の見えている世界だ。

 皆、ちゃんと見えているかな?

 見えているといいね。

 あなたは私を知らない。

 それは幸い。

 あなたは知っているけど、私が傍らにいる事をわからない。

 けれど、願わない。

 あなたが、いつか言ったことが、私を形にしたのだから。

 いつか、約束は果たされる。

 だから今は、私はあなたの月でいい。

 ただ、時々囁くかもしれない。

 朝に、風に、昼に、香りに、夜に、雨に。

 あなたを生かす為に。

 あなたは幻だと思うだろう。

 けれど、月はあなたの唯一の味方。

 もしも、届かなかったなら?

 あぁ、心配はいらない。

 私は、あなたには幻だけれど。

 月は夜空にあるのだから。

 少し彼らの道を迷わせるぐらい簡単な事。

 それで川に落ちようとも、土砂に呑まれようとも、それは本人の不注意だ。

 そもそも、彼らはよくない。

 彼ら自身が招いた事だ。

 災いは、広がる。

 あなたは踏み出したが、その足元は私が照らそう。

 代わりに、更なる災禍が罪人を押し流すだろう。

 少しだけ手を出すのは、許してほしい。

 あなたが、これで傷つかぬように。

 あなたの苦しい人生が、少しでも楽になるように。

 そして、あなたが気がつかぬように。

 ※※

 分社は海が見える位置にあった。

 概ね、分社では何もなかった。

 本社の女子は大食いという、要らぬフィルターが広がっただけだ。

 それはそれで、ある意味大惨事だが。

 戸田と接触しなかったのもある。

 岡田の見舞いはイレギュラー、本来は接触回避をはかるつもりだったそうな。

 どこで知ったのかは社内調査するそうだ、もちろん、いずれ警察もだが。

 そうして、労組関係の活動をする鈴木さんと戸田と接触しないために私とついて回る岡田と、分社を行脚した訳だが。

 鳥越のおっちゃんは、一旦ここで分かれた。警備会社のビルも近いのだ。そんで岡田は、三ヶ月ほど残留と言う話が本当になりそうである。別れ際に、話進めてくるぞーと。朗らかにつげられていた。ざまぁ。

 ゴジラのいる訓練施設も、こっちにあるらしい。

 意気消沈している岡田と、大食いタイトルの私をつれ歩き鈴木さんの活動について回ると、案外、オフレコが意味のない感じである事がわかった。

 そりゃそうだ、街や主要道路に検問だ。

 直接、警備部の方で関わりがあったことは判らなくても、何かあったらしいよ。と、言う情報は流れていた。

 鈴木さんが偉い人と話に行っている間、私達は喫茶室でお茶をしていた。

 時間帯はお昼の少し後、お腹が減っていたので軽食を食べた。

 二人でガツガツ食べたのは、定番のカレー。

 私が大盛りカツカレーで、岡田がグリーンカレー。もちろん大盛りだ。

「まぁ、研修頑張ってな。特務になったら会うことも無いだろうが、元気でなー」

 岡田が恨みがましい目でこちらを睨む。

 本当に警備の特務になったら、訓練と専用の寮暮らしだ。

 さらばだ岡田よ。立派なゴジラになれよ。

 でも、出世だぞ。

「休みが不規則で全国区移動に、上司に彼女ができたら報告っすよ」

「マジでか、まぁ、仕事上付き合いのある相手の身元も知らせなきゃならんのか」

「仕事のレベルにもよるっす。それにチームプレーが基本す。俺、超人見知りっす」

「嘘つくなや、ゴジラが怖いんだろ。どんな人なの?」

「格闘漫画の登場人物で、息子とガチで戦う一人軍隊みたいな?」

「なんじゃそりゃ」

「梅さん、働きたくないでござるよ」

「それはアカンワードだ」

「働くのはいいんすが、もうちょっと潤いが欲しいっす。ビール瓶で脛を叩くような生活は嫌っす」

「ビール瓶?」

「そーいうの嫌だから一般企業に就職したのにぃ」

「まぁ、下川とたまに休日合わせて合コンでもしろよ。どうせ、そー言う潤いだろ」

 私の発言に、岡田の顔が余計に歪んだ。

「どうした?」

「社内合コンは勘弁して欲しいなぁって。下川は本部営業っすから。例の奴等とかどんな繋がりがあるか考えながら合コン?嫌すぎますわー」

「それほどの事か?」

「それほどの事ですよ、梅さん。」

 岡田は、水を飲むとスプーンをおいた。

 そして少しおかしそうに私を見る。

「梅さんのバカデカイ許容範囲では、俺ら新人は子供に見えるんでしょうね。まぁ、子供だとしても残酷で躾の弛い糞ガキですよ。他人が死んでも平気な類いのね。だから、心配なんですよー、俺がこっちに残ったら、梅さんを観察できないじゃないですか〰️ヤダー」

「甲虫かよ、デザートどうする?」

 茶化されたが、岡田なりに私を心配したようだ。

 人が殺された事に危機感、つまり現実だと思っていないふしがあると。

 他人事と、思うのは駄目なのだろうか?

