018 シグ達も苦労してるみたいだ
トランバーの北西にPK犯がいないということで、翌日はホルンの町まで続く街道の西を捜索する。
見つからなければ、そのままホルンの町に行って、冒険者ギルドに行けば【転移】先にホルンの広場が新たに加わるはずだ。
ホルンの町から北の王国に渡る橋に何らかのイベントがあるらしく、L10前後の冒険者達がホルンの西で狩りをしていた。
まだ、イベントの発生条件が分からないんだろうか?
シグ達も早々にホルンの町に出掛けたから、とっくに条件ぐらいは見付けたかもしれないな。
「GTOはこのままで良いの?」
「これでも自転車並みだよ。このまま進めば夕暮れ時にはホルンの町に着けると思うんだけどなぁ」
タマモちゃんは、のんびり走るのが嫌いみたい。
渋々ながら頷いてくれたけど、周囲の探索の手抜きはしていない。
「皆、獣を追い掛けてるよ。PKしそうな人はいないみたい」
すでに、昼を過ぎている。
やはり、この地を去ったのだろうか? それとも、レベルアップに必要な経験値を得たことで、PKをしなくなったのか……。
オオカミの群れを見付けたところでGTOから下りて、タマモちゃんと狩りをする。
今夜の宿泊代で十分だから、狩ったオオカミは3匹だけだった。
再び、GTOでホルンを目指して北上する。
日が傾いてきたから、タマモちゃんが速度を上げ始めた。
「やはり、空振りだったね」
「いないということは良いことじゃない。ホルンに着いたら警邏の事務所に行って、最後のPKからどれぐらい経ってるか確認するからね」
ホルンの町を守る石壁が見えたところで、GTOから下りて歩き出した。
南門をくぐる時には夕焼けだったから明日も天気は良いんだろうな。
「すみません。冒険者ギルドは?」
「ああ、それならこの通りを歩いて突き当りだ。だいぶ異人さんが増えたからなぁ。人通りは多いが、宿も多い。お勧めは、ギルドの前を東西に走る通りだ。川沿いにたくさんあるぞ」
門番さんはどこの町も親切だ。
宿まで教えて貰えたけど、警邏事務所は冒険者ギルドで聞いてみよう。
荷馬車2台が余裕ですれ違えるほどの通りを北に向かって歩く。左右にはいろんな店があるけど、とりあえず必要なものはない。
途中で雑貨屋を見付けたところで、狼の毛皮を30デジット(D)で買い取って貰った。
「あれだよね? 結構歩いた感じ」
「T字路だったのね。突き当りは冒険者ギルドで、隣が警邏の事務所。T字路の手前が交番なんだ」
ホルンの町は東西に延びた町のようだから、交番はこの通りの東西にもう1つずつあるんじゃないかな。
通りを横切って、最初に警邏事務所に入ってみた。
私達が入って来たから、待機所にいた数人の男女が私達に視線を向ける。
「あら、冒険者ギルドは隣なのよ。ここは警邏事務所なんだけど?」
「実は、トランバーのハヤタさんに頼まれたんです……」
PK調査の話を簡単に説明すると、私達を大きなテーブルに招いて、ジュースまで用意してくれた。
「そうか。嬢ちゃん達が噂のモモちゃん達なんだね。モモちゃん達が通って来たのは、このルートだな。PK犯は潜んでしまった感じだな」
「最後のPKからすでに3日経ってるんだけど、PKは起きてないのよ。手伝ってもらって申し訳ないけど、しばらくは発生しないかもしれないわ」
「その方が良いです。でも、別のパーティが起こしそうですね」
私の言葉に、警邏さん達が互いに顔を見合わせている。やはりその可能性があるということなんだろう。
「モモちゃんがそう思うんだったら公算は高そうだな。トラペットから応援を呼ぶか!」
「そうですね。あまり冒険者達の世話になるのも問題です」
監視体制を充実させるのだろう。それなら、私はレベルの高くないプレイヤー達のお世話をしようかな。
「一晩泊まって、明日はトランバーに帰ります。帰りは街道の東を通ろうかと思いますけど、それで良いですか?」
「すまないが、お願いするよ。結果はハヤタに報告して欲しいな」
「了解です!」と答えて、今度は隣の冒険者ギルドに入っていく。
ギルドに入ると、さっきよりもたくさんの視線が私達に向いてきたけど、気にしたら負けだからね。そのままカウンターのお姉さんのところに挨拶に向かった。
「今晩は。到着報告に来ました!」
「はい、それではギルドカードをお預かりします! ……あら? 異人さんじゃないんだ」
直ぐに、私達がNPCだと分かったようだ。
「でも、冒険者ですよ。警邏さん達を手伝ってるんです」
「そうなの、大変だけどそれも大事な仕事よ。頑張ってね」
私達のギルドカードを返してくれた。無くさないように首に掛けて服の中にしまい込む。
「今夜はこの町で一泊したいんですけど、お勧めはありますか?」
「それなら、ここから東に行って最初の宿屋が良いわ。全ての客室が川に向いてるのよ。食事も美味しいと評判だし」
