074 双頭のヘビが現れた
起きてきたバーニイさん達は、得物を持ってGTOの陰に隠れる。
人形使いの戦いは人形が主になるってことだよね。獣の数が多そうだから、少しはバーニイさん達に回ってしまうだろうけど、やって来るのはオオカミやイノシシだ。それぐらいは何とかできると思いたい。
「クリスお姉さんは弓を使うの?」
「私は弓で、バーニイが槍なの。でも、私達の前がタマモちゃんでだいじょうぶなの?」
「だいじょうぶ! どちらの群れとも戦ってる」
GTOの甲羅の上に乗ったタマモちゃんが、杖をくるくる回してアピールしてるけど、あれって一球入魂が変化した杖なんだよね。
1.5mほどの長さだからタマモちゃんの身長より長いんだけど、杖の上部には金属製のケースに包まれた宝石が光っている。
あれで殴られたら、一球入魂より酷いことになるんじゃないかな?
正式な名前もあるんだろうけど、タマモちゃんは「一球入魂」と同じように読んでいるみたいだ。
「もう直ぐ来ます! 迎撃よろしく」
私の言葉に、人形と黒鉄が片手を上げて答えてくれた。
黒鉄は武器を持たないけど、バーニイさんの人形は右手に戦斧を持っているし、クリスさんの人形は私の身長ほどの長剣を右手で持って剣先を地面に着いていた。
どんな動きをするのか、ちょっと楽しみだね。
GTOの甲羅に腰かけて待つことしばし、突然焚き火の明かりの中にオオカミの群れが飛び込んできた。
最初に動いたのは、バーニイさんの人形だ。
戦斧を振り回しながら、群れに飛び込んで片っ端から弾き飛ばしている。
少し遅れてクリスさんの人形がGTOに近付いてきたオオカミに向かって長剣を振るい始めた。
まだ黒鉄は動かない。
次の群れを待っているのだろう。
GTOを回りこもうとするオオカミはクリスさんの弓で次々と倒されているし、その矢をかいくぐって来たオオカミはバーニイさんの槍で突かれている。
タマモちゃんを狙うオオカミは予想通り一球入魂の杖の一撃を受けてその場に倒れていく。
私は、近づくオオカミだけを忍刀で切り伏せていく。まだまだ始まりだから、体力は温存し解かないとね。
「次が来たよ!」
タマモちゃんの叫ぶような声で前を見ると、イノシシが焚き火を跳ね飛ばしながら突っ込んできた。
ドン!
鈍い音が聞こえた時には、突っ込んできたイノシシが黒鉄の腕の一旋で、数mも吹き飛んでいる。
かなり痛手を受けたのだろう、立ち上がることもできないようだ。
「凄いな! あのイノシシは500kgはあるんじゃないか?」
「こっちも頑張らないとね。群れがやってきたわよ!」
オオカミが一段落したところで、イノシシの群れが現れた。さすがに先ほどのイノシシよりは小型だけど、それでも300kgは超えてるんじゃないかな?
タマモちゃんが【火炎弾】を放ち、バーニイさんも魔法を放つ。
私は群れの間を縫うように動きながら、イノシシの体に刀を振るった。
「もう少しだから!」
「まだまだ行けるぞ。でもこれが最後かな?」
タマモちゃんの言葉にバーニイさんが答えると、人形が近づいてきたイノシシの首を戦斧で切り取った。
周囲は血の匂いで一杯だけど、向かってくる獣は尽きたようだ。
これで群れを凌いだことになるんだけど、数分待ってもキメラは現れなかった。
「やってこないな? ならやることは1つだ」
「ちゃんと、止めを刺して欲しいわ。この間は解体しようとしたら動き出したんだから」
「それだけ新鮮だってことだ。だいじょうぶ、今度はちゃんとするよ」
バーニイさんはうっかり者みたいだね。でも、クリスさんが一緒なら上手く行くんじゃないかな?
タマモちゃんに見張りを頼んで、私もイノシシの解体を始める。とはいっても、ここはゲームの世界でもある。
解体用のナイフをイノシシの体にズブリ! と刺し込むと、光と共にイノシシの毛皮と肉の塊が5個、魔法に袋に入っていく。
どうにか解体を終えて焚き火のところに戻っていくと、タマモちゃんとクリスさんが朝食を準備している最中だった。
いつの間にか夜が明けていたようだ。
獣はやってきたけど、キメラはついに現れなかったみたい。本当に、トラの胴体にローマ戦士風のキメラなんているのだろうか?
「ご苦労様。バーニイ! もう終わったんでしょう。こっちに来て休んだら?」
バーニイさんは一服の最中みたいだ。
片手を振ったところで口元を指差しているから、一服を終えたら合流するってことかな?
