078 ヒクイドリを狩る
本来なら、この泉に何組かの冒険者が野宿しているのだろうが、侵入者への攻撃で拠点となるサード・ペズンの村が壊滅してしまった。セカンド・ペズンからの距離はかなりあるから、早めに新たな村を作らない限り、この泉は宝の持ち腐れになりそうだ。
ぐっすりと眠れたから朝から気持ちが良い。
池のほとりに何カ所かある低い石組に腰を下ろして顔を洗う。
直ぐ近くまで魚が寄ってきたけど、皆で魚を釣り始めればスレてしまうんだろうね。
そんな魚を相手にタマモちゃんがパンくずを上げている。だいぶ早く起きたみたい。
「おもしろい?」
「うん。先を争って食べるんだよ。これなら簡単に釣れるね」
ゴホンゴホン! と苦しそうな咳が聞こえたので顔を向けると、バーニイさんがお茶を誤飲したようだ。気管に入ったのかな? 咳き込んでるバーニイさんの背中をクリスさんが撫でてあげてる。
「タマモちゃん。バーニイさんが気にしてるみたいよ」
「そうなの?」
昨夜は腕自慢をしていたからねぇ。この池でなら誰でも名人になれるのかもしれない。
タマモちゃんが後ろを振りかえると、小さく頷いている。
クリスさんと目と目で話し合ったのかな?
そんなバーニイさんだったけど、朝食時には元気になって今日の狩りの説明をしてくれた。
「基本は、昨日言った通りだ。俺の人形に向かってタマモちゃんが追い込んで、クリスとモモちゃんが矢を放つ。止めは俺に任せてくれ」
「結構、荒れ地が広いですからバーニイさんの位置が分かり難いんじゃありませんか?」
「この林が目標になるし、俺の後ろに焚き火を作る。その煙で追い込む方向を見定めて欲しいな」
「それなら任せといて!」
だいじょうぶかなあ……。
タマモちゃんは狩るのは得意だけど、獲物を追い込むなんて初めてじゃないかな?
焚き火の始末をして、林を南に向かって抜ける。
100mほど歩いたところで、バーニイさんが焚き火を作り始めた。
枯れ枝を用意していたみたいだな。荒れ地から少しばかり背の高い草を刈ってきて数束に纏めているのは、煙を出すためなんだろう。
その一束を焚き火に放り込むと、勢いよく煙が昇った。
「タマモちゃん。これで位置が分かるよね?」
「これならだいじょうぶ。それにGTOはちゃんとこの位置を目指してくれる」
GTOにもナビが内蔵されてるのだろうか? 結構秘密が多いタマモちゃんのしもべなんだよね。GTOはしもべではないと言ってたけど、私にはその違いが今でもよく分からない。
「探してくるね!」
GTOを出現させると、その甲羅に乗ってたちまち南に向かって駆けて行った。
「俺達も準備しとくか!」
バーニイさんが人形を取り出して大きくさせる。
威圧感がある人形なんだけど、クリスさんの人形とまったく形が異なるんだよねぇ。何かいわくがあるんだろうか?
「私達は弓だから、このままで良いかな? 一応武器だけは用意しとくけど?」
「連絡は、モモちゃんに来るのかな? いくら何でも5分以上の時間はあるはずだ」
メールということかな?
着信音は脳裏に響くんだけどね。とりあえずバーニイさんに頷いておく。
弓と矢筒をバッグの収納から取り出して、手元に置いておく。一応、短剣も背中のベルトに差しておいた。
「上手く見つけられるでしょうか?」
「設定ではかなりの数を用意しているの。オオカミを駆れるようになれば、次はヒクイドリということね」
トラペットでは、オオカミの次はイノシシだった。
各王国でレベルが上がるほど狩る獲物が異なるのだろう。一律ではプレイヤーだって飽きてしまいそうだし、酒場での狩りの自慢話にもなりそうだ。
バーニイさんがタバコを取り出して、焚き火で火を点けている。私達から少し離れて一服しているのを見てクリスさんが笑みを浮かべた。
「いつもはあんな心使いができないんだけど、今回はモモちゃん達に良いところを見せようとしてるのかしら?」
「それならタバコを止めた方が良いように思えますけど?」
「それぐらいは我慢してあげるんだけど、少し内気なところがあるの。レムリア世界に来れば少しは性格が変わるかと思ってたんだけど」
この世界で仕事をすることになったのはクリスさんの意図ということらしい。その理由はバーニイさんの性格改善らしいけど、持って生まれた性格がそうそう変わるとも思えない。
でも、そうしたいというクリスさんの思いは……、ひょっとして?
