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014 目印はハリセンボン


 大通りを戻って十字路を北に向かって歩く。

 武器屋や防具屋が並んでいるんだけど、品揃えはトラペットの町と同じだから、次の町に向かうには現状の装備で十分ということになるのだろう。

 

 港町の北に広がる荒れ地にはどんな獣や魔物がいるんだろうな?

 ギルドでもうちょっと情報を仕入れてくれば良かったかもしれないけど、さっき行ったばかりだから、行くとしても明日以降だろうね。


 前方に北の門が見えてきた。

 門番さんがいるから、少し情報を仕入れられないかな。


「今日は!」

「おう、今日は。嬢ちゃん達2人なのかい? なら、他のパーティに加わった方が良いかもしれんなぁ。この先は荒れ地と砂浜の境界が怪しいところだから、鉄砲魚やヤドカニなんかが出るんだ。L8以上じゃないときつい場所だぞ」


「北西ならだいじょうぶでしょうか?」

「オオカミや熊が出ると聞いたぞ。まぁ、それは山麓近くらしいが、それでなくとも野犬が多いらしい」


 門番さんは、人間族の老人で元冒険者という設定らしい。結構細かい設定なんだよね。当然この港町のどこかに住んでいて家族だっているはずだ。


「もう直ぐトラペット町から異人さん達がやって来ますから、何とかなるんじゃないかと……。そうだ! 良い宿を知っていたら教えてくれませんか?」

 

 門番さんが持っていた槍を肩に掛けて、腕組みしながら考えている。


「なんだ爺さん。深刻な相談か?」

「まだ、お前さんにはこんな相談を持ち掛けて来る冒険者はいないだろうよ。この嬢ちゃん達の利用する宿の相談だ!」

「なら、ハリセンボンが一番だ! 港近くで料理は美味い。宿屋というよりも食堂だが、娘さんが帰って来たんで宿も始めたらしいぞ」


 同僚の青年の言葉に、お爺さんがポンと手を打った。問題なし! ということかな?


「確かにそんな話を聞いたな。場所は、この石塀沿いに東に向えば港に出る。港に出たら、西に向かって5軒目だったはずだ。大きなハリセンボンを軒下に下げているから直ぐに分かるぞ。ルデル婆さんには、ロベットが勧めてくれたと言えばだいじょうぶだ」


 門番さんに2人でお礼を言いながら頭を下げる。

 私達に頭を掻きながら「いいってことよ!」なんて笑みを浮かべて答えてくれた。

 さて、出掛けてみよう。

 先ずは石塀に沿って東に向う。


 大通りを離れると、途端に人通りが無くなった。

 道幅は3mほどあるんだけど、左手には数mの高さの石塀が連なってるし、右手は民家の裏庭になるようだ。洗濯物が干してある家もあるんだけど、日当たりはどうなんだろう?


「あの階段は何かな?」

「あれは、石垣の上に上るための階段なの。たまに魔物達が集団で町を襲うことがあるらしいんだけど、その時は石垣に上って矢を射るのよ」


 「ふ~ん」という顔付をしているのは、状況が想像できないのだろう。

 この種のゲームには付き物らしいから、そのうちに私達も参加するんだろうな。


 どうやら港の外れに出たらしい。石垣は海の中にも50mほど伸びている。港の防波堤代わりにもなっているのかな。現在の海は穏やかだけど、潮の干満や嵐も設定されているに違いない。

 海をしばらく眺めて、今度は宿を探そうかと南を向いた時だった。


「モモお姉ちゃん、変なのがぶら下がってるよ?」


 タマモちゃんが腕を伸ばした先にあったのは、大きなフグ提灯だった。直径1.5mはあるんじゃないかな。あんなのが海にいるとはねぇ。


「たくさんとげとげが出てるでしょう? あれがハリセンボンなのよ。嘘はつかないようにしないとね」

「あれを飲まされるの! 私、絶対に嘘は言わない」


 あの話は子供を躾ける話だろうから、ハリセンボンをそのまま飲ませるような刑罰があったとは思えないけど、確かハリセンボンは食べられるんだよね。毒って持ってたのかしら?


