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049 歪を越えてくる脅威


 翌日にアップデートの部分修正メールが、運営から一斉に発信されたようだ。

 生憎と私達には直接メールが来ないんだけど、警邏さんやシグ経由でいくつかのメールが届けられた。

 シグからは、追伸でPKには十分注意するようにと書き添えられている。やはり、修正はPKには有利とシグ達も考えたに違いない。

 数百万を超えるプレイヤーの中で、そのことに気が付いていないプレイヤーもいるんじゃないかな?

 パーティを組んでいるなら、仲間がそれを教えてくれるんだろうけど、ソロでプレイを楽しんでいる人達だって大勢いるんだよね。間違いが無ければ良いんだけど……。


「王都の神殿に行くんだよね?」

「そうなんだけど……、私達に何の用があるんだろうね。王国で一番偉い神官様なのよ」


 タマモちゃんが早く行こうと言ってるんだけど、何となく不安になって腰が上がらないんだよね。


「悪いことはしてないんだし、たまに祠にだってお祈りしてるんだからだいじょうぶだとは思うんだけど」

「早く行こうよ。きっと美味しい御菓子を用意してくれてると思うんだ」


 何か用事を言いつけられるなら、それぐらいはしてくれるだろうけど、叱責を受けるとなれば、こっちが何か用意しておかないと不味くないだろうか?

 とはいっても、あまり良いものが思いつかないんだよね。


 中々席を立たない私にしびれをきたしたタマモちゃんが、私の手を引いて強制的に宿から外に出ることになった。

 あまり気乗りはしないんだけど、大神官様からの召喚ともなれば無下にもできない。

 早く出掛けて素早く謁見を終わらせるのが一番なんだろう。


「タマモちゃんの準備は……、終わってるのね。それじゃあ、行ってみようか? 【転移】」


 人気の少ない職人街の通りなら、【転移】を使っても問題はない。巻き込まれ注意の但し書きが魔法一覧の【転移】の項目にあったから、たまにいるのかもしれないね。


 【転移】の魔方陣からの光が納まると、私達は王都の神殿が立ち並ぶ一角に出ることができた。

 王国の国教は地水火風の4つの神殿だ。それ以外にイザナギさんを祭る区画があるけど、格が上過ぎて神殿すら建てられないらしい。

 私達が【転移】してきた場所は、4つの神殿が共有している庭園の一角だ。

 ちょっとした林と、大きな庭があるんだけど転移場所は直ぐに通りに出られるような一角にある。


「モモさんとタマモさんですか?」


 呼び声に振り返ると、木漏れ日の下でベンチに腰を下ろした女性が、本を膝に置いて私達を見ていた。


「はい。そうですけど?」


 私の返事に、女性が笑みを浮かべる。神官服を着ているから神殿の関係者に違いないけど……、既に初老の領域に入っているように見える。

 レムリアの世界にやって来るプレイヤーは、実年齢をベースにしているから、目の前にいる老女性神官もそうなんだろうけど……。

 ひょっとして、NPCなのかもしれないな。


「待っておりましたよ。レムゼ6世がお待ちです。私に着いてきてくださいね」


 思わずタマモちゃんと顔を見合わせてしまったけど、私達にとってはありがたい話だ。神殿が立ち並ぶこの区域で、どの建物を目指せば良いのかまるで見当が付かないからね。


「さあ、まいりましょう」と女性神官が私達の先に立って歩いていく。

 足音も立てず、長い裾の神官服がほとんど動かない。まるで石畳を滑るように女性神官が先導してくれるのだが、私達は初めて見る風景が珍しいので、あちこちに目をきょろきょろとさせているからともすれば遅れがちになる。


「建物に向かってないんじゃない?」

「そうね。どちらかというと庭園の奥に向かってる感じよね」


 きれいに剪定された木々と白い花の咲く花壇が石畳の両側にあるんだけど、どう考えても神殿の位置から離れていくのがタマモちゃんの指摘を受けなくとも分かるんだよね。いったいどこに案内してくれるんだろう?


「あの東屋あずまやに大神官様はおいでです。依頼の内容を神殿内で聞かせるわけにはいかぬとおっしゃっておりました」


 私達の不安を和らげるように、笑みを浮かべて話してくれた。

 物静かで、人と話す時には笑みを浮かべるのが神官なんだろうか? 私には到底無理だけど、タマモちゃんの上位職は枢機卿なんだよね。だいじょうぶなんだろうか?


「モモ様とタマモ様をお連れしました」


 女性神官が東屋の前で立ち止まり、数人の神官に到着を告げる。


「入って貰いなさい。他に3人いるのだが、レムリアの神を知る者達ですから問題はありません」


 お爺さんの声だけど、話し方は丁寧なんだよね。私にそんな話し方ができるかな?


