072 廃墟に向かって
人形が駆ける。
私達の乗るGTOに負けてないんじゃないかな?
おんぶする様に背中に乗ってるバーニイさん達が振り落とされないかと心配してしまう。
20分ほど、南に移動したところで人形の歩みが遅くなる。
長時間の高機動は無理ということなんだろうか? だんだんと歩みが遅くなって、やがて動きが完全に止まってしまった。
「よいしょっと!」
人形の背中から、跳び下りたバーニイさんが周囲を見渡しながら、タバコを取り出して火を点けた。
「こら! お嬢ちゃん達がいるんだから少しは我慢しなさい」
バーニイさんに続いて飛び入りたクリスさんが抗議している。
これだけ広い荒れ地なんだから、問題はないんじゃないかな? 風で煙が拡散してしまうから匂いさえ感じないけど、吸い殻のポイ捨ては止めて欲しいな。
クリスさんが人形の胸部装甲を開いて、内部から握りこぶしぐらいの球体を取り出した。腰のバッグから別の球体を取り出して交換しているところをみると、人形の駆動燃料に相当するものなんだろう。
「ごめんね。人形はそれなりの動きが出来るんだけど、魔力の消耗が半端じゃないのよ」
「さっきの球体がそうなんですか?」
「これね。水晶球に魔道紋を刻んで魔力を蓄積してるの。本来の人形使いは、自分の魔力を使うんだけど、それだと直ぐに尽きてしまうのよ」
魔獣使いとはちょっと違うみたい。
タマモちゃんの話だと、GTOやしもべの召喚でもそれほど魔力は使わないらしいし、一度呼び出せば指示に従って動いてくれる。
「クリス、俺の人形も交換しといてくれないかな?」
「しょうがないわね。私の人形と構造が少し違うから面倒なんだけどなぁ。……貸し、1つだからね」
バディを組むだけあって仲は良いようだ。
それにしても、ラグランジュ王国は、他の王国と違った魔法が発達してるように思える。人形使いという職業は初めて聞いたし、使う人形だって本来の使い方とは異なるらしい。
だけど、バーニイさん達が人形を操るとなれば、その間は無防備になるということなんだろうか?
一応、武器は装備してるんだけどね。
バーニイさんの一服が終わるころには、2体の人形の魔力を封入した球体の交換が終わったようだ。
再び街道を南に進むことになったけど、今度は前よりも速度を落としている。
「人間と同じね。体力が消耗するみたいに魔力を消耗するの。サード・ペズンまで残り15kmほどだから、これぐらいの速度で進めば向こうに着いても戦えるわ」
「魔獣が徘徊してると聞いたんですけど?」
「キメラと言えば分かってくれるかな? 全長5m近いが結構敏捷なんだ。たまに火を噴くらしいぞ」
バーニイさんの話しは、実際に見た冒険者からの情報らしい。
火を噴くと言えばドラゴンと相場が決まってるけど、キメラというからにはいくつかの動物を無理やり合体したような姿なんだろうね。
「オオカミのように動けるの?」
「それほど素早くはないらしいけど、クマぐらいには動けるよ」
タマモちゃんの質問に、バーニイさんが笑みを浮かべて答えてくれた。小さいけど一人前の冒険者なんだと思ったのかな。
でも、高機動では燃費が極めて悪くなるってことは、まだまだ改良の余地があるんだろう。
タマモちゃんの方は、答えを聞いて考え込んでいるけど、ちゃんと前を向いてGTOを操ってほしいな。
前方に林が見えてきた。
林の中に道が続いているから、あの先にサード・ペズンの廃墟があるのだろう。
バーニイさんが、林近くの広場に人形を進めていく。
どうやら昼食を取る感じだな。
「ここで昼食にするよ。林を抜ければサード・ペズンの廃墟が見えるはずだ。この林は村の薪取り用の林だからね」
バーニイさんが人形から飛び降りて、焚き火を作る。
ポットをクリスさんが準備して、私達にお弁当を配ってくれた。
ちょっとハムがはみ出したサンドイッチを食べながら、状況をバーニイさんが話してくれる。
「東に向った部隊の準備は整えたらしい。もっとも、戦じゃなくて荷物改めと入国者の審査だからね。フェルベン王国からPKがやって来るとは思えないな」
「北はどうなんです?」
「ラグランジュの侵入はサード・ペズン周辺だったの。北への侵入は探知できなかったけど、北の帝国からやって来ることを想定して騎士団が街道の隘路を封鎖しているわ」
帝国の様子は現場サイドまでは余り知らされていないらしい。
あまり広範囲に情報が伝わることによって、この世界のリアル感が喪失することを防ぐということなんだろうか?
シグ達はだいじょうぶなんだろうか? タマモちゃんとケーナがメールで状況を伝え合っているらしいけど、私には全く連絡を寄越さないんだから……。
「先行偵察に行った奴は、やっとのことで逃げ帰ったらしい。その時奴らの前に現れた魔獣がこれさ」
仮想スクリーンを作り出し、腰を上げて私達に画像を見せてくれた。
胴体がトラで、頭の部分から逞しい人間の上半身が突き出している。チェーンメイルにローマ風の兜を被り、丸い盾に手槍を持っていた。
「大きさは牛ほどあると言っていたな。これなら戦士だと思って戦いに臨んだら、魔法で翻弄されたらしい」
「【火炎弾】に【氷の矢】、その上、【魔法盾】まで使いこなしたらしいの。かなり素早いと言っていたから【加速】も使えるのかもしれないわ」
この体でねぇ……。ということは、接近戦にならなかったということだろうか?