 とりあえずハリセンボンを眺めているだけでは話が進まない。

 ハリセンボンを下げたお店の扉を開けると、トラペットの花屋の宿屋に似た食堂があった。とはいえ規模はこちらの方が大きいな。テーブルだって4人掛けが8つもあるし、カウンター席だってあるんだもの。


「こんにちは。ここで泊まれると門番のロベットさんに聞いたので、しばらく泊めて頂きたいんですが……」

「おや、宿屋の方かい。まだ開業には早いと娘には言ったんだけどねぇ。ロベット爺さんが勧めてくれたなら断れないよ。一泊10デジット(D)で、朝晩の食事は込みにしたいんだけどね」

「十分です。とりあえず2人で10日分ということで」


 100D銀貨を2枚おばさんに手渡すと、カギを私の手に乗せてくれた。

 

「宿と言っても2部屋だからねぇ。南側の部屋を使っておくれ。階段を上って直ぐ右だよ」

「ありがとうございます。夕食は今夜から頂けるんですか?」

「カギをテーブルに出してくれれば運んで行くよ」


 それなら、夕食までは港を見物していよう。

 おばさんに出掛けることを伝えて、すぐ外の港を見物することにした。

 

 まだ、プレイヤー達がやってこないけど、早ければ明日の夕方には来る連中もいるに違いない。

 シグ達はとっくにこの港町に来てるはずなんだけど、今のところプレイヤーに出会ったのは、ギルドのホールにいた3人組だけだったんだよね。

 どの辺りで狩りをしてるのかなぁ……。


 船から下ろされる魚を見たり、岸壁で釣りをするお爺さんの応援をしたりしていると、すぐに時間が過ぎていく。

 夕暮れが始まる前にハリセンボンに戻ると、テーブルについて部屋のカギをテーブルの端に出した。


「あら、貴方達なの? 早速来てくれたんだ。あの部屋は昔の私の部屋なのよ」

「まだ見てないんですけど、きっと素敵な部屋なんでしょうね?」

「いたずら書きは消したから、少しはみられるようになったはずなんだけどね」


 20台後半という感じなんだけど、自分の部屋を明け渡したということは近くで暮らしてるんだろうか?

 幼馴染と結婚して隣に住んでたりしてね。でも人当たりの良いお姉さんだから皆に好かれるんじゃないかな。


 やがてお姉さんが持ってきた夕食は、パエリアじゃない!

 魚介類がたくさん乗って、量もかなりありそうなんだけど……。


「サービスのワインよ。こっちのお嬢ちゃんにはジュースになるわ」

「良いんですか?」

「これぐらいは誤差の内よ。もう直ぐ、猟師さん達がやって来るからね。いつもたっぷり飲むんだから」


 そういうことね。それなら小さなカップに注がれたワインは誤差範囲になるんだろうな。

 取り皿に、パエリアを取り分けてタマモちゃんの前に置くと目を輝かせて料理を見ている。急いで私の分を取り分けると、「「頂きます」」の言葉を合図に海の幸を頂くことになった。


「美味しいね!」

「まだまだあるわよ。でも、こんなに食べられるのかしら?」


 パエリアはまだたくさん残っている。お代わりは2回できるんじゃないかな? 自由度が高いゲームの世界なんだけど、太るなんてことにはならないよね。


 たっぷり食べて満足したころには、食堂のテーブルが満席状態だった。

 早く席を立った方が良いのかな?

 カウンターの向こうにいたお姉さんに「ごちそうさま」を言って,2階への階段を上がる。

 2階に出ると、南北に板張り廊下がある。私達の部屋は右手だから、右手の突き当りにある扉の鍵を開けてそっと開いた。

 小さな部屋だけどベッドが2つ並んでいる。窓は南にあるだけだけど、そっとカーテンを開けてタマモちゃんが見ているぞ。

 

「港が良く見えるよ。昼よりもたくさん人がいる」

「仕事が終わって、港で夕時を楽しんでるのかもね。屋台も出てるんじゃない?」


 カーテンを閉めながら、頷いてくれた。屋台で酒も売ってるんかもしれないな。そうなると、警邏の人も動き出すに違いない。

 それが、2日後にはもっと大きくなる。賑やかな声がこの部屋まで聞こえてくるはずだ。

 

