015 一球入魂と書いてあった
北上を視野に入れて、しばらくは港町トランバーで暮らすことにした私達だけど、結構忙しく動き回っている。
『イザナギ』さんの御好意でこの世界で暮らしているようなところもあるんだから、ボランティアぐらいはしてあげないとね。
町を散策しながら、困っているプレイヤーの相談に乗ってあげている。
とはいえ、トラペットから3、4日掛けて歩いてくるだけのレベルを持っているプレイヤー達だ。ほとんどの相談事がレベルを上げるにはどうしたら? ということなんだよね。地道に上げるしかないと思うんだけど……。
あちこち通りを巡ったところで、港の南端に近い木陰のベンチに腰を下ろして一休み。
港の岸壁だけでも南北に500mはあるんじゃないかな。岸壁から桟橋がいくつか伸びているけど、停泊している船は数えるほどだ。漁師さん達はまだ帰っていないのかな?
オレンジジュースと魚の串焼きは微妙な取り合わせなんだけど、私達の昼食には丁度良い。もしゃもしゃ食べていたら、誰かが私の肩を叩いた。
「モモちゃんだね?」
「トランバーの警邏さんかな?」
私の肩がもう一度ポンポンと叩かれ、私達の座ったベンチの前に若い男女が現れた。
この町に知り合いがいるとしたらシグ達だからね。シグ達なら直ぐの目の前に現れるはずだ。こんないたずらをするとすれば、警邏さんくらいじゃないかな。
「トラペットのダンから聞いたんだ。俺がハヤタでこっちがアキコだ。小さな嬢ちゃんもいるようだけど、手伝ってくれるとありがたいな」
「隣はタマモちゃんです。アドバイスぐらいはできますよ。でも力仕事は……」
「状況で十分なんだけどなぁ。そうそう、モモちゃんの持ってる指輪はここでも有効だ。というか、そのエリアを管轄する警邏の事務所に連絡が入るからね。PKの話は聞いている。プレイヤーが多くなればなるほど、どうしても発生してしまうんだよねぇ」
ルールの上では禁止だけど、PKを行うことはできる。PKを成功させて3日以上犯人が確定できなければその罪を問うことができない。
何か、荒野の掟みたいな話だけどね。この世界の3日というのはシステムの記憶容量からのものらしい。運営側としては1日としたかったみたいだけどね。
「タマモちゃんね。何かあったらお姉ちゃんに知らせてね」
アキコさんは、モフモフが好みなのかな?
ふっくら膨らんだタマモちゃんの尻尾を抱きしめている。
ハヤタさんと私の視線を感じて渋々尻尾を開放したけど、獣人族にはいろんな種族がいるからね。お姉さん自体がモフモフ種族に変われば良いんじゃないかな?
「警邏さんは忙しそうだね」
「定点をお巡りさんが見てるから、巡回は警邏さんの仕事みたい。明日は町の外を見てみようか?」
うんうんと嬉しそうに頷いてくれたけど、タマモちゃんの戦闘力も気になるんだよね。従魔使いの前身は戦士職が基本だし、ムチレベルや体力もそれなりだった。この世界には年齢差がないからねぇ……。
「この町にもプレイヤーの人がたくさんになったね。最初の頃は南の区域は誰もいなかったんだけど、今日は通りにもたくさんいたよ」
「眠っていた場所が動き始めたのよ。トラペットにもいくつかあったんだけど、この町にもあったみたいね。南に歩いて1日行けば村もあるみたいよ。最初に来た時には何も情報が無かったから、村全体が眠っていたのね」
封鎖区域やルートが次々に明らかになってくる。
いよいよ本格的にプレイヤー参加が始まるのだろうが、新たに参加するプレイヤーの始まりの町や村はどこになるんだろう?
トラペット以外にも3カ所あったらしいけど、ブラス王国以外でも受け入れることになるんだろうな。
「そしたら、その村に行ってみようよ。GTOなら直ぐに着けるよ」
あの速度だからねぇ。狩りをしているプレイヤーも多いんだけど、昼間なら【探索】状態で走ればぶつかることは無いんだろうけど……。
「そうね。タマモちゃんに賛成! それと、少し狩りをしてみない? 狩りをしないと宿泊料も払えなくなっちゃうよ」
まだ銀貨は2枚あるから、それほど切迫してはいない。トラペット周辺での野ウサギ狩りで毛皮をだいぶ売ることができた。
この町周辺での狩りはどうなんだろう? あまり収入にならないなら、冒険者達は直ぐに次の町を目指すことになる。
その日の夕食の時だった。
料理を運んでくれたお姉さんが、私達の席にマイカップを持ってきて腰を下ろす。
まだお客が少ないから、ちょっと一休みというところだろう。
「狩りに行くなら、最初は南がいいわよ。できれば砂浜沿いでヤドカニを狩って欲しいわ」
「ヤドカニですか?」
「海鮮料理では最高の出汁が出るの。身も美味しいんだけど市場で私達が手にするには少し高すぎるのよ」
海の獲物は市場ってことか……。獣は肉屋だし、毛皮は職人さんに直接もあるけど多くは雑貨屋だ。迷ったらギルドでも取り扱ってくれるのがありがたいところだけど、さすがに魚介類はギルドでは持て余すだろうな。
それに流通も考えないといけない。
野ウサギの肉は3デジット(D)で肉屋が引き取ってくれるけど、肉屋はそれを4Dで販売する。
魚介類も同じなんだろう。どちらかというと魚屋さんが中間に入るかもしれないから、さらに上がるのかもしれないな。
「良いですよ。2、3匹でだいじょうぶですか?」
「それで十分よ。たくさん獲れたら浜値で買いとるからね」
浜値でも1匹8Dになるらしい。一般の住民が買うなら10Dを越えるってことじゃないの。これは狙うしかなさそうだね。
タマモちゃんと顔を見合わせて頷いてしまった。
そんな私達をルデルおばさんがカウンターの向こうから笑みを浮かべて見ている、期待してるってことなんだろうね。
翌日。朝食を早めに取って、タマモちゃんとハリセンボンを出る。
「頑張ってね、期待してるよ!」
お姉さんが戸口で手を振ってくれたんだけど、これってプレッシャーじゃないのかな?
