044 赤い街道の西端を目指して
レムリア世界への公式なプレイヤー参加数は、既に500万人を超えているらしい。
3つの王国に作られた歓迎の広場には何度かの大きな参入があったけど、この頃は1日に100人程がこの世界に具現化してくるようだ。
とりあえずのピークは過ぎたということかもしれない。私達もトラペットの町で1か月近く滞在してると、次の町に出掛けたくなってくる。
「北の帝国にプレイヤーの人達は向かったのかな?」
「まだみたい。アンヌお姉さんが、街道の途中にいくつかのイベントが用意されてると言ってたし、レベルが20ぐらいないと厳しいって」
広場のベンチに腰を下ろし、タマモちゃんと雑談するのがこの頃の日課になっている。
そんなイベントをシグ達はチャレンジするんだろうな。
少し羨ましくなってしまう。
「それとね。狩りの時に出てくる光の傘みたいなのがあるよね。あれが嫌われてるって言ってた」
「便利そうだけど、何となく違和感があるのよね。私も前の方が良かったかな。でも、元々はPK対策って言ってたんだよね」
便利でも、違和感があればプレイヤーはゲームを敬遠してしまうだろう。ある意味国家規模のVRMMOであるレムリア世界では、プレイヤーがどのようにゲーム世界を楽しんでいるかを常に掌握している部門があるらしい。
この町にも、噂を探る調査員が何人かいるんだろうな。
そんな部門から、プレイヤーの不評が問題視されたとなれば、前回のアップデートの内容が見直されることになるだろう。
「私達は、この世界で暮らすだけで良いみたいだけど、警邏さん達の会社はいろいろと大変そうだよね。その為に、私達がいるのかなぁ……」
「お手伝いってことだよね?」
真面目そうな表情を私に向けてきたから、思わず頭を撫でてあげた。
首を振ってイヤイヤをしてるけど表情は笑みを浮かべたままだ。私の頭の猫耳と似た感じのキツネ耳がピョンと髪から飛び出している。遠くから見れば、仲の良い姉妹に見えるだろうな。
だけど、タマモちゃんがアンヌさんに聞いたとなれば、組織の末端までもがプレイヤーの不満を知っているということになる。
あれから1か月が過ぎたことを考えると、早急な対策が取られるんじゃないかな。
「そろそろ、次の町に出掛けてみようか?」
「なら、西がいい。西にも王国があるんでしょう?」
そういえば、この王国を足掛かりにして動いてるから、あまり西に行ったことが無いんだよね。
この世界で暮らすことを考えると、いろんな王国に行ってみるべきかもしれないな。
レベル的な問題だって、歓迎の広場を持つ町を巡るなら問題は無さそうだし、その町を起点にすれば、3つの王国の王都までを巡るのに苦労は無さそうだ。
赤の街道の尽きるところを探ってみようか?
東はトランバーの港町が最東端だったんだよね。
「赤の街道の西の端を探してみようか!」
「GTOならどこまでも行けるよ!」
タマモちゃんも退屈してたんだろう。嬉しそうな笑顔を向けてくる。
リアル世界では、病弱であまり遠くに出掛けることがなかったに違いない。この世界ではそんなことが無いからね。
夕暮れ前に食堂に戻って来ると、メリダさんに旅に出ることを告げた。
元々が冒険者だから、いつまでも食堂にいることが無いことは理解してくれるんだけど、私達を見て寂しそうに表情を曇らせる。
「そうかい。今度は西に向かうんだね。私等は赤い街道の西がどこで終わるかなんて考えたことも無いけど、次に戻って来た時には土産話を聞かせて貰えるねぇ」
「また帰って来るんでしょう?」
ライムちゃんがタマモちゃんの手を握って確認している。
うんうんと大きくタマモちゃんが頷く姿を見て、少しホッとした様子だ。
「この町にも異人さん達が根を下ろしているようだから、賑やかになってはいるんだけどねぇ」
「まだまだ増えると思いますよ。やって来た異人さん達も、自分達が暮らす場所を最終的には探すでしょうからね」
リアル世界にいつでも戻れるプレイヤーだけど、その場所は限定されている。
セーフティエリアとも呼ばれる区域で、大きくは町の一角、フィールドの宿泊地の一角となる。
ある程度イベントをこなしてレベルを上げたプレイヤー達は、利便性の良いセーフティエリアを持つ町に拠点を構えることになるのだ。
たぶんそれを予想して、トラペットの町にもたくさんの空き地や空き家が用意されている。
今は住む人もいない場所だけど、イベントで名を上げたパーティ達がそんな場所を買い上げるはずだ。
「将来はそうなるだろうねぇ。弟子入りした異人さん達も案外腕が良いと、親方連中が褒めていたよ。今年は無理でも、来年には広場に屋台を出せる連中も出て来るかもしれないよ」
「来年には花の屋台が見られるかもしれませんね」
「その時には、この店の一角に花を並べても良いと言ってあげたよ。元々は花屋だったんだからねぇ……」
遠くを見つめるメリダさんだけど、それは設定仕様の筈だ。でも目の前に座ってお茶を飲んでいるメリダさんの脳裏には、若い頃の花屋の看板だった自分の姿が浮かんでいるに違いない。
「本当の意味で、花屋の食堂になるんですね」
「そうなるねぇ」
2人で笑い声を上げる。
しばしの別れになるなら、涙ではなく笑い声で互いの無事を祈りたい。
私達に触発されたのか、タマちゃん達も少し遅れて笑い声に加わった。タマモちゃん達はどんな話題で笑いが起きたのかな?