 ベッドに入る前に【クリーネ】を使う。浄化魔法の一種らしいけど、汚れを落とすことができるから【生活魔法】とも呼ばれている魔法だ。

 NPCの多くが【生活魔法】を持っているけど、持っていない場合は互いに融通するだけの近所付き合いは出来ているに違いない。


 ベッドに入ると直ぐに眠くなる。

 これも設定なんだろうな。現実にはベッドに入って数分で眠れる人なんてきいたことが無いもの。


 翌日は、眩しい光で目が覚めた。

 タマモちゃんが、窓のカーテンを開けて、港の様子を見ている。

 一斉に漁に出る船を見ていたのだろうか?

 たぶんリアルの世界では、一度も見たことが無いのかも知れないけど……、もう少し寝かせて欲しい。


 はしゃぎまわるタマモちゃんに急かされて、衣服を整えて港に行ってみることにした。

 階段を下りていくと、何人かのお客がテーブルに座っている。


「あら? だいぶ早いのね」

「まあ、色々ありまして……。ちょっと外を散歩してきます」


 お姉さんが私に笑みを浮かべて手を振ってくれたから、大まかな理解はしてくれたんじゃないかな。そんな私はタマモちゃんに引かれて、食堂を出ることになった。


 船が丁度港を離れるところだったから、家族の見送りに応えて船の上の男衆が手を振ている。

 私達も一緒になって手を振ってあげたんだけど、たくさん魚が獲れるといいね。

 船が見えなくなったところで私達は手を下したのだが……。


「あら、あんた達も手を振ってくれたんだね?」

「丁度、船が出るところでしたんで……。たくさん獲れると良いですね」

「ありがとうよ。あまり見ない顔だけど、冒険者なのかい?」


 幸せが詰まっていそうなふくよかなおばさんなんだよね。タマモちゃんも頭を撫でて貰って嬉しそうだ。


「トラペットから峠を越えて昨日着いたんです。もう直ぐたくさんの異人さん達が来ると思いますよ」

「それなら、丁度良いねぇ。沖が荒れてたんだけど、少しずつ凪いできたらしいよ」


 たぶんそれも設定の一部なんだろうな。峠のエリアボスが倒されたことで、漁の規模が大きくなるんじゃないかな。


「さて、私等はこれから朝食なんだけど、一緒に行くかい?」

「あのお店が、私達の行きつけなの!」


 おばさんにはちょっと似てない娘さんが指さした先は、ハリセンボンを吊るした食堂だった。

 私達が宿泊客だと知って驚いていたけど、一緒に頂いた朝食は魚のスープと丸いパンだった。

 大きな魚の切り身が入っていて驚いたけどね。


「大きな客船だって? それなら修理中らしいよ。岩場で船底に大穴を開けたらしいから、しばらくは港に出ることは無いだろうね」

「3日程、東に向うと別の大陸があるそうよ。お父さんが教えてくれたの」


 食事をしながらも、おばさん達がこの港町の様子を教えてくれるから、私達はうんうんと頷きながら話を聞くことになった。

 やはり、この港町が本来の機能を果たすまでには時間がかかるんだろう。

 大きな客船の修理が終わるのは、峠のイベントのように何らかのイベントに絡んでいる違いない。


 それと、一番大事なことに違いないのだがすっかり忘れていた、この港町の名前を知ることができた。

 トランバーというらしい。そしてトランバーの港町から北上するとホルンという町があるそうだ。


「ホルンの町は国境の町だよ。その北に流れるリオニ川が、バルト王国との国境になるんだよ」

「昔はバルト王国にも干魚を運んだんだけどねぇ」

「町長の話しでは色々とあるらしいけど、私達には魚が売れる先があるってことが重要だと思うよ」


 いつの間にか、ハリセンボンのルデルおばさんも話に加わってきたから賑やかになって来た。

 この食堂は、漁師のおばさん達の井戸端会議の場所なのかもしれない。

 今までの話を纏めると、北の街道を北上して国境のホルンの町に向かい、その北にあるバルト王国に向かうのが良さそうだ。

 ブラス王国から離れることになりそうだけど、プレイヤーが大勢やって来ることを考えると、少し先に位置していた方が良いんじゃないかな?


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