「それにしても、タマモちゃんの黒鉄は強いね。あんなに力があるとは思ってなかったわ」
笑みを浮かべたクリスさんにタマモちゃんが嬉しそうな表情でうんうんと頷いている。しもべが褒められたことが嬉しいに違いない。
「その上で、タマモちゃんはあれほど動けるの?」
「勝手に動いてくれる。私は、『その場で迎撃』と伝えただけ」
「それで、あの動きができるのか! まったく俺達の人形もそうだと良いんだけどねえ」
「最初から比べれば、だいぶマシになってるわよ。訓練を始めた当初は人形を動かすことで精一杯だったもの」
バーニイさんがクリスさんの隣に座ると、直ぐにクリスさんがお茶のカップを渡している。当然のように受け取ってるから普段通りということなんだろうけど……。
「でも、今では少しは動けるということですか?」
「モモちゃん達に比べられるとねぇ。人形を動かしながらでは、せいぜいレベル8というところだろうな。怪我ぐらいは覚悟していたんだけど、モモちゃん達に助けられたよ」
戦うのは人形。その時自分を守るには……。
中々大変だと思う。一番良いのは、数人でパーティを組んで守ってもらうことになるんだろうけど、ラグランジュ王国の警邏さん達は人数不足に違いない。
「とうとう来なかったわね」
「様子見……、というところでしょうか?」
「逃げたということは無さそうだからねぇ」
バーニイさんの話しでは、サード・ペズンから離れた場所に向かった偵察隊は目撃していないそうだ。
ここが縄張りということなんだろうか?
とりあえず朝食を頂き、終わったところでバーニイさんが周辺にセンサーを取り付けていく。
センサーと言えば聞こえはいいが、紐を引っ張ると大きな音と光を放つ子供の花火みたいな品らしい。
よほど近くでなければ火傷すらしないと言ってたから、接近を知らせる合図丁度良いと教えてくれた。
「三重に仕掛けてきたぞ。接近すれば東西南北の方向が分かる」
「気配を断つのが上手いということかな?」
「分からない。でも、注意しすぎることはないと思うわ」
姿だけが遠目で目撃されただけらしい。備えは必要ということなんだろう。私はそこまで注意深く行動できるだろうか?
タマモちゃんが一緒なんだから、ちゃんと守ってあげないとね。
バーニイさん達は、朝からお昼寝だ。昨夜は余り眠れなかったらしいから、ゆっくりと休んでもらおう。
タマモちゃんがGTOの甲羅の上に乗って周囲を警戒してくれている。
暇つぶしなのかもしれないな。たまに双眼鏡を取り出して、物陰を確認している。
「何か見つかった?」
「大きなのはいないんだけど……、あれってヘビだよね?」
何か見付けたみたい。直ぐにGTOの甲羅に上って双眼鏡を取り出した。
タマモちゃんが腕を伸ばして教えてくれた先には……、確かにヘビがいる。でもちょっと変わってる。頭が2つあるんだもの。
「相当のヘビか。そんなのレムリアにいたんだね」
うんうんとタマモちゃんが頷きながら仮想スクリーンの画像を調べているようだ。資料集には、それまで見たり戦ったりした魔獣や獣のデータが記録されるんだけど……。
なぜかしら、私達の持つ資料集には全てのデータが詰まっている。
検索すれば直ぐに見つかると思ってたんだけど、どうやら資料集には存在しないヘビらしい。
「無いの?」
力なく頷いている。ということは、あのヘビは侵略者の一味ということになるんだろうか?
「小さく見えるけど、毒ヘビだと思って間違いなさそうね」
頭が三角のヘビは毒ヘビだとシグが教えてくれたんだけど、そんな話は聞いたことも無かった。だけど双頭のヘビの頭は三角だから、シグの教えに従っておけば間違いないんじゃないかな。
「早めに倒しとく?」
「こちらを見てるだけだから放っておきましょう。近づくようなら一球入魂で叩けばおしまいでしょう?」
害が無ければレムリアの色どりに加わるはずだ。と言っても毒ヘビじゃあねぇ……。
焚き火の傍に帰って、カップにお茶を注ぐ。
侵入者が人型とは限らないということか。ドリアードやアラクネも怪物なんだろうけど、人型と言えないことはない。
でも、頭が2つあってもあれはヘビということになる。
「お姉ちゃん。さっきのヘビが増えてたよ。今は数匹になってる」
「頭が2つだから、3匹ってことかな?」
タマモちゃんの報告に、私が笑みを返しながら聞いてみた。
「ううん。胴体の数。まだ増えるかな?」
「そうね。お茶を頂いたら、また見てきて頂戴!」
ちょっとした暇つぶしになるに違いない。でも、たくさんいるとなれば、数を減らした方が良いのかもしれないな。