そんな高値なら、プレイヤーの人達も狩りをするんだろうけどね。あまり場を荒らさないようにしないと。
大通りの四つ角を南に向かう。
冒険者達が数人ずつのパーティを組んで、同じように南門に向かって歩いている。
「君達は2人なのかい? こっちの町の獣はかなり強いらしいぞ。トラペットに戻った方が良いんじゃないか?」
「ちょっと狩りをして、無理があるようなら戻ってみます。ご心配、ありがとうございます」
イケメンの青年はお姉さんを3人も連れている。ハーレムパーティだから、こっちが心配してしまうけど、女性戦士も私達を見て微笑んでいるところをみると、それなりにレベルを上げてこの町にやって来たみたいだ。
私達を心配する冒険者が多いから、不安そうな顔をタマモちゃんが私に見せる。
「だいじょうぶよ。私も強いし、タマモちゃんだって戦えるんでしょう?」
「でも、相手はこれなんだよ」
チュートリアルを操作して、ヤドカニを見せてくれた。
背中に大きな二枚貝の殻を背負ったカニがヤドカニみたいだ。大きさは……、1m近いの?
「堅そうだよね」
「何度も叩けば何とかなるのかなぁ?」
ちょっと自信が無くなる相手だ。
でも、ファイルに付けられた冒険者の推奨レベルはL7なんだよね。私達はL10ではあるんだけど、これってパーティを組んで相手にする獲物なんだろうか?
南門を出たところで、冒険者達がパーティごとに周囲に散って行った。
冒険者の多くが南の村へと続く街道の右手に向かったから、獲物はオオカミやイノシシの小さい奴なんだろう。
私達は左手に進んで砂浜を目指すんだけど、私達のずっと先に1組のパーティがいるだけだ。
やはり砂浜の狩りは、皆が敬遠しているということなんだろうか?
「何か見付けたみたい!」
タマモちゃんの伸ばした腕の先では、先行したパーティが何かと戦っているところだった。
相手が気になるけど、ここは邪魔をしないように迂回しよう。
少し右手に逸れて歩きながら、冒険者達の様子を眺めることにした。
どうやら、お魚を相手にしているみたいだけど、トビウオの親戚なんだろうか? 不思議なことにホバリングまでしてるカツオほどの魚だ。数匹相手に長剣や杖を振るっている。
あんな魚がぶつかってきたら、結構HPを削られるんじゃないかな?
「トビウオみたい」
「大きいね。相手にするときは3匹以内にしましょう」
タマモちゃんが首を捻ってるけど、私なら3匹は余裕だろう。もっとも危なくなったらスタコラサッサという手もあるんだけどね。
再び、渚近くにやって来た。
海の方には、いろんな魚がこっちを見てるけど、向かっては来ない。
しばらく歩いていると、前方に大きな貝を見付けた。
あれだけ大きければ、焼いて食べても美味しそうだし、ひょっとして真珠が入ってたりして……。
思わず笑みが広がったんだけど、貝の両側からカニの足が飛び出してきた。
「やっと見つけた! 先に行ってるね」
「ちょっと待って、危ないよ!」
私の呼び掛けが聞こえなかったのかしら? 真っ直ぐにヤドカニに向かってタマモちゃんが走って言ったんだけど、ヤドカニから10mほどのところでタマモちゃんが取り出した武器を見て、思わず目を見張ってしまった。
タマモちゃんが、バットで背中の貝を「バチン!」と打ち下ろす。
どう見てもバットだよね。それも棍属性のバットだ。
何度も殴りつけてるから、背中の貝が砕けて飛び散っている。
私も弓矢を取り出して、カニの目の口付近目がけて矢を放つ。
「結構固いよ。でもモモお姉ちゃんの矢が利いてるみたい」
「あまり近づいちゃダメだよ。でも、その武器は使えるね」
「でしょう? 野犬なら一撃なんだけどなぁ」
確かにそんな感じだ。タマモちゃんは打撃武器のスキルもあるのかな?
L25で高位の神官になれるんだから、杖に似た武器も必要になるんだろう。
矢を数回放ったところで、どうにかヤドカニを倒すことができた。背中の甲羅がかなり凹んでるけど、そのままバッグに入れておく。
「ちょっと、そのバットを見せてくれない?」
「お気に入りなの!」
嬉しそうな顔をして渡してくれたんだけど、横に製造メーカーの名前とロゴが入ってる。マジックで「一球入魂」なんて書いてあるけど、本当に武器なのかな。
どう考えても、野球部の人達が使う代物にしか見えないんだよね。
タマモちゃんに返したら、直ぐにしまってムチに装備を変えている。
相手によって武器を使い分けるんだ! 私はそれほどじゃないんだけどな。