 そんな私の考えがわかるのか、岡田は仕方がないと言う感じで言った。

「証明しないとダメっすかね。奴等が甲虫じゃなくて蜘蛛だってことを。あっ、デザートの美味しいお店を知ってるっす。解散したら、どっかで本格的にご飯しましょーよ」

「まぁ、この程度、準備運動か。つーか外出良いのか?」

「行き先言えば平気っすよ、だって、殺ったのは俺じゃないっすから」

「ちなみに奴等ってまとめてるけどさ、理由は?」

 ※※

挿絵(By みてみん)

 お洒落なお店、可愛いお店、雑誌に載るようなお店が並んでいた。

「岡田よ、我々のキャラではないお店ばかりだ。こー言う場所はキラキラ女子のインスタとか、そー言うのじゃね」

 分社で一応解散、ご飯食べてから宿泊所に帰るよーと、言って鈴木さんとわかれた。そしてバスで向かったのはお山の麓の観光地。

 もっと潮風の吹く漁師料理の店を想像してたら、何かフランス菓子専門店とかお洒落すぎるデートスポットに来ていた。

 リュック背負ったモッサイ女と顔に絆創膏貼ったゴリラが浮き上がる空間である。

「俺だって異次元ですけど、ここのスイーツはまさに別世界です。人目が気にならないハイレベルっす。季節限定を網羅しましょう。」

 イートインはテラスと美しい樹木の間にテーブルが並んでいた。

 時間的にピークは過ぎており、テーブルに空きが見えた。

 お洒落空間に入り込むとイートイン用のケーキを選び持ち帰りも選んで、まずは席に着いた。

 飲み物や軽食もあるが、ひとまずお茶を頼んだ。

「まぁ、これをちょっとばかり観てください。多分、いずれ閲覧禁止になると思うんで」

 岡田が自分のスマホを差し出してくる。

「観たくない」

「はいはい、どーぞ」

 広告の後に動画が流れる。

 可愛い女子三人だ。

 10代か20代前半?

 チープコスメで如何に可愛くなるかをレポートしている。

 もともと可愛いから、これ疲れた社会人には真似すると自爆やな〰️。

「で、これが?」

「今回の事件の被害者で、アホとコラボした番組」

 ん?

 はて?と、首をひねる私に岡田はスプーンをくわえながらデュフフと笑った。

 気持ち悪い笑いだ。

 改めてスマホを受けとる。

 概要欄を見てみると、彼女達は三人とも看護学校に通うお友達とある。

 三人一緒に、食レポとかファッションとか色々動画を作っているようだ。

「まとめ動画、ホラー」

 言われて、そこを見る。

 タイトルをざざっとスクロールしていくと。

 でたよ。

「戸田だ」

「正しくは、戸田とストーカーとその他」

 楽しそうなサムネイル、集合写真風で数人が写っている。

「内容は廃墟探訪、今回の撮影予定地」

 ぎょっとする私に、岡田は再び笑った。

「偶然?冗談でしょ。こいつら、普通の繋がりじゃない。表面的な情報だけじゃ足りない何かがあるはずですよ。みーんなオトモダチじゃないですか」

 抗弁が難しい。そして、別段、私が言い訳する理由もない。ため息をつくと画面を触った。

「昼間に行ってるな」

 廃墟に深夜の肝試しかと思ったが、映像は昼間だ。

 インターチェンジの食事風景から始まる。

 一本、10分弱で3本撮られている。

 メインの司会と掛け合いをする子、そして、大人しめだがボソリと突っ込む子の三人が手慣れた感じで進行する。

 学生の活動のような楽しげな雰囲気で、元中学の同級生が集まりました。それで遊びにいきまーすという気軽な動画だ。

 何て言うこと無い動画なのに、今回の事件を考慮すると、怖いと感じた。

 最初は食レポとここがどこかで何の謂れがあるかの説明。友達の紹介、と、ドライブで終わる。

 女の子三人と戸田、そしてストーカーと他に二人の総勢七人だ。

 それぞれにあだ名で自己紹介。

 司会の子をB、掛け合いの子をC、突っ込みをD、そして、ストーカーA。戸田と共通の友人らしき男EとFとする。

 岡田の解説によれば、今回発見されたのがCで、行方不明がBとのことだ。

「同級生で、元々交流があったか。つまり痴情のもつれや金銭トラブルとか、あったかもしれない訳だ」

「そー言うことです。そして、戸田もこっちにいた。偶然なのか怪しいですよ。仕事で来たと言っても、自分から手をあげてこっちに来たのかもしれない」

「疑えばな〰️」

「今回も同様の動画を撮ると言って集まった。そして、何らかの理由で暴力沙汰になった。悪く考えれば、動画を撮ると言う理由で呼び出して殺す、又は女達に悪さをするつもりだった」

