act8 カクレンボ
ACT8 カクレンボ
戸田の所在がわからなくなった。
これだけなら、騒ぐも夜明けを待ってからとなる。
制服でトイレにたったら、帰ってこない。
社外に出たのを見た者もいない。
で、宿泊先である社員のアパートにも戻っていない。
電話をかける、が留守には切り替わらなかった。
メールも入れたが返信は無かった。
分社内で隅々まで探す、が、早々に警察へも連絡。事件の関係者ともなれば、向こうも話が早く通じた。
だからといって、積極的に警察が動くわけではない。
動くとしても、不明から一日以上たってからだ。
「寝てていいのに」
岡田と鈴木さんの車に、同乗した。
半覚醒で頭痛がする。
世間様なら寝るには早いが、私の体内時間は深夜だ。
岡田の言葉に、だらけながら頷く。
私も寝たいが、そうもいかない事情ができた。
私のスマホにメールが来たのだ。
アドレスは戸田だ。
本文はなく写真だけ。
再び返信もいれるが、エラーメールで戻る。
ならば今度は通じるかとSNSで試みるが、やはり通話が出来ない。
ヤベェと思い岡田を叩き起こすと写真を見せた。
ちなみに鎮痛剤が効いてた岡田も小学生の就寝時間よろしく部屋で寝ていた。
だが、寝ぼけても、写真が何処かは即座に答えた。動画を観てればわかる場所。
鳥越のおっちゃんは、社内有志を呼び出して、そっちの車だ。
社内有志とは、警備部の若いのだ。
写真を見せて、判断を仰いだ。当然、おっちゃんと担当の警察の方にも写真が送られた。で、まぁ人を寄越すという話になっている。なっているが、私がでしゃばる理由は。
「寝てるわけにもいくまい。私へのメッセージだ」
他の誰でもなく、私への連絡。
岡田の顔が嫌そうに歪んだ。
我々は、例の廃墟に向かっていた。
写真は、崩れた室内に椅子が写っていた。
ただ、それだけだ。
だが、私は見て、怖くなった。
何故か、怖くて戸田が心配になった。
思ったのだ。
このメールを送ったのは誰だ?と。
何の根拠もなく、戸田じゃない。
そう思ったのだ。
夜道を走る車からは、闇ばかりだ。
「どんな場所?」
私の問いに岡田が答えた。
「自己啓発セミナーとか何とか、まぁ、新興宗教っぽい何かですかね。興した人はとうに死んでますし、団体も解散してます。施設は広大で総合リゾート並みとか」
で、今現在はただのゴミか。
「人家から離れているので倒壊しても被害は無いでしょうけど、入り込む人間もいますし自治体のお荷物でしょうね」
「写真の場所って、すぐに行けそう?」
「廃墟自体は道から五百メートル位か、多分体育館かな。本館とセミナーやってた建物と宿泊所、そしてスポーツやる体育館。豪華豪華。
昼間行った場所、資材置き場の先の道をまっすぐ行くと海沿いまで行く国道と交差するんで、それを北に曲がる。で、それを更に北西に左折していくと廃墟方向の道に出る。山をぐるっと回り込む感じね。コンビニひとつ無いっすよ、梅さん」
「大丈夫だ、チョコバー持ってきた」
なら、安心だ。と、言いながら岡田は前を向いた。
カーナビの通りに進むと、緑の影と闇が深くなる。天候も曇りで、視界は死んでいた。野性動物もいるので、鈴木さんは安全運転につとめ、酒を飲まずに良かったと呟く。
飲みまくったおっちゃんは、若いのと一緒に戸田が宿泊してる借り上げのアパートに向かっていた。
そこにいるなら問題ない。
いないなら、アパートで合流する予定の警察の人間と相談だ。
「んで、お前の持ってるのナニ?」
寝ぼけても、それを見落とすほどではない。
岡田の手にはライトがある。
全長50センチ以上のマグライトらしきナニか。
「見たまんまっす」
「職質待ったなしだろ、アホかッ」
「イヤイヤ、ライトですよー」
「それ、材質ナニ」
「チタン合金?重さ670グラムっすねー」
「バカだろ、それ六キロ以上あんのかよ、なぐったら頭蓋骨陥没するだろ」
「警棒だって600はあるっすよーこれはライトですぅ」
「警棒より重いのかよ、片手で持てないライトとか誰得」
「俺は持てますけど、それに山ん中の廃墟に深夜向かうのに、誰も無手の丸腰とか、そっちの方がおかしいですよ。人殺しが野放しなんすよ、そこんとこわかってます?」
正論である。
そして岡田に頼ったのは、私だ。
「ごめん」
