06
短いですごめんなさい。
「では何からお話ししましょうか…ああ、なぜ私が貴女に求婚したのかという事でしたね」
重ねた手の指先で柔らかくあたしの指を撫でながら王子様は話し始めた。
「最初に貴女を気に入ったのは父上です」
「へ?」
想定外の言葉に驚いたあたしの口から出たのはとても王子様と添い寝してるとは思えないほど色気のない声だった。
何かを思い出したような王子様の微笑みが深く幸せそうなものに変わる。
ゆらゆらと揺れるろうそくの明かりが浮き立たせる美しくて甘い表情に不覚にもときめいてしまった。
「最初に父上と母上にお会いになった時の事を覚えていらっしゃいますか?」
「修道院にいらした時ですよね?もちろん覚えています」
「そうです。あの夜、離宮に戻ってこられたお二人はとても上機嫌でした。迎えに出た私に父上が真っ先に『面白い娘がいた』と笑いながら仰ったんですよ」
「面白いって、あたし何もしてないと思いますけど」
そんな馬鹿な。あの夜はお二人の前でお皿も割ってないし転んでもない。
なんか笑われるような粗相をしたっけか。
「『シルを見た瞬間真っ赤な顔をして固まって俺には見向きもしなかった。修道僧が窘めた後もぼーっと見惚れていて、俺の存在に気づくまで何分かかったかな』と」
前言撤回、確かにやらかしてました。
恥ずかしすぎて思わずシーツを頭から被ろうとしたけど左手も王子様に絡め取られて動けなくなった。
「その話を聞いた時は正直驚きました。息子の私が言うのも何ですが、父上はまだ十分魅力的でいらっしゃると思うのです。現にこれまで初対面で父上に見とれない女性などお会いした事がなかったものですから」
「いやあの陛下が魅力がないとかじゃなくて、単に王妃様のファンだっただけで…なんかすいません…」
「父上と顔を合わせた後もまた母上に見とれてらしたそうですね?たったの一度しか貴女と目を合わせられなかったと笑っていらっしゃいました」
「申し訳ございません…」
心当たりがありすぎましたごめんなさい。
できるなら布団どころか地中深くに潜ってしまいたいと心の底から願った。
「それで父上が悪戯心を起こされて、私を貴女に会わせたいと仰ったのですよ。貴女が母上にそっくりな私を見てどんな反応をするのかが見てみたいと」
碌な事を考えない王様だな、大事な息子で試すかそんな事!
「私も父上の話を聞いて貴女に非常に興味を持ったものですから二つ返事でお引き受けしました」
「…親孝行ですね」
似たもの親子ですねという言葉はさすがに自重した。
「それで私が海月亭の扉を最初に入る事になり貴女と初めてお会いした訳ですが、まさか自分も同じ目に遭うとは思ってもみませんでした」
「えっ」
「貴女、海老しか見てなかったでしょう」
「…すいません」
だって王子様と海産物のギャップが凄かったのもあるけど、自分じゃ絶対買えないお値段の美味しそうな海老だったんだもん…。
「自分で言うのもどうかと思いますが、私も父上と同じく初対面の女性から頬を染められなかった経験はなかったもので非常に新鮮でした」
「ゴメンナサイ」
「その後の海老の処理をする時と殻を捨てるなと仰った時の貴女の真剣さといったら、本当に私の事など眼中にない感じでしたね」
「カサネガサネモウシワケゴザイマセン」
もはや謝ってすむレベルじゃなくなってきた気がする。
ていうか今までの話のどこに求婚する要素があるんだろう。
話はまだ序盤かもしれないがあたしの命はすでに風前の灯火だった。
「そして、同じくらいの真剣さで私が魚を捌くのを見ていたでしょう?」
見ないフリしてこっそり見てたつもりだったんだけどしっかりバレてたのか…。
もはや言い訳はすまい。
あたしはがっくりと黙って頷いた。
「慣れている作業ではありましたが、さすがに貴女のようなプロに見つめられているとこちらも多少見栄を張りたくなるものでかなり真剣に捌いたんです。そうしながら貴女がしていたのと同じように、磨き上げられたフライパンに映る貴女を見ていました」
握られた手の力がほんの少し強まる。
「一匹捌くごとに貴女の表情が驚きからきらきらとした笑みに変わっていく様子が見えました。そうして最後の魚を捌き終わった時に貴女が頬を染め、満足そうにほうと小さくため息をついたのを見た瞬間――」
荒れた両手が引き寄せられ、柔らかくて暖かい唇がそっと触れた。
「私は貴女に囚われてしまったのですよ、愛しいイーニド」
王子様も書いてるわたしも至って真剣なんですが生臭さが邪魔をする…
 