「警察はそう考えるってことか」

「ただ、そう単純な話でもないですよね。仲間内のイザコザと言うには、誰が加害者って話になる、続き観ないんですか?」

 私はスマホを返すと緑を振り仰いだ。

「どうしたんです?」

「いずれ、この動画も警察が調べるんだろーなーってね。さて、ひとつだけはっきりしている事がある。それは何だね岡田君」

「戸田と奴等は知人だった」

「違う違う、この彼が亡くなっている事だ。被害者は誰だ?」

 岡田は私の言わんとしていることが分かったのか、不服そうに口を尖らせた。

「戸田の友達が被害者であると言うわけだ。素直に見れば、彼女は被害者の友人で、これからとても辛い立場になる。と、言う考えもあるわけだよ。もちろん、そんな楽観視を鵜呑みにするほど、私だってお花畑ではない」

「なら」

「もしもだ、彼らが真実、被害者だったら?」

 私の言葉に、岡田は動きを止めた。

「彼らがどんな人間で、うちの会社の誰が仲間かは置いておいてだ。戸田も、それから周辺の人間も被害者って可能性もあるはずだ。ゼロではないだろう?」

 思案する表情になったので、私は馬鹿馬鹿しい疑念を口にできた。

「確かに良くないオトモダチ同士なのかも知れないが、その可能性を考えると、状況的にこの前に撮った番組のメンバーは、今回は、どうして参加しなかったのか気になる」

「どう言うことです?」

「だってコラボなんだろ、廃墟に行ったこいつらも参加しそうじゃないか。ましてや何で女子は二人なんだ?いつも三人で動画を撮ってるんだろ?」

「確かに」

「不自然だが、これもいずれ警察が調べるだろう。」

「梅さんってさ、鳥越室長の言う通り警備部とか監査にむいてますよ、まぁ、アマちゃんの部分はありますけどね。」

「私が健康でお前みたいなゴリラだったらな。」

 多分、馬鹿馬鹿しいと否定してほしいのだ。

 今のところAとC以外の所在はわかっていない。

「戸田は出社してるんだろ?」

「その筈です」

「そうか」

 コラボした野郎共も行方がしれない。

 それじゃ、こっちの動画の奴等は?

 気の回しすぎか。

「梅さんは、彼らが被害者だと?」

「内輪揉めにしてはおかしい」

「何処がです?」

「もしだ、自分が恨みや欲で誰かを陥れる、殺すとして。最初から自首するつもりがなかったら」

「まぁ隠しますよね」

「おかしいだろ?」

「おかしい、ですね。死体にしろ乗り捨てられた車にしろ、見つからないようにするのは簡単だ。注意をひかずに即座に殺して山にでも捨てればいいんですもんね」

「同じ事が戸田にも言える、違うか?」

 私の意見に岡田は肩をすくめた。

「衝動的な犯行なら別だがな」

「あーあ」

「なんだ?」

「俺の方が納得しちゃったっす」

「少なからず、お前も動揺していた。だから、関係者の戸田が殊更怪しく見えた。もちろん間違っているかどうかは別だ」

「別なの?」

「証拠もなにも私にわかる材料がない。誰かが言ったという誰かの話を聞いただけだ。戸田の行動が怪しいのは事実だ。だが、それだけで意見を固めることは無理だ。当たっていたとしてもだ」

 それから暫く、二人ともスイーツに集中した。

「部外者として立ち回るなら、知らない方がいい。でも、岡田がつつき回す気なのは、多分」

「多分?」

「嫌な想像をした」

「どんな?」

「例えばだ。乗り捨てられた車を見て、乗っていた奴は無事じゃない。」

 例えば、逃げた女は無事じゃない。

 例えば、戸田はとうとう男を殺したんじゃないか?

 例えば、夜の山を追いかけ回したのは、戸田と組んだ誰か。

 例えば、この動画の中の誰か、もしくは同級の。

「梅さんもそう思った訳だ、なら俺の考えもおかしくないでしょーが」

「確かに一等最初に考えた。お前も私も、当然のごとくだ。それは前情報があるからだ。一旦リセットしてフラットに物事を見るべきなんじゃないか?」

 私の言葉に、岡田は歪んだ笑みを浮かべた。

「や、さ、すぃー」

「まぁ、お前が検察で私が弁護側って訳だな。ともかく映像は観たくない。警察の公開するだろう情報を先に刷り込みたいな。それから岡田の考えを聞かせてくれ。そうしないと、ダメなんだろ?」

「ダメじゃないですよ、NOと言いましょう運動実施中ですから」

「やさしぃー」

「すぃーですよ」

 暗い予想に危機感を覚え、彼らと関わる私を心配した。

 多分、異常性を戸田やその周辺に覚えた。それが岡田の考えだろう。

 他にも色々面倒な何かを持ってそうな岡田は、けっこう優しいのだった。

「次は和菓子に行きましょー」

「ご飯が食べたいわーやっぱナマモノだろ」

「えー和菓子であんこ」

「えー」

 殊更、暗い話は避けた。

 保冷バックにお土産を詰めて、名物を漁ることにした。

 不安だった。

 岡田が真剣だったから。



 戸田が居なくなったと連絡が来たのは、その夜だった。


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