思わず、クリスさんの顔を見てしまった。
顔を赤くして下を見てるところを見ると間違いは無さそうだね。
「思いは伝わりますよ。私も応援しますね」
「ありがとう。でもねぇ……」
2人の問題ではあるんだろうけど、周りから見ればバレバレなんじゃないかな? バーニイさんの友人が少しはお尻を叩いてあげればと思ってしまう。
突然、脳裏にピンポーンと着信音が聞こえた。
急いで仮想スクリーンを開くと、タマモちゃんからのメールを開く。
「見付けたみたいです。群れを追い込もうとしてるみたいですけど、ヒクイドリは群れで行動するんですか?」
私の質問に2人が驚いている。バーニイさんがタバコを焚き火に投げ込んで輪足のところにやって来た。
「ヒクイドリは単独行動だ。それが群れるとなると」
「営巣地を見付けたってこと! モモちゃん急いでタマモちゃんをその場から離して頂戴。ヒクイドリの群れはかなり凶悪よ」
急いでタマモちゃんにメールを送る。音声入力が出来るからこんな時には便利だ。
GTOならかなりの速度で走れるから問題は無いと思うんだけど、飛べない鳥でもジャンプはできるだろう。一球入魂を振り回しているようなら、早くに救援に向かわないといけない。
直ぐに返事が返ってきた。
それによると、数羽を誘い出したらしい。群れからどうやって誘い出したのかは分からないけど、【火炎弾】を多用して煙幕でも作ったんだろうか?
「数羽に減ってるそうです。こちらに向かってきますよ」
「1羽を想定してたんだけどなぁ。だけどやるしかなさそうだ。矢を放って向かってくるようならクリス、人形で何とか止めてくれよ。たぶん俺に向かってくるとは思うんだけど、一応用意はしといてくれ」
「分かったわ。バーニイも怪我しないでね」
立ち上がったクリスさんがバーニイさんに近付いて頬に軽くキスをする。バーニイさんの顔が一気に赤くなっていくのが分かる。
私に軽くウインクをして焚き火を離れたクリスさんの顔も少し赤くなっているけど、笑みを浮かべているから行動を開始したということなんだろう。
立ち上がりながらバーニイさんを見ると、顔を赤くしたままで固まっていた。だいじょうぶかなぁ? これからの狩りが心配になってしまった。
「まだ、あのままですよ? ちょっと刺激が強すぎたんじゃあ」
「あれだもの。もう少し積極的になって貰わないとねぇ」
バーニイさんの将来が見えてしまった。でも、クリスさんと一緒なら幸せになれるんじゃないかな?
「それじゃあ、私は西に向かうわ。人形を待機させるから、万が一の時には援護するからね」
「その時には上位職になりますよ。ニンジャですから、そうそう見付けられないはずです」
と言っても、忍者ではなくニンジャというところが怪しくもあるんだよね。日本の忍者というよりも、外国の人が思い描くニンジャに近いように思えてならない。
本当の忍者になれるのは更に上級職に変化した時だろう。
弓に矢をつがえて荒れ地の小さな繁みに身を隠す。下草の丈が短いから直ぐに見つかってしまいそうだ。
西に位置したクリスさんに弓を掲げて場所を教えると、向こうでも弓を上げてくれた。これで互いに誤射することはない。互いの距離は200mにも満たないけど、この間をタマモちゃんは追い込んでくれるんだろうか?
遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。あまり聞かない声だけど、怒っているようにも思えるから、あれが獲物なんだろうな。
ヒクイドリの姿を視認した時は、300mにも満たない距離だった。
弓を引き絞って、その時を待つ。
バタバタと足音を立てて私の直前を横切った時、素早く矢を放ち、2羽目に矢を放つ。続けざまに3矢を放ったところで、煙を上げる焚き火に向かって走り出した。
「そんなに急がなくともだいじょうぶみたい。バーニイとタマモちゃんで何とかなったみたいよ」
私の手を引いて、クリスさんが人形の肩に私を乗せてくれた。
ここからなら状況が良く見える。既に狩りは終わったようだ。バーニイさんとタマモちゃんがハイタッチしているぐらいだから。
「小さい子となら、あんな感じでいられるんだけど。私と一緒だといつも落ち着かないの」
「意識しすぎなんでしょうね。でもさっきのキスで少しは前進したと思います。これからは押せ押せですよ」
「そうするわ。そうでもしないとお婆ちゃんになりそう」
焚き火の傍に来たところで、クリスさんの人形から飛び降りると、タマモちゃんが駆けてきた。私に抱き着いてきたから、頭をぐりぐりと撫でてあげる。
「頑張ったのは認めるけど、危険なことはしないでね」
「危険はなかったよ。GTOの背中から【火炎弾】を放っただけだもの。最後はバーニイお兄さんと一緒にヒクイドリの首を刈り取ったんだ」
ヒクイドリは、動物園で見たエミューに似た鳥だった。私よりもずっと背が高いし、長い足には立派な筋肉と鋭い爪がある。
バーニイさんは人形の持つ大きな戦斧を使ったんだろうけど、タマモちゃんは……、薙刀を持ってたね。あれを使ったんだろう。
ヒクイドリが光の粉を纏って消えていく。バーニイさんとタマモちゃんのバッグにはヒクイドリのお肉が残されているはずだ。
これで、お土産ができたということになる。
数日後には、ラグランジュ王国を去ることができるだろう。
当初の目的だった。赤い街道の西の端を見る旅は終わったのだ。