タマモちゃんと笑顔でお辞儀をすると、今度は東に向って歩いていく。
ハリセンボンの食事も美味しいけど、この町はどうなんだろうな? 旅の楽しみは何と言っても食事だよねぇ。
ギルドのお姉さんが言ってた宿屋はここらしい。軒先に4つもランプが下げられていた。
大きなガラス窓にはたくさん桟が付いていたのは、この世界のガラス職人さんはまだ大きな平面ガラスを作れないからなんだろう。
「ここらしいね。入ってみようか?」
私の言葉に、タマモちゃんがちょっと戸惑いながらも頷いてくれた。
扉を開くと、タマモちゃんが戸惑うわけだ。大きな笑い声や、狩りの自慢話をする者達で溢れかえっている。
そんな喧騒の中を、奥のカウンターまで歩いていった。
「あのう、宿は開いてますか?」
「嬢ちゃん達2人なのかい? 丁度1部屋開いてるよ。お代は食事込みで15Dだ」
「1晩お願いします」
毛皮の代金が30Dだから丁度良い。
お婆さんから鍵を受け取って、腕を伸ばして教えてくれたテーブルへと足を運び腰を下ろす。
カギをテーブルに乗せてしばらく待っていると、ネコ族のお姉さんが料理を運んできてくれた。
私にはワイン、タマモちゃんにはジュースが付いている。
料理は、定番の具沢山のスープに丸いパン。それに小さな焼き魚が付いてきた。
「このお魚、変わってるね?」
「川魚みたいね。トランバーの町の魚と比べてウロコが大きいみたい」
とはいっても、ウロコは綺麗に取り除かれていた。串焼きなんだろうな。魚が躍るように波打った形でお皿に乗っている。
小さいからフォークで刺してそのまま頂いたけど、淡白な白身の魚だ。
「美味しいね。トランバーのお魚も良いけど、この町のお魚も負けてないよ」
「スープの野菜も新鮮だし、この町の周囲の農家の人達も腕が良いみたい」
昼食抜きだから、たちまちお皿が空になる。
食後のワインを楽しんでいると、いきなり肩を叩かれた。
「モモじゃないか! やはりこっちに来てたのかい?」
「誰かと思ったら、シグね。ということは?」
シグの後ろを見たら、少し離れたテーブルに3人の仲間が私に向かってカップを上げている。
「一緒に飲もうじゃないか? リーゼ! 席を確保しといてくれ」
タマモちゃんに小さく頷くと、自分のカップを持ってテーブルを移動する。
ケーナ達はすでに食事を終えたようだ。私達が席に着いたところでシグがお姉さんを捕まえてワインを追加してくれた。
「まだ隣国へ渡る手段は閉鎖されているが、どうやら少しずつ理由が分かって来た」
シグの話しでは、向こう岸に魔物が溢れているらしい。
魔物がこちらの王国に来ないように橋を閉鎖しているとのことだ。
「L11の冒険者が30人以上で、冒険者ギルドのクエストに参加しなければならないらしい。私達と大イノシシを狩ったパーティで参加者を募ってるんだが、L11の壁は厚いようだな。それになったとしても他力本願では話の外になる」
「どんどんプレイヤーがトラペットやそのほかの町にやってきてるんだよ。早めに開放しないと、溢れちゃうんじゃない?」
「それは私達も危惧してはいるんだ。とはいえ、しばらくは掛かるんじゃないかな」
「モモ達もL11なら参加してほしいんだけど、あれからレベルは上がったの?」
レナの質問に首を振る。
L25の能力もあるんだが、それをここで披露することはできないだろう。皆の前では、もうしばらくL10のモモでいることになりそうだ。
「そうそう、PKがこの付近で現れたらしいよ。経験値不足をPKで補おうなんてちょっと許せないんだけどね」
「何だと! そうなると、もう1つのパーティにも教えといた方が良いだろうな。それで警邏の連中が慌ただしいってことか。なんかあるとは思ってたんだけどな」
あれほど騒がしかった店内が一時静かになった。
PKの話を聞いたからなんだろうか? 直ぐに元の騒がしさが戻ったけど、明日は我が身と思った冒険者もいるに違いない。
「レベルに変化が無いから、今度は西に向かってみようと思うの。ホルンの町には【転移】出来るから、あちこち巡ろうと思って」
「それもあるんだなぁ……。一度行った場所じゃないと【転移】出来ないというのがこの世界の悪いとこだ」
「でも、お約束じゃない?」
レナの言葉にシグが「それもそうだ」と納得してる。
その手の制約は、かなりあるみたいだ。チュートリアルを全て読むなんて人は誰もいないんじゃないかな。
必要に迫られて、その回答を求めるのが普通なんだよね。
「ところで、PK犯を見付けたらどうするんだ?」
「警邏さんに連絡で良いみたい。トラペットの東で遭遇した時はそうしたよ」
「まあ、注意するからこっちは心配ないよ。人数さえ揃えれば橋を開放するのは容易だろうし、モモ達はそれを知ってからくればいい」
今の状況ではそうなるかな。
シグ達がL20に近づいたら、私達も次の職業に変えれば良い。それまではプレイヤーの便宜を図ってあげよう。