「謝ることはないですよー俺もね、確認してイタズラでしたーで終わりたいんですよ。それにアッチが空振りなら、鳥越室長も警察と合流してこっちに来るだろうし。」
一旦言葉を切ると、岡田はニヤッと笑った。
「一応、俺がヤバイと思ったら梅さん担いで逃げますからね。そんで鈴木さんは自分で逃げてくださいよ。俺は梅さん専用なんで」
「ははは、車のキーは私が持ってるんで、岡田くんヨロシク」
そこで会話が途切れた。
と、まるで見計らったようにスマホが鳴る。
見ると新着でメールの表示。
「岡田、きた、又」
思わず、変な片言になった。
「戸田ですか?」
半壊した室内。
粗い画像に目を凝らす。
故意に、何も写していない。
「下すっね。多分、本館の地下かな。移動してるのか」
「これ、今だとおもう?」
「まぁ、日付も時間も加工できますけどね、誘導してるとして、こっちの動きをわかってやってるのか。前提として、ここがどこか分かる奴がどれ程いるかですよね」
「単にSOSか」
「メールで写真を添付できるなら、文字も送れるでしょ」
「このまま向かうのが不安なんですが」
もっともな鈴木さんの意見に、私と岡田は顔を見合わせた。
「だよね。一度、おっちゃんに電話するわ」
路肩に車を寄せると、電話をかけた。
※※
水をさすわけではないが、警察の人間は手順通りに時間経過を待ってからだそうだ。
つまり、積極的に探すわけではない。本人が自発的に姿を消した可能性が高いからだ。
もちろん事件を捜査している人間には見逃せないわけで、一人こちらと合流する事になった。
そして、待つこと30分ちょっと。
ランドクルーザーが来た。
こっちのハザードを見つけると、路肩によって停車する。
おっちゃんと警備部のと、警察の三人。
警察の人は、菅野と名乗った。
例の捜査の方の人で、戸田を探すというよりは、事件との関連を疑っての同行だ。
さっきの写真を見せる。
一応、廃墟を見てみることで合意。何かあるようなら、応援を呼ぶ事になった。
菅野氏から身分的説明をされたが、一般人には謎である。警察の人としか把握できない。
「第4ってのは、殺人課の特殊性のある殺人に対応した捜査の人達って事っすよ」
車に戻ったら、岡田が補足してくれた。
つまり、死体は事故ではなく殺人と断定された。それも特殊犯罪としてである。
そして二台の車は山の中に分け入り、そして普通なら見落とすような雑木林に続く細い道路で停まった。
よくもまぁ家にいろと言われないものだ。だがまぁ、事件ではないからこその同行だ。写真が送られて来ただけなのだ。
決定的な何かあるようなら即座に対応するのだろう。
つまり、何かがあるのだ。
「二人車に残ってください」
菅野の言葉に、おっちゃんがハンドルを握っている二人を指名した。
なんとなく、意味がわかる。
戸田がいるなら、私が働きかける事になるし、賊がいるなら、ツーマンセルだ。
緊張する私に、岡田が手を差し出した。
「ナニ?」
「怖いので手を繋いでくだされ」
真面目な顔で何を抜かすのだ、こやつは。
「何言ってるの?バカなの、そんでその口調はなんなの」
「えー、じゃぁ怖いので、おててを繋いでくだちゃい」
真面目な顔を崩さずアホを言い切るので、助けを求めておっちゃんを見る。おっちゃんは面倒そうに岡田をにらむと私に言った。
「足元が悪いのと何かあったら、そのゴリラが担いで逃げるから、セクハラとか言わんでやってくれや。それともオジさんと手ぇ繋ぐか?うちのカーちゃんに殴られるから嫌なんだが」
ほれほれ、と、手を出されて仕方なく岡田の手をとった。
「普通に言えよ」
「普通っすよ、本気でビビってるんで手をはなさんでくだされ」
「何時代の人だよ」
小声で会話するも直ぐに口を閉じた。
名残の門扉の残骸を越えると、ひび割れたアスファルトが木々と雑草の合間に続く。
人が通れるとも、この先に建造物があるとも思えない。
先を進む菅野とおっちゃんは、落ちた枯れ枝でクモの巣を払い進んでいる。
ふと、既視感を覚えた。
いつか、どこかで。
もちろん、それは間違いだ。
人の記憶の不思議だ。
管理することなく打ち捨てられた敷地は、雑草と崩れたコンクリート、そしてアスファルトの残骸をさらす。
確かに手をひいてもらわねば、歩くのもままならない。
こんな道を夜に動き回れるのか?