「どうぞ中に。直ぐにお茶を用意しますね」


 女性神官は、私達が東屋に入るのを見届けると、その場を立ち去った。

 思わず後ろ姿を眺めていたんだけど、「どうぞお座りください」の声で、東屋の壁際に設えられたベンチのような椅子に腰を下ろす。

 

 真ん中にテーブルがあり、入り口には扉が無い。椅子は入り口から左右と奥にある。私達が座ったのは左の椅子だ。私達の正面には2人の老いた神官が笑みを浮かべて座っている。左手の椅子には若い女性の神官が座っている。


「お呼びと聞いてやってまいりました。どのような御用なんでしょう?」

「それほど火急というわけではありません。お茶を飲みながらお話しましょう」


 それほど焦った表情を私はしているのだろうか?

 何となく、この辺りの時間の流れが違うように思えてきた。

 しばらくすると、先ほどの老神官がお茶のセットを若い神官と一緒に運んできた。優雅なそぶりでお茶をカップに入れると、老いた神官からカップを配っている。私達は2番目だから、やはり客として捉えているのかな?

 お茶を運んできた老神官が去ったところで、私達の前にいる老神官がお茶を口に入れる。

 ゆっくりと飲み込んだところで、私に顔を向けた。


「イザナギ様の加護を受けた冒険者で合っていますか?」


 老神官の問いに、私達は小さく頷いた。


「やはり……。火の神殿におる神官の1人が【予知】を持っています。次の試練にはどうやら貴方達の協力が欠かせないとの話でした」

「でも、私達はNPCです。試練に応えるのはプレイヤーではないのでしょうか?」


 目の前の老人が大神官として4つの神殿を束ねる存在なのだろう。リアル世界でも宗教界の実力者なのかもしれない。

 私の言葉を聞いて、大神官に優しそうな笑みが浮かぶ。


「運営……、この世界を形作る存在と、『ヤマト』、『ゼニガタ』、『TOKIO』等の電脳神、さらには全体を調整する『イザナミ』……。1か月ほど前に行ったアップデートと今夜行われる修正によりレムリアにひずみが生まれるようです。歪そのものはイザナミ様が調整をしてくれるでしょう。ですが、そのひずみがレムリア世界に存在している僅かな時間が問題なのです」


 時間にすれば数秒にも満たない時間らしい。その間、レムリア世界の他者からの隔絶ができなくなるとのことだった。

 

「魔族ではありません。他の世界からの干渉が予知されているのです。既に、関係部には連絡をしましたが、それだけに頼ることはできないでしょう」

「集団では対処できるけど、個々の侵入者には対処できないと?」

「おっしゃる通りです。無差別PKが始まるかもしれません」


 ちょっと待って! 今度の修正は攻撃範囲の視覚を止めるものだ。その前の大きなアップデートでNPCとプレイヤーの区別がなくなっている。

 要するに、侵入者であっても簡単に見分けがつかなくなるってことなんだよね。


「その対応ができる存在として、何人かの候補が上げられました。ですが、私は【予知】で知りえたイザナミ神の加護を受けた貴方に期待することにしました。もちろん他の者達にも協力を仰ぐつもりですよ」


「本当に危機は来るんでしょうか?」

「【予知】は絶対です」


「できるでしょうか?」

「できなければ、無垢な住民の虐殺がいつまでも続くことになるでしょう」


 いつの間にか老神官の表情から笑みが消えている。

 とんでもない依頼なんだけど、私達にできるとは答えていないんだよね。

 

「厄介なのは、歪を越えてくる侵入者の数が分からないことです。脅威が去るまでは常に危機感を持って臨まねばなりません」

「脅威が去ったことは【予知】できるのでしょうか?」

「可能だと考えています。モモさんは警邏組織と連絡を行っているようですから、私達が知りえた情報は警邏組織に送りましょう」


 とはいってもねぇ……。

 どうしたら良いか、途方に暮れてしまう。


「依頼は以上です。私達の危機感を取り払ってもらいたい。報酬は、モモさん達の当座の宿泊費、それに私達の持つ情報の閲覧でどうでしょうか?」

「宿泊費はご遠慮します。冒険者ですから、狩りをすればそれなりに稼ぐことができます。でも、情報の開示とはどういうものでしょうか?」

「全ての神殿はネットワーク化されています。辺境にある祠であっても、常にレムリア世界の情報を得ることができますよ」


 警邏さんの持つ情報は運営側の動きとプレイヤーの動きが主体だけど、神殿の持つ情報はその地域の詳細な情報ということかな?

 神官さん達が町で集めた情報を神殿に送っているに違いない。となれば、レムリア世界の現状を知るには一番じゃないのかな?


「情報の閲覧だけで十分です」

「ならば、モモさんとタマモさんの閲覧を許可しましょう。仮想スクリーンへの教団のメニュー追加は私達で行っておきます」


 私とタマモちゃんのアドレスは特定されているってことかな?

 さすがは教団というところなんだろう。


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