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翌日。朝食を終えた私達は、メリダさん達の見送りに手を振りながら職人街を後にした。大きなお弁当の包を持たされたから、今夜の夕食も兼ねられそうだ。
町を去る前に、警邏事務所に立ち寄ってダンさんに西に向かうことを告げる。
「今度は西に行くのか! 良いなぁ。俺達は、この町から当分動きそうもないんだ。歓迎の町だから、後任が早く来ても良さそうなんだけどねぇ」
「西のブラス王国の西はジオニード王国。そのさらに西にはアニール王国があるの。一応、連絡を入れておくから、警邏事務所を訪ねてね」
「了解です。それでは行ってきます!」
どれぐらい旅になるのかなぁ? 次にシグ達に会う時には向こうもかなりレベルを上げているに違いない。
警邏事務所を出ると、大通りを西に向かう。
大通りが赤い街道の続きであることを知っているプレイヤーは余りいないだろう。
街道沿いで狩りをする者は多いんだけどね。
西の門の前にある広場には、何台もの乗合馬車が並んで客を待っている。
朝と昼に出発するらしいけど、私達にはGTOがあるから、わざわざ乗合馬車を利用する必要もない。
荷馬車の周りで、パイプを使っている冒険者の一団は、警護に雇われたプレイヤーに違いない。
ギルドの掲示板には、そんな依頼もたくさん張り出されているらしい。
門番さんに頭を下げて西門を出る。
しばらく歩いたところで周囲の様子を眺めると、トラペットの西で狩りをする冒険者はそれほどいないようだ。
「獲物が少ないのかなぁ?」
「スライムがたくさんいるけど、薬草が少ないみたい。お姉ちゃんは広場で南と東を勧めてたけど、分かってやってたの?」
「自分の狩りの経験からかな。北と西にはあまり出掛けなかったのよ」
それも不思議なところだ。北と西には行こうとも思わなかったんだよね。
タマモちゃんがムチを鳴らしてGTOを呼ぶと、いつも通りに私は甲羅の後ろに乗った。
私がちゃんと乗ったのを、タマモちゃんが振り返って確かめている。振り落とされたくないからね。ちゃんと乗ってるよ。
「それじゃあ、出発!」
タマモちゃんの大きな声を合図に、GTOが赤い街道を疾走し始めた。
いつも考えることだけど、この速度は反則じゃないかな?
ゴーグルを掛けていないと目を開けてられないぐらいだからね。
前方に何かを見付けたようで、GTOが進路を変える。
街道から北に移動したところで、再び街道に沿って西を目指す。
南に目を向けると、乗合馬車の姿が見えた。早朝にトラペットの町を出たのかな。あのまま進めば、チューバッハには明日中には着けるかもしれないな。
「途中で一泊するの?」
「チューバッハには前にも行ったから、【転移】も出来るんだけどね。やはりGTOで向かうとなれば、森を抜けた辺りで昼食になるかな?」
チューバッハは素通りで良いだろう。このまま西を目指して進む。
大勢のプレイヤーがトラペットから西に向かっている。チューバッハから王都を目指した者もいるだろうけど、そのまま西に向かった者達も少なくは無いはずだ。皆、どうしてるかな?
訪れた町を気に入って、その町に留まるプレイヤーやさらに辺境を目指す者達もいるに違いない。
タマモちゃんは私よりもこの世界を知っているみたいだから、休憩の時に情報を聞かせて貰おう。
それに、狩る対象もトラペットと同じではないかもしれないしね。
昆虫が相手だとしたら、大きさによっては苦戦することになるかもしれない。
「もう少しで休憩所だよ!」
「ちょっと休もうか。GTOだってずっと駆けてたしね」
休憩所の周囲には焚き火用に雑木が植えられている。
GTOをあまり知られるのも問題だ。少し離れた場所から歩くことにしたから、雑木の林で私達がGTOで移動していることは休憩所にプレイヤーがいても気付かれることは無いだろう。