よほどトレッキングに慣れた運動神経の良い者でなければ、無理だ。
ますます、戸田がいるとも思えない。
先頭をきる菅野は、ライトを肩口で保持して辺りを注意深く見ている。相手、この場合戸田が車で来ていれば藪に隠したかもしれない。
まぁ、車が無い=居ないという答えになるわけではない。
ただ、この場所に来るには他に道は無いはずだ。それこそ山野を突っ切って来るのは馬鹿げている。車で乗り入れるにしても、我々が駐車した位置以外は路駐だろう。
考えたくなくて、私も闇を見回す。
すると藪の先に硝子が見えた。
建物だ。
まだ、すべては崩れていない。
以前は車を乗り入れる場所だったのか、ロータリーが正面にある玄関口。
手入れされていれば豪華なゴルフクラブハウスといった建物に見えた。
鉄筋のホテルのような建物を想像していたが、違った。
なかなかに金のかかった様子だけに、放置され荒らされた姿は侘しい。
その建物正面から右が最初の写真にあった運動施設跡。夜目には黒い影が聳えていた。
そして左が宿泊、ホテルのような二階建ての細長い影か見えた。
私と岡田はロータリーの、元はツツジか何かの低木が植えられていた花壇らしき縁に立ちどまった。
先に、菅野とおっちゃんが本館中を見て回るから、待機してろというのだ。
建物も老築化が進んでいるだろうから、全員で入って床でも抜けたら大変だ。
私としては、実際、胃が痛むようなプレッシャーだったのでホッとした。
もちろん、廃墟が、与太話が怖いのではない。
直接的な暴力の予感や、悲劇を、心に悲痛を感じたくなくてだ。
私は、昔より弱くなったと思う。
今までの人生で、少なくない人達と別れてきた。
人の死は避けられない事だとも分かっている。
そして去っていく人を追うこともできなかった。
寂しさと悲しみを、誰にも言えなかった。
だから、私はもう悲しいことは嫌なのだ。
そして、弱くなったが、狡くもなった。
他人事にするのだ。私を含めて、客観視して何とか心に直接的なダメージを減らす。
病気とは、私に限り良い言い訳だ。
私はリタイアして、一歩後ろで控えていたいのだ。
「梅さん、何か聞こえません?」
岡田が例のライトで辺りをぐるりと照らした。
言われて耳をすます。
葉擦れの音に、我々の吐息。
足元の砂利を踏む音に、建物の軋み。
時々、空気が動き。
微かに、ほんの微かに聞こえた。
「猫?」
赤ん坊の泣き声に似ていた。
が、あえて私は現実的な答えを口に出した。
まぁ、山の中で猫の鳴き声も、あまり現実的とは言えないか。
「行ってみますか?」
最初の写真にあった体育館らしい場所をライトが照らす。
私達は顔を見合わせると、頷いた。
命大事に。
お約束は破るのだ。
映画なら勇んで行くけれど、我々小市民は石橋を叩き壊す位叩くのだ。
しばらく、ボヘーっと佇んでいると、再びスマホがなった。
見たくないが、渋々画面を見る。
ミエタ
今回は、一言あった。
扉が開いていた。
薄暗い部屋に扉。
奥は何だ、棚か?
「みえた?ってなんだ」
「これ、何処でしょうね。動画では写ってない場所だなぁ」
続けて、メールの着信が来た。今度は添付なしだ。
rule of threes
画面を見て、岡田が唸った。
「ヤバイなぁ」
「どう言うこと?」
「イタズラだと戸田なんすけど」
「これどういう意味だ」
辺りをライトで照らしながら、岡田は前後に人影がないか見回し始めた。
「生存確率には様々な法則があるんですよ。徘徊老人が所在不明になった場合、当日発見できて無事な確率が八割。二日目からどんどん下がる」
「何の話だ」
「災害時の72時間、他にも生存者救出のタイムリミットとか」
不安になった私も、思わず辺りを見回す。
「んで、3の法則は人の生存の目安っす。サバイバル時で、人間がどのくらい生きていけるかってヤツです」
体温が保持できなければ三時間
水がなければ三日間
食料なしでは三週間
「国内だと72時間がよく言われるのは、災害を念頭に置いているからでしょうか、実は死亡数がはね上がるのは48時間前後。科学的根拠はないんすよ。3の法則も根拠の乏しい部分はあって」
ベラベラと岡田は喋りながら、私を建物の壁へと促した。そして背後を壁に預けると、上と左右を確認して、背後の死角を潰すと岡田は黙った。
用心深く雑草や藪、瓦礫の影を照らす。
猫の鳴き声は続いていた。
アーともナーとも聞こえる、微かな声だ。
「猫、だよな」
「もう一度、戸田に電話をしてみてください」
SNSの通話を試みる。
今回は繋がった。
コールを続けると微かな応え。
私達は耳をすました。
何故か、自分達がやって来た方向から聞こえる。
岡田は私の手首を掴むと走り出した。
唐突すぎて訳もわからず引き摺られ。
足元の悪い暗闇を走り、そして、見つけた。
鳴り続けるスマホが地面に落ちている。
岡田は素早く辺りをライトで照らした。
「スマホは触らんで、そのまま」
通話画面を切ると、辺りは再び静かになった。
誰かがいた。
イタズラなら戸田本人。
でも、スマホを鳴らして置く必要はない。
「これかな」
岡田のライトにマンホールの蓋が浮かぶ。
「下水?」
「とも限らんですね、ただ、これあの建物に繋がってるんじゃないですか?」
指し示した先から風の流れがあるのか、ヒューともボーとも音がする。そして、混じるようにして例の鳴き声が聞こえた。
「猫、じゃない」
「まぁ、猫じゃないでござるね」
それはどう聞いても猫の鳴き声ではなかった。
人間の呻き声だった。