魔法で十分に対応できるなら、あえて接近戦に持ち込まずに済むと判断したとすれば、戦術眼もある程度あるってことだよね。
こんな魔獣が数体いるとなれば、現在の姿で対応するのは難しいのかもしれないな。
「タマモちゃん。上位職に変化して。どうも簡単に勝たせてくれそうもないみたい」
「分かった。黒鉄も出しておく」
バーニイさん達に顔を向ける。
改まった私達に、椅子代わりの丸太に座り直してバーニイさん達は私達に注目している。
「世間的にはL16のレンジャーです。でも、今回の侵入事件で上位職を得ていますから、これから姿を変えますね」
「できるならそうしてくれ。どうも悪い予感がして仕方がないんだ」
それって、フラグを立てているように思えるんですけど!
タマモちゃんと腰を上げると、メニューを広げて上位職に姿を変える。私達で対応できないとなれば、相手はL20を超えることになるんだろう。その情報だけでも貴重に違いない。
「変身!」 大きく声を上げながら、その場でピョンと跳び上がり、空中で一回転。
一瞬光に体が包まれて、着地した時にはニンジャの姿に変わった。
タマモちゃんも変身が終えたみたいで、神官服に姿が変わっている。
「話には聞いてたけど……。神官の上位職の更に上なんじゃないか?」
「枢機卿。神官より強い!」
タマモちゃんが自己主張してるけど、その服で動き回ったら汚しそうで心配になってしまう。やはり、迷彩柄の神官服を早めに手に入れとこう。
「タマモちゃん。黒鉄を出してくれないかな? 撃たれ強いから、先導して欲しいんだけど」
私のお願いをうんうんと頷いて聞いてくれたタマモちゃんが、杖をくるくると回して黒鉄を召喚する。
突然出現した鋼鉄のゴーレムにバーニイさん達は驚いているけど、直ぐに近寄ってペタペタと黒鉄の体を触り始めた。
「驚いたな。まるで爺さんの家で見た古いアニメのロボットそっくりやないか! これなら安心して先行を任せられるな」
「自立思考が可能なの? それも優れものねぇ。私達はあの人形を操らないといけないの。一応、自分を守れるぐらいの動きは出来るんだけど……」
人形使いの弱点ということなんだろう。バーニイさん達は後ろに下がって人形を操作することになるわけだ。自ら武器を取って戦う場合は人形の動きが防戦モードに移行することになるということなんだろうな。
「そろそろ出発しようか。先頭はこのゴーレムにお願いするよ。その後ろを人形2体、その後に俺達が続き、殿はモモちゃんにお願いしたいな」
「良いですよ。タマモちゃん、周囲に注意してね。廃墟に出掛ける冒険者は私達だけの筈だから、見敵必殺で構わないよ」
「なら、炙り出して攻撃する。だいじょうぶ、黒鉄に任せとけば十分!」
ちょっと心配になるタマモちゃんの言葉だけど、黒鉄を先頭に私達は林へと続く道を歩き始めた。
弓を手に、敵がいつ飛び出しても一撃できるように最後尾を歩いているんだけど、前を歩くバーニイさん達は人形を捜査している様子が見えない。
ひょっとして、思考伝達ということなんだろうか? それなら思い通りに人形を動かすこともできそうだけどね。
「かなり遠くに獣がいるみたい。廃墟に何もいない時には狩りが出来そう」
「新顔の獣かな?」
「イノシシだから新顔じゃない」
一度対峙した相手なら、タマモちゃんは相手が分かるようだ。私は200m圏内ならどうにか分かるんだけど、タマモちゃんの場合はしもべ達の性能に助けられてるんじゃないかな。
「獣がいるとなれば、キメラはいないということになりそうだな」
「そうでもないわ。警邏事務所で聞いた話だけど、突然現れたと言ってたわよ」
召喚者が別にいるということなんだろうか? それともいくつかのスキルを組み合わせた巧妙な偽装ということも考えられそうだ。
林の中の道を歩きながらも、周囲の気配に注意する。
広範囲の警戒をタマモちゃんに任せて、私は至近距離に注意を向ける。バーニイさん達もしきりに頭を左右に動かしているけど、あれでは目で見ているという感じだ。巧妙に姿を隠した敵に対して役立つとは思えないんだけどねぇ。
「やっと出たな。あれが廃墟なんだけど……、煙りが上がってるな?」
見通しがあまり良くなかったから、林を抜けてホッとした表情のバーニイさんだったけど、言葉の最後で声が強張っている。
「冒険者? でも、事務所でサード・ペズンに冒険者はいないことを確認してるわ。まさか侵入者が堂々と野営してるのかしら?」
野営の煙にしては、か細い煙だ。
さて、どんな敵がいるのかな? 案外、私達を誘き寄せる罠かもしれない。
「行ってみようよ。ここで眺めてても分からないよ」
タマモちゃんの一言で、私達は1kmほど先の廃墟に向かって